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初陣の号砲

エクシア共和国、聖騎士団宿舎の食堂。

 

午後の柔らかな光が差し込む中、俺たちはヒュリアを囲んで、これまでにないほど穏やかな時間を過ごしていた。

 

「――それでね! その時の天城ったら何て言ったと思う? 『それは団長殿が捨てられた子猫のようだったので、つい』ですって! もう、パパもカンカンになって、執務室で大喧嘩が始まっちゃったのよ!」

 

ヒュリアが身振り手振りで話すと、俺と澄人は思わず吹き出した。

 

「ハハハハ! それは天城さんが悪いよ。団長を子猫扱いなんて……」

 

「ぷっ……あはは、天城さんらしいね」

 

結衣も小さく肩を揺らして笑っている。王国にいた頃には想像もできなかった、心からの笑い声。

だが、その平和を破るように、食堂の扉が勢いよく跳ね上がった。

 

「お嬢! こんなところに! 探しましたよ!」

 

「団長がお呼びです! 話があるとお探しでして!」

 

現れたのは、驚くほど似た顔つきをした二人の青年だった。年は俺たちより少し上だろうか。威勢のいい声が食堂に響き渡る。

 

ヒュリアが眉をひそめ、やれやれといった様子で腰に手を当てた。

 

「……『お嬢』はやめなさいって言ってるでしょ。まったく、いつになったら直してくれるのかしら。それで、パパの話っていうのは?」

 

「さあ? 急いで探しに走ったんで、用件はまったく!」

 

「右に同じく!」

 

胸を張って言い切る二人に、ヒュリアが深い溜息をつく。

 

「……呆れた。よくそれで騎士が務まるわね。――みんな、変なのが出てきて驚かせちゃったわね。この二人は……」

 

ヒュリアの説明を遮るように、一人が前に踏み出した。

 

「俺はお嬢の舎弟1号、ロイだ!」

 

「いいや、俺こそがお嬢の舎弟1号のルイだ! お前は2号だろ!」

 

「なんだと、俺の方が3秒早く生まれたんだぞ!」

 

「……どっちでもいいし、そもそも舎弟なんて取ってないから。この二人は、私が隊長を務める一番隊のメンバーで、副隊長を務めてるのよ。……一応ね」

 

なんと慌ただしい人たちだろう。だが、その屈託のなさは、この国の風土そのもののように思えた。

 

(……ヒュリアさんの、舎弟か。いいな、俺も勝手に名乗っちゃおうかな)

 

澄人が顔を赤くしてモジモジし始める。

「あ、あの……ヒ、ヒュリアさん。俺も、その、ヒュリアさんの舎弟に……」

 

「ヒュリアちゃん、急ぎの用件かもしれないし、行った方がいいんじゃない?」

 

結衣が澄人の言葉を被せるようにしてヒュリアを促した。

 

「そうね、行きましょうか。ロイ、ルイ、案内して」

 

「おう、新入りの言う通りだ! お嬢、急いで!」

 

「……新入り? そういえば団長、新入りも探してなかったか?」

 

「いや、そんなこと言ってなかったろ」

 

「いやいや、三人もどうこうとか言ってたって」

 

また始まった言い争いに、ヒュリアは完全に諦めた顔で俺たちを振り返った。

 

「もういいわ。三人とも、一緒に行くわよ。……呼ばれてるみたいだしね」

 

「……俺たちも?」

 

俺の脳裏に、小さな疑問が浮かぶ。呼ばれたのかは分からないが、俺たちまで呼ばれる用件とは何だろうか。

 

■ 団長室

 

「来たか! ロイとルイにしては珍しく、ちゃんとお使いが出来たな。ワハハ!」

 

団長室に入ると、ゼファー団長の豪快な笑い声が迎えてくれた。

 

ルイがロイに向かって勝ち誇っているが、ロイは悔しそうに顔を歪めている。

部屋には団長と天城、そしてもう一人、見慣れない細身の騎士が立っていた。

 

「座りたまえ。……ヒュリア、渚、澄人、結衣。君たちを呼んだのは他でもない。――近頃、盗賊団がこれまで以上に暴れ回っているという噂は耳にしているな?」

 

団長の顔から笑みが消え、一気に「騎士団長」の顔になる。

 

「グレイロック峠付近に拠点を移したことが、六番隊の調査から分かった」

 

「奴らも結構やり手でね。やり口は派手なのに、なかなか尻尾を掴ませてくれなかったんだ。今回のシルヴァン隊長の隊の報告は大手柄だよ」

 

窓際で気だるげに壁にもたれていた天城が、向かいに立つ六番隊隊長のシルヴァンを紹介するように言った。

 

「そしてもう一つ。詳細は調査を進めている段階だが、ソルディア王国がまた何かを企んでいるらしいことだけは分かった」

 

団長が声を低める。

 

「奴らが本格的に動き始めれば、騎士団も総出で対応せねばならん。その前に、国内の不穏分子は早々に取り除いておきたい。ソルディアのおかげで忘れかけているが、我々の本来の目的は、エクシア共和国の平和維持だからな!」

 

団長は地図を指し示した。

 

「王国がいつ侵略を始めるか分からない状況で、複数の隊を動かしすぎるのは良くない。そこで――ヒュリアの一番隊に、この盗賊団の討伐に当たってもらうことにした」

 

「……しかし、団長。お伝えしている通り、我々六番隊の調査結果では、盗賊団は想像以上に規模が大きく、組織化されたものでした」

 

シルヴァン隊長が静かに懸念を口にする。

 

ヒュリアが眉を寄せた。

「えっと? 聞き間違えかもしれないけど、その大規模かつ組織化された盗賊団を一番隊だけで片付けろってこと? パパ、ちょっと人使いが荒すぎない?」

 

「ワハハ、そう言うと思ってだな! 渚、澄人、結衣の三人と、お目付け役に天城も同行させる!」

 

意表を突かれた俺は、思わず声を上げた。

「えっ!? で、でも、そんな重要そうな任務に、まだ入ったばかりの俺たちが行ったら……かえって足を引っ張るんじゃ……」

 

「誰が足を引っ張るって?」

 

団長が鋭い、けれど温かい視線を俺に向けた。

 

「そんな奴を、端から入団させるものか。何度も言うが、私は君たちに期待しているんだ。それに……万が一、不測の事態があれば、まあ天城がなんとかするだろう! そのための天城だ!」

 

「そういうこと。大丈夫、君たちは修行を経て、はるかに強くなった。もっと自分自身を信じなよ」

 

天城が壁から離れ、俺たちの方へ歩み寄る。

「それに、何かあったら僕が守ってあげるから安心しな」

 

天城が、ニカッと笑って親指を立てた。

 

(……!)

 

その仕草を見た瞬間、心臓がドクンと嫌な音を立てた。

王国の初任務前、同じように親指を立てて笑っていた家持の姿が、一瞬だけ重なったからだ。

あの日、あの仕草の後に待っていたのは、決定的な裏切りだった。

 

「そうね、みんななら絶対大丈夫! 頼もしいわ!」

 

ヒュリアが俺の肩をポンと叩く。

「私も、みんなの前で恥かしいところは見せられないわね。頑張りましょう!」

 

ヒュリアの真っ直ぐな瞳を見て、俺は胸の内の影を振り払った。

そうだ。ここはあの国じゃない。ここには、信じられる仲間がいる。

この人たちが期待してくれるなら、俺が、俺自身を信じないでどうするんだ。

 

「……はい。精一杯、やります!」

 

不安と期待が入り混じる中、俺たちの「本当の初任務」が始まろうとしていた。

ついに下された初任務!

ヒュリア率いる一番隊と共に、渚たちは大規模な盗賊団の討伐へ向かいます。


天城のふとした仕草に過る、王国の忌まわしき記憶。

しかし、今の渚の隣には、心から笑い合える仲間と、自分を信じてくれる師匠がいます。

ハズレと呼ばれた力が、実戦でどう花開くのか……。


次回、第27話は 4/12(日) 20:10 更新予定です。


ソルディア王子が計画を進める裏で、エクシア共和国側でも熱い戦いが始まります!

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