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VRゲームで鳥をもふもふしたいだけ!  作者: 音夢


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89羽目:病み上がりに染み込む日常

 ぴよぴよ。ぴよぴよ。


 ぐーっと腕を伸ばして、ひよこのアラームアプリを止める。

 布団の中に引きずり込んだスマホ画面を見ると、新着メッセージが二件入っていた。


「澪と聖子ちゃんからか、まずは澪のやつから……」


 内容はカギをポストに入れたこと、朝ごはんは炊飯器に作ってあること、土曜日に必要そうなものを揃えたが、他にあれば配達してもらってねとのことだった。


 パーフェクトな嫁かな? 今度、澪の好きなチーズケーキを焼こう。ネコの形で、飼い猫のきなこさんと同じ、茶ブチにしたら喜びそうだな。その顔を想像したら、思わず頬が緩んだ。


「返信しちゃお。ありがとう、澪に風邪がうつってないか心配。通勤気を付けてね、と……」


 さて、聖子ちゃんのメッセージは何だろう?


「本調子じゃないなら、会社の制度を存分に使って無駄にゴロゴロしろ……って、それ社会人としてどうなの?」


 少し怠いけど、二日も寝ていたし、ほとんど回復したような気もする。在宅だし、そこまで体に負担はかからないでしょ。


「とりあえず、朝ごはん食べてから考えよう」


 台所に行くと、テーブルに薬とメモが置いてあった。『今日の分まで薬あるから。まだ病み上がりだし、病欠取ったら? 申請に必要なものは社内メールで送ったよ』と書かれている。


「澪まで……今日は休んだほうがいいのかな?」


 思い返せば、社会人になってからはあまり休んでいない。それどころか、休み……何それ、美味しいの? 状態だった。特に弁護士事務所で雇われていたときはひどかったなぁ。アソシエイトなんて下積みの修行と言われてたし、ほぼ休みなくガムシャラに働いていた。


 それで、澪が自分の会社でインハウスロイヤーを募集してるよ、と話してくれたのが去年。それからは時間にゆとりもあるし、大怪我したのは自分のせいなのに在宅を許可してくれたりと、今の職場には感謝しかない。

 って、考え事しないで、朝ごはん食べなきゃ。


 炊飯器を開けると、ショウガの香りがする湯気が立ち上った。


「いただきまーす。フーフー。ん、美味しい……」


 昨日はショウガと卵の中華粥だったけど、今日はカツオ出汁を使った鶏肉の和風粥になっている。自分以外の手料理を久々に食べたなぁ。朝早くから鶏肉を一度茹でてお粥を作った後に、裂いてくれたのかな。そう思うと、心と体に温かさが深く染み込んでいく気がした。


 お粥を食べ終わると、部屋の静けさが、心にゆっくりと圧し掛かってくる。


 自由に生きているつもりだったけど、無理してたのかなぁ。ふっ、とそんな考えが過ぎった。一人で頑張らないといけない。そう思い込んでいた気がする。大切なものを、失ってから。


「人に頼ることを覚えろ……ね。二人の言葉に甘えてみようかな。メール確認しよ……」


 新着に表示されている『人事部:金守(かなもり)』をクリックすると、何故か診断書が添付されていて、手順とシステムの申請リンクも貼り付けられていた。仕事できすぎじゃありません?


「いつの間にオンライン受診してたんだろ。考えてみたら、薬も処方されてるやつだったわ……土曜日はほとんど記憶がなくて怖い。これが年ってやつ? とりあえず、初めての申請……って、もう承認おりた。AI仕事早すぎない? 自動で上司にもメールが飛ぶんだ、すごいなぁ」


 聖子ちゃんには『病欠取ってみた。今から撮りためた鳥ドキュメンタリー見る』とだけ報告して、澪にも休むことを伝えた。さて、鳥ちゃん観るのをぐっとこらえて、まずはシャワー浴びよう。


 髪の毛を乾かすと、さっきまで感じていた心の重さが少し軽くなっていた。


「サッパリしたー! マーちゃんクッションと布団よし! どれ見ようかな……よし、ペンギンちゃんにしよう」


 突然の平日休み。若干の罪悪感を感じたが、準備をしっかり整えてゴロゴロすることにしてみた。始めは夢中になっていたが、いつの間にかうたた寝をしていたようで、スマホの着信音で目を覚ます。お昼休憩に入った澪からの返信だった。


「ふぁぁ……んー、病欠満喫してなかったら鳥もふ禁止ね。って……満喫する制度ではない気がするんだけど。返事しとこ。テレビ見て寝落ちしてたから満喫していると思う。ちなみに、ペンギンの足って実は身長の四倍あるらしいよ。踏まれてみたい。澪は仕事ふぁいとー、っと」


 お昼に残りのお粥を食べ、鳥が出てくる小説を読んでいたら、いつの間にか窓の外がオレンジに染まっているのに気が付く。何か、体だけじゃなくて、心も満たされた気がする。サッと簡単な夕食を作る頃には、体調はすっかり元に戻っていた。


 今日、少しくらいログインしてもいいかな。アクレアさんたちのことも気になるし。何よりも、澪に会いたい。彼女に『完全復活した。一緒に箱あるしたい。あと、鳥成分不足だから、もふりたい』と伝えると、通話がかかってきた。


「ほい、おつー。どうしたの?」


『おつー。車だから通話のが早いと思って。体調よくなって安心したけど、平気なの? もし遊んでて辛くなるなら早めに言うのよ? 少しでも無理してたら鳥もふ一週間禁止だからね』


「禁断症状で震えちゃうから、ちゃんと守ります! 無理は鳥に誓ってしません。いつも気にかけてくれて、ありがとう。運転気を付けてね?」


『なら、よし。うん、先にログインしていいから。入ったらハト飛ばすね。じゃ、あとで』


 通話がプツリと途切れると、一人きりの静かな空間に戻った。けど、もう重く感じない。

 ……誰かに会いたいって、素直に思えるようになったのは、いつからだろう。


 聖子ちゃんや、澪。そして周りの人たちのおかげで——安心って感覚を思い出せた。

 箱あるを始めてから、よりそう思えるようになったのかもしれない。


 よし。みぃがログインした後でアクレアさんのところに行くとして、久々のもふりタイムを楽しもうかな! はやる気持ちを抑えて、軽く体のストレッチだけして、ベッドに横たわってヘッドギアを被る。


 明るい蛍光灯と白い天井。瞬きすると、太陽の光と木目調の天井に切り替わった。


「二日だけなのに、何か久々な感じがするなぁ。あ、先にセレナさんに手紙を送っておこう。そうだ、このおやつも忘れずにっと」


 ミルシード・タッセルという粟穂のようなものを伝書バトが食べて懐いた投稿を見つけたから、試したいんだよね! ワクワクして待っていたが、伝書バトは粟穂と羊皮紙だけを奪い取って、高速でUターンしていった。どうして?!

 仕方ないので、捕まえやすいエッグケッコーをもふもふした。羽毛最高。このまま一生君たちの中に埋もれていたい。別に悲しくないもん。ぐすっ。


 まだしばらく時間あるし、師匠の言っていたお店も覗いてみようかな。お茶処りらくって言ってたっけ。いつもより少し物足りない隣を感じながら、王都(エルディア)に転送した。

 しかし、みぃがいないと場所がまだわからない。聞けそうな人いるかな。辺りを見渡していたら、誰かに肩をポンポンと叩かれる。振り向くと左頬に指が突き刺さった。


「ルーイさんお久しぶりです! 一人で何してるんですか?」


「スピルカさん、久しぶり! お店を探していてね~。てか、このイタズラすごい久々にされたよ」


 司書見習いのスピルカさんは、子供のようにてへっと笑って指を離した。NPCでもこういうことするんだねぇ。思わずゲームのシステムだってことを忘れてしまうくらい、人間くさいんだよなぁ。


「えへへ、あの顔面プレス見た時からほっぺ柔らかそうだなって思って、つい。なんてお店ですか?」


「チャウチャウフェイスの時そう思ってたんだ……お茶処りらくって、知ってる?」


「あー! あそこ美味しいですよね。仕事終わりによく行くんですが、私のオススメはコアベリーのモッチスフィアと、ローストミルクティーのミルクホイップ乗せショコチップ増量です!」


 某米国コーヒーチェーンのメニューみたいに聞こえてきた。絶対、途中で噛む自信がある。


「へぇー! 何かすごいメニューだね。流行ってるの?」


新世界人(ニュービー)の方が流行らせたみたいですよ。病みつきになるんですよねぇ。特にドリンク! 脳まで痺れる甘さで一気にシャキーンとなります! ウッ……思い出したら行きたくなってきた……でも、これから仕事なので、ルーイさん私の代わりにぜひ味わってきてください! こちら、地図になります! では、また会いましょう!」


 表情がコロコロ入れ替わり、最後は般若のような顔をして、「仕事めぇぇぇ!」と叫びながら、走り去ってしまった。


 本当に箱あるはリアルそっくりだ。NPCにも喜怒哀楽がしっかりあって、毎日の生活がある。そんな、当たり前の一部にうちやみぃが溶け込んでいる。


 不思議だけど、こうやって、何でもない毎日が続くといいな。

ちょっと裏話。

澪は早めに出勤してPCの前で待機していたのです。何かあった場合は、人間がチェックしてマニュアル承認できるから。不備が出ないようにしていても、ちょっと心配になって待機しちゃう澪でした。


[読者の皆様]

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