88羽目:風邪ひき瑠衣
リアルサイドのお話になります
仁王立ちの澪が目の前にいる。
正確にいうとベッドの横だけど。
「38.5℃ね」
鳥の体温は40℃だし、それに比べたらまだ平熱。きっと。
「問題ない……って、ゴホッ」
「誰が起き上がっていいって言ったかしら?」
上半身を起こそうとしたら、おでこに冷えピタを貼られて、そのままベッドに押し戻された。
朝から少し怠く感じていたが、嫌なことを思い出したせいでよく眠れなかったからだと思った。でも、澪に会えるからリハビリを頑張ったが……。病院の駐車場で待っていた彼女と合流したら「今すぐ帰るわよ」って言われ、何で? と思ったけど、移動中に具合が悪化して今に至る。
思えば昨夜からちょっと喉が痛かった気がする……。
ゲームをログアウトしたら、澪からすぐ電話がきたんだよね。明日の待ち合わせの再確認だって言ってたけど、メッセージでやり取りもしてるから不思議に思っていた。いつもは電車で行くのに、たまたま車を使う予定があるから迎えに行くと言っていたが、あの時から澪は何となく気が付いていたのかもしれない。
こんなの寝ていれば問題ないんだけどなぁ。てか、新しいマスクに交換しなきゃ、ストックどこだったっけ。服も……って、もう、家入ってすぐ部屋着に着替えさせられてたわ。服を脱がそうとしてきたから、さすがに焦った。恥ずかしくて顔から火が出るかと思ったもん。あれで、熱が出たんだと思う。きっと、そうだ。
そう思いながら、ボーっとする頭で澪がどこかに電話をかけているのを見ていた。
「もちろん、私は大丈夫です。変わりますね。瑠衣、はい」
澪がスマホを渡してきたので、耳に当てる。
「もしもし……」
『鳥バカなのに何で風邪引くんだよ、バカは風邪ひかねーのがお決まりだろ』
この家の主でもあり、母の妹である聖子ちゃんの声だった。F1レーサーで今の時期は海外を転々としているからしばらく会えていない。ちなみに、おばさんって言うとほっぺをつねられ「聖子ちゃんだろ? リピートアフターミー」と脅される。
「鳥バカだって風邪ひくわい! ゴホッゴホ!」
『あー、大声出すなバカ。おめーどうせ夜中に高熱出すんだから、いい加減人に頼ることを覚えろ。いつもフラフラになるし、モビリティーウォーカーごとスッ転んだらどうすんだ? 澪ちゃんは家に泊まらせるからな。反対したら秘蔵の鳥図鑑を図書館に寄付するぞ。よし、スマホ返して、鳥抱いて寝てろ』
ぐぅの音も出ない正論だった。おじさんの家にいたころは熱を出すと怒られていたし、隠して我慢するのがクセになっていた。聖子ちゃんと暮らしてから、隠していたことを怒られてビックリしたんだよね。
なんか、嫌なこと思い出しちゃったなぁ、マーちゃんクッションどこだろ。
あった。ふかふかで癒されるぅ。
青と白のインコ型クッションにぎゅっと抱き着く。
楽しいことを考えよう。
五歳の時、シンガポールのバードパラダイスを訪れたのが鳥沼の始まりだったなぁ。聖子ちゃんがレースに招待してくれたんだよね。初めての海外旅行で舞い上がっていたのもあるけど、カラフルで、もふもふしていて、つぶらな目で飛び回る天使がいっぱいいたのを今でも覚えている。
日本に帰ってからも忘れられず、ペットショップで見かけたブルーパイドのセキセイインコに一目ぼれした。白い頭と青い体が、あの日見た青空に浮かぶ雲のように見えたんだよね。それで、二人に一生のお願い攻撃をしたんだっけ。
マーライオンみたいに、エサの吐き戻しをよくしたから、マーちゃんって名付けた。
「安心してください、そうなったら布団でぐるぐる巻きにして固定するので」
何か澪が恐ろしい単語を発しているのだが?
それ、トイレいけないじゃんとツッコミたいけど、天井がぐるぐるしてきた。目が回りそうだからちょっと、つぶってよう。
中学を出るまで、心の支えはマーちゃんだけだった。でも、高校を卒業する前に老衰で亡くなった。聖子ちゃんと暮らしてから数年後のことだ。仕方がないことだけど、心の支えがまた消えてしまった。
そんな時に、大学で澪と出会った。
自分を出せと言ってくれて、マーちゃんのように心が安らげる大切な人。だから、失うのが怖い。あの日みたいに、大切であればあるほど、残された絶望が重く圧し掛かるのは嫌だ。
暗い。
狭い。
咳をするだけで怒られる気がして、マーちゃんの籠を抱えながら、息を殺した。
時折「ぴぴぴっ」っと短く、区切るように鳴くマーちゃんの声で心を保てた。冷えたケージに顔を擦り付けると、マーちゃんがクチバシを何度か口につけてくれた。励ましのチューかな。唇を舐めると、ほんのり甘く感じてちょっぴり元気になれた。
迷惑をかけると、怒られるから頑張って隠さないと。
暗い。熱い。苦しい。
あれ、マーちゃんどこだろ。見えない。
どうしよ、怖い。おいていかないで……。いなくなっちゃヤダ。
すると、暗闇から声が聞こえた。
『大丈夫よ。ずっとそばにいるから』
マーちゃん……?
暗い世界に光が差し込んできた。
青空の下、草原でスライムがぽよんぽよんと跳ねている。あれ、いつのまに箱あるにログインしたんだろ?
むっ! あそこでマーちゃんとシーちゃんが遊んでる。うちも今すぐ混ぜてほしい。
猛ダッシュしてマーちゃんをもふもふすると、頭をクチバシで毛づくろいしてくれた。ちょっとひんやりして気持ちいい。もう少し毛づくろいを堪能しようと思ったら、いきなりクチバシを口の中に突っ込んで、何かを流し込んできた。
「ンッ?!」
また、あの甘い味だ。でも、さっきと違ってクチバシが柔らかいんだけど……なんでだろ? 考えても仕方ないし、飲み込んでおこう。ゴクン。
ハッ! みぃに鳥ハラだって言われる! でも、相手からだしハラスメントじゃないので許してください!
思わず土下座したけど……そういえば、みぃがいない。
何でうち一人なんだろ?
いつも一緒にログインしてるのに……って、リハビリのあとで会う約束してたじゃん! 転送クリスタル……じゃないや、なにで行くんだっけ? でも、急がなきゃ。澪にすごく会いたい。
「澪……。ん、夢……?」
ボーっとして上手く思い出せない。温かいけど、何か少し寂しかった気がする。どれくらい寝てたんだろ。窓に目をやると、カーテンの隙間から差し込む光が、いつのまにか色を変えていた。
「コホッ。喉乾いた……」
サイドテーブルに置かれていた水を飲み干す。喉を通る冷たい水で、頭が少しずつクリアになっていく。まだ少しだけ怠いが、ベッドから降りてキッチンへ向かうと澪がいた。
「瑠衣! よかった……。熱は……かなり下がったみたいね」
体温と同じになっていた冷えピタを剥がして、置かれた手が気持ちいい。ひんやりしていた手が離れて少し名残惜しいけど、澪のホッとした顔を見て心がじんわりと温かくなった。
「心配かけちゃってゴメンね」
「病人は謝らなくてもいいの。お粥作ったけど、食べられそう?」
「そういえば、すごいお腹すいた……」
「昨日からゼリー飲料と薬しか飲んでないからね……ずっと起きないし」
え、うちそんなに寝てたの?
申し訳ないことをしてしまった……。
「うわ、ごめん……。でも、電話の後から記憶にないんだけど……いつ飲んだっけ? あれ、顔赤いけど風邪うつしちゃった?!」
「ちがっ……へ、部屋が暑いだけよ! 自分で飲んだでしょ、熱が40℃近くまで上がったから、覚えてないのね。きっとそうよ。後、謝るの禁止。とりあえず、水と体温計もって病人はあっちでステイ」
相変わらずのわんこ扱い……おとなしく従ったけど。
しかし、澪が一人でキッチンにいるの何か新鮮だなぁ。料理が苦手だから炊飯器調理を教えたことがあるけど、あの時は二人でやったし。火の加減を気にしなくてもいいので、今の所失敗しらずらしい。
体温計がぴぴぴっと音を響かせた。この音を何度も聞いた気がするけど、どこだっけ? 考えていると、目の前に湯気を立てたお椀が置かれた。とりあえず、平熱まで下がったし、いっか。これ以上、迷惑をかけなくてすんでホッとした。
「ありがとう、いただきます。アチッ」
「……もう、慌てないの。フーフーして食べさせてあげようか?」
いきなりの子供扱い。イタズラっぽく笑う澪を見て少しドキリとする。「子供じゃないし……」と誤魔化して何度か息を吹きかけてからお粥を食べると、出汁がじんわりと体中に染み渡っていく。今まで食べたどの中華粥よりも美味しくて、優しい味がした。
食べ終わってお椀を洗おうとしたら、ものすごい笑顔で薬とすり替えられる。目が笑ってなかったので、おとなしく椅子に座って薬を飲みました。その後、ベッドに強制連行され、澪はもう一泊すると言いだす。居てほしいけど、さすがにそこまで甘えちゃダメ……。
「もう一人で大丈夫だって……澪は明日仕事でしょ?」
「車で出勤するからいいの。素直に甘えなさい。いなくならないでって泣きついてきた時は可愛かったのに……」
え、何それ。
知らない記憶がいっぱいでこわい。
「ふふっ、嘘。泣いてなかったわよ。早く治してくれないと箱あるできないでしょ。さっさと寝なさい」
泣いてないんかーい。
嘘はよくないと思います。でも、澪と遊んだり出かけたいから素直に寝よう……。
「うん……ありがとう」
「おやすみ」と言って部屋を出ていく背中を見て、また一人になるのが心細くなり、思わず彼女を呼び止めてしまった。
「んー? どうしたの?」
また熱上がったのかな。
顔が火照ってる。
迷惑かけたくないけど、少しだけ、甘えたい……。
「えっと。その……もう少しだけ澪と話してたい……ほら、いっぱい寝っちゃったから、まだ眠くないし……ダメ、かな?」
「ダメなわけないでしょ。もう少し素直に甘えればいいのに……でも、ちょっぴり頑張ったご褒美にナデナデしてあげる」
子供じゃないんだが……とは言わなかった。クッションを抱きしめながら、少しだけひんやりとした手に頭を委ねた。
[読者の皆様]
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