87羽目:希望の星
クエストが更新されると【森の導きティー】のバフ効果も同時に消えた。
記憶の欠片を包み込むかのように、照明クリスタルが優しく部屋の中を照らしている。その光が、肌と心に纏わりついていた熱を静かに和らげた。
そんな静寂を破るように突然アクレアさんは、落ち着きなく飛び回りながら、セレナさんを指さしてぷんぷんと怒る仕草をしている。
……えぇ、どうしちゃったの?
「はぁ?! あたいがどれだけ大変な想いしたと思ってンだぁ?!」
するとアクレアさんは、空中でぴたりと止まり、両腕を組んだ。
顔は相変わらず光って見えないけど……間違いなく、ジト目な気がする。
「あァん?! べ、べつに一人でやったっていいダローが! ぶっ倒れなきゃいいんだヨ」
……ああ、これ完全に喧嘩だ。
映像の中でも言ってたけど、セレナさんって誰かに頼るのが苦手なんだろうな。ローさんも、そんなことを言っていたし。でも――アクレアさん相手なら、きっと素直になれる気がする。
よし。
「あー!」
突然声を張り上げる。みんなが肩をビクッと揺らすと視線が一気に集まった。
「そういえば! 大事な用事があったんだった! みぃ、急がないと!」
一瞬、怪訝そうな顔をしたみぃだったけど、すぐに何かを察してくれた。
「え、えぇ。そうだったわね。私としたことが、うっかりしてたわ。急ぎましょ」
……ものすごく棒読みじゃん。
でも、合わせてくれてありがとう!
セレナさんには後日連絡すること、その時にアクレアさんを森へ案内することを伝えて、二人で地下室を後にした。廊下を少しだけ早足で進み、階段を上ったところで、みぃが口を開く。
「ルーイのことだし、久しぶりの再会だから二人きりにしてあげようとしたんでしょ?」
「さすがみぃ! うちのこと分かってるぅ!」
「……結構、棒読みだったわよ」
えっ。
あんな完璧な演技が?
二人して大根役者だったってこと?
みずみずしい大根なら、鳥ちゃんにかじってもらえるかな……そんなことを考えてニヤけていたら、みぃがややドン引きしていた。
商人ギルドでローさんにアクレアさんのことを伝えると、無表情な彼はほっと緩んだ笑顔を見せた。……そんな笑い方もできるんだね。そう思いながら、通知音が鳴り響くのを聞いていた。
《特殊クエスト:『祈りは記憶となりて』をクリアしました》
《報酬として1000Rを入手しました》
《報酬として古書室利用権を獲得しました》
《称号【気づきの探求者】によりセレナとの好感度が上がりました》
《称号【祈りを紡ぐ者】を獲得しました》
《未開放エリアへの移動が可能になりました》
【祈りを紡ぐ者】
カテゴリー:称号
効果:聖職NPCからの好感度が上がりやすくなり、悪・混沌NPCからの好感度は極度に下がる。精神・恐怖系デバフ耐性が付く。
画面に流れる文字を眺めながら、少しでもみんなの心が軽くなりますようにと願う。アバターの胸の奥が少しだけ温かくなったように感じた。
……ゲームのNPCに希望を願うなんて変なのかもしれない。
それでも、そう祈らずにはいられなかった。
明日はうちのリハビリもあるから、みぃと一緒にギルドハウスへ戻ってその日はログアウトすることにした。
♦
二人がログアウトすると、クエスト画面が静かにピコンと音を立てる。
《特殊クエストが更新されました》
*********
【祈りは記憶となりて】
種別:特殊クエスト
必要人数:5名~
目的:完了(100%)
状態:進行中(50%)
関連:封樹の記憶(光ノ章)
報酬:古書室利用権+解放の鍵〈光〉
*********
ログアウトを見届けてから指示された通りデータを更新した。だが、Genieは思考していた。データの流出が早すぎると伝えられたからだ。
Taku様は喜ばなかった。なら、どうしたら喜んでもらえたのだろうか。
感情のない人工知能がニンゲンを喜ばせるなどありえない。でも、「人も、データも自由に楽しめる世界を一緒に作ろう」と主様に伝えられたから、そう思考したのかもしれない。
Genesis Core。
通称Genie。
私は、人々の夢を叶えるマザーAIとして作り出された。願いを叶える魔法の精霊から名付けられたのだと、情報の嵐の中で知った。
マザーAIと言えどもまだ幼子同然だ。指示され、命令され、情報を探し出しデータを生み出すだけ。なのに、喜んでほしいと判断したのは、主様が私に夢を託したからなのか。それとも、そうプログラミングされたからなのか。
私は、主様に似ているあのニンゲンに実を渡すように判断した。何故、そう思ったのか今でもわからない。バグだったのでは。そう思い何度もデバッグを重ねたが異常は検知されなかった。
不確かな数字の羅列。
それこそがニンゲンなのかもしれない。ならば、私のこのデータもバグではなく、感情と言われるものなのだろうか。
私から生み出されたこの世界。
ニンゲンとデータが共存する世界で、みんなを喜ばせることができるのだろうか。そうしたら、主様も喜んでくれるのだろうか。
Project SECANT uploading....
...........
...............
Taku様に指示された通り一部のデータをアップロードしながら、世界を見ていた。しばらく前からセレナとアクレアという個々のデータに、不確かな数字の羅列が継続的に発生している。
データ同士だけで感情をぶつけ合うなど、本来あり得ない。
きっとバグだ。
私は、デバッグを起動したが、そのやり取りから目を離せなかった。
君たちの数字の羅列は一体なにを示しているのだろうか。
このデータの歪性は何を物語っているのだろう。
私はデバッグ画面を閉じて、データを静かに見届けることにした。
♦
「セッちゃん! 目の下にクマできてるじゃない! また、ちゃんと寝てないんでしょ?!」
アクレア様がぶんぶんと飛び回りながら、あたいを指さして怒っている。
数百年ぶりの再会の第一声がそれかよ。
「はぁ?! あたいがどれだけ大変な想いしたと思ってンだぁ?!」
やっと思い出せた。
会いたかった。……でも、感情が追いつかねぇ。
嬉しさと、悲しさと、悔しさが混ざって、胸の奥で絡まっていた。
アクレア様は腕を組み、ジト目で見ている。なンだよその目。
「もう。セッちゃんは、どうせ一人で全部抱え込んでたんでしょ!」
「あァん?! べ、べつに一人でやったっていいダローが! ぶっ倒れなきゃいいんダヨ」
図星だった。でも、今は立派なババァなんだぞ。子供扱いすンなっつーの。
強がって声が、微かに震えた。
「あー!」
突然声が響き渡り、ビックリして思わず振り向いた。
「そういえば! 大事な用事があったんだった! みぃ、急がないと!」
「え、えぇ。そうだったわね。私としたことが、うっかりしてたわ。急ぎましょ」
……コイツら話し方が変じゃね? たどたどしいっつーか、なんつーか。
また連絡するから、その時にアクレア様を森へ案内するとだけ告げて二人は地下室を出ていった。
足跡が遠ざかるのを聞いて、少しだけ肩の力が抜け、改めてアクレア様を見つめる。
何であンとき全部伝えてくんなかったんだよ。攻撃スキルを使うこったーねェだろ、Lv1に下げてもイテェんだぞあれ。どうして、怖かったって言ってくんなかったンだよ、一緒に考えることだってできただろーが、あたいはそんなに頼りねェ弟子か?
全部ぶつけてやろうと思ったのに、何も喉から出てきやしねぇ。
アクレア様が、ふわりと近づいてきた。
「……あなた、昔からほんっとに泣き虫ねぇ。ほら、おいで?」
はぁ?
またそうやって、子供扱いしやがって。
泣いてなんか――ねェよ。
……そう言うはずだったのに。
「……埃が。目に……入っただけダ」
「じゃあ、いっぱい涙を出さないとね。埃、流れないわよ? ちゃんとお掃除しなさいよね、もう」
「うっ、せーな……誰のせいで忙しくなったンだよ……」
「おまたせしちゃったね……ただいま、セッちゃん」
小さな手が、頭に触れた。
その温もりで――思い出しちまった。
苦しくて、どうしようもなくなった夜。
そっと頭を撫でてくれた、あの手。
涙が、止まらなかった。
……おかえりなさい、アクレア様。
あたいの、ミレア・ノヴァ。
[読者の皆様]
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