29羽目:道具がなければパワーを使えばいい
月曜日の朝。
現実へ引き戻すのは、鳥のさえずりではなく無機質なアラーム音だった。
「まっする……もふ……もっ、うぅ、もう朝……?」
まだ眠気の残る瑠衣の頭の中に、週末の記憶が鮮明に蘇る。
ブルンヴァルトの森の冒険、グラウスのツンデレな叱咤、みぃの成長……。
布団を手繰り寄せながらマッスルダックのもちっ、さらっ、つるっとした柔らかさを思い出し、もう一度もふりたくなる衝動に駆られる。
しかし、そんな夢見心地の時間も束の間。現実は待ってくれない。
ヘッドギアを装着したい気持ちをぐっと抑え、日課のストレッチを済ませてから、モビリティーウォーカーのバッテリーを交換し、身支度を整える。
そうだ、今夜の夕飯は水餃子にしよう。
朝食を取りつつ、スマホで調べものをしながら、通勤中の澪からのメッセージを確認する。
クエスト完了後に無事スキルを習得できたことを嬉しそうに報告してきた。
昨日は確認できなかったが、添付されたスクリーンショットを見て、思わず目を丸くした。
【魔力転写術式】Lv.1 アクティブ
獲得条件:クエスト《マリーからのお使い》を完了し転写に成功することで習得。
効果: 魔力を用いて、術式を紙・ガラス・金属などの媒体に転写する。 転写された術式は、一定条件下で発動可能なエンチャント効果を持つ。
※エンチャント効果と時間は素材によって異なる。
※INTとDEXが高いほど、転写精度と成功率が上昇する。
わぁ、うちのスキルよりも説明がいっぱいあるぅ。なんか難しそう……。
スマホを机に置いて、今度はパソコンの画面を見つめる。
わかってはいたけど、画面の中に容赦なく積み上がっているタスクを見て溜息をつく。
事故の影響で在宅勤務となったが、それでもこうして働ける環境があるのはありがたいことなんだけどね。
魔法のカードの請求書というさらなる現実も、来月にはしっかりと届くのだから、頑張らなきゃ。
会議、資料作成、急ぎの修正依頼。
昼休憩の調整が自由な分、定時で終えたい。
急いで食事を水分で流し込み、再びパソコンと向き合うと、いつの間にか夕方になっていた。
「よし、送信……今日の仕事終わり!閉店ガラガラ!ホタルノヒカリ!」
ずっと座りっぱなしだったせいか、身体が固まっている。買い出しを兼ねて遠回りして、少し散歩しよう。
帰宅後はシャワーを浴び、たっぷりの野菜ときのこを使った水餃子スープで優勝する、最高の締めくくりだ。
そのとき、スマホが震える。
澪からのメッセージだ。
「1時間後にログインできるよ」
試したいことがあるらしく、それに合わせて自分もログインすることに。その前に、残りの家事を片付けてしまおう。
ふわイン。
視界が暗転し、ログインの光が包み込む。
見慣れた木目調の天井、《森の泉》の宿屋だ。
みぃが来るまでの間、自分のステータスやアイテムを整理する。
クエスト報酬で手に入れたのは、《森識鑑定鏡》と称号。
さらに追加としてみぃはスキルを習得し、うちはアイテムだった。
【《気づきの探求者》】
カテゴリー:称号
効果:観察力や直感を評価され、NPCとの会話で「気づき」に関する選択肢が増える。NPCとの好感度も上がりやすくなる。
【守護の護符】
カテゴリー:スロットアイテム
効果:守護を操る古代の術式が刻まれた護符。自身の位置を中心に、範囲内の味方の被ダメージをわずかに軽減。
※融合することで、装備品の進化可能。
さらに、昨日の素材集めでマナスライムを倒し、ついにLv21に到達したのでVITを上げていく。
しかし、オークリーダーから手に入れたアクセサリーを装備するには、あと少し足りない。ヘイトを引きつける効果があるから、なるべく早く装備したいところなんだけどなぁ。
ふと、あの戦いのことを思い出す。
【挑発】を使ったはずなのに、みぃに敵が向かっていってしまった場面。スキルの説明をもう一度確認する。
【挑発】 アクティブ
獲得条件:指定講習の修了
効果:使用時、指定範囲内の敵に対して挑発を行い、一定時間ヘイトを自身へ集中させる。効果時間中、対象の敵は他プレイヤーへの敵対行動が減少する。
「指定範囲ねぇ……」
あのときは吹き飛ばされて、範囲外に追い出されたという事なんだろう。【守護の護符】もそうだけど、この範囲ってどうやって把握すればいいんだろう?
ヘイトを集めるアクセサリーがあっても、範囲がわかってなければ意味がない。
うーん……まぁ、悩んでも答えは出ないか!
こういうときは体を動かすに限る。
とはいえ、みぃがもうすぐログインする予定なので、部屋から出るわけにもいかない。
ふと目に入ったのは、宿のキッチン。
そういえば、泊まる部屋すべてにキッチンがついていたなぁ、簡易調味料まで揃っているし。
「これ、自分で料理できる?」
空腹度と給水ゲージも半分を切っているから、みぃが来たら食堂に行く流れになるだろうけど……今、ここで作ってしまえばいいのでは?
「よし、チャチャッと作ってみよう!愛情で煮込むルーイごはん、いっきまーす!」
グリモヴァインの葉とトッコーボアの肉を取り出す。
ついでに、素材集めのときに見つけたアプリルの実も使おう。
肉を一口大に切り、棚にあったお酢とアプリルの実をすりおろして……。
「道具がないな? じゃ……【反転 STR】、ふんっ!」
手でにぎり潰したアプリルの実をお酢と混ぜ、肉を漬け込む。
すると、ボウルの上に『漬け込み:1分』の青いバーが表示され、チーンという音とともに完了の合図が鳴った。
次に、フライパンで肉に焼き目をつけ、鍋に水を張って焼いた肉と刻んだグリモヴァインを投入。
『煮込み:5分』のバーが表示され、蓋がコトコトと揺れるアイコンが浮かび、じっくりとスープが仕上がっていく。
「ルーイ、おまたせ。何してるの?」
背後から声がして振り返ると、みぃが首をかしげていた。
「気になってたから作っちゃった!もうすぐできるから、一緒に食べよ!」
チーンという音が鳴る。やっぱりこの音、どう聞いても電子レンジなんだよねぇ。
鍋の中から立ち上る湯気とともに、スパイシーな香りがふわりと鼻をくすぐる。
スープをボウルによそい、テーブルに並べると、画面に料理名が表示された。
【幻視のスープ】
カテゴリー:料理
効果時間:30分
味わい:グリモヴァインの葉がほんのりスパイシーに香り、トッコーボアの肉のクセをやさしく包み込む。一口すすると、どこか懐かしい田舎の食卓を思い出すような、ほっとする味わい。
効果:食べた者の視界に、周囲の魔法構造が一時的に浮かび上がる。※『幻視のまなざし』発動には【解析】スキルが必要。
「……え?なにこのバフ?魔法構造って……えぇ?」
「まぁまぁ、とにかく食べよ!ほらほら!」
急かされるようにみぃはスプーンを手に取り、そろって声を上げた。
「い、いただきます?」
「いただきまーす!」




