28羽目:導きは唐突にやってくる
今日は2人の視点で書いてます。
森の朝は静かで、空気が澄んでいた。
昨日の経験が活きているのか、アイテム集めは驚くほどスムーズに進んだ。みぃが持っていた星鉄や透明石英も採れた。どうやって見つけたのかというと――お師匠が、導具と一緒に採取場所の地図とメモを用意してくれていたからだ。
優しさのハッピーセットかな? かなり早く終わっちゃったし、バードウォッチングでもしよーっと! このでっかい木とかいるかな?
静かに佇む屋久杉ほどの大きさもある大木を見上げていると、風もないのに蔦に生えた葉がゆるり、ふわりと揺れた。なんだろ? 《森識鑑定鏡》を装着して覗く。
【フェイリーフ】
自然魔力に敏感で、風がない場所でも葉が揺れたり、音を立てたりする。妖精の通り道に生えており、精霊の気配を探るのに使われる。
昨日取るのをやめたやつだ。すると、葉の裏から、小さな光がふわりと舞い上がった。人差し指ほどの大きさで、目の前をくるりと舞っている。背中には黄金に光る羽がついていて、服装はシンプルに白い布を体に巻いたものだった。
わぁ、妖精だ。
こちらをじっと見つめているような仕草は、まるで心の奥を覗き込んでいるように感じた。ただ、顔が光っているので表情がわからない。こういうときは、まず話しかけてみよう。挨拶って大事。
「初めまして。妖精さんだよね? うち、ルーイっていうんだ。このフェイリーフ、少し分けてもらえないかな。あと、おすすめの食べ方とか教えてもらえたら嬉しいなぁ」
妖精は考えるように、しばらく顎に手を当ててから、ふわりと舞い、本人の体と同じサイズの葉を何枚か手のひらにそっと乗せてくれた。妖精さんって言葉が話せないのかな? でも、渡してくれたから貰ってもいいってことだよね。
そして、次に空中で指をくるくると回すと、ポンっと一冊の本が現れた。
『愛情で煮込む妖精ごはん~彼の心も胃袋もいただきます♡~』
妖精界にもこういうのあるんだ……? あと、こういうのあるってことは、女性なのかな。もしかして、「どんな種族でも、女性に年齢や彼氏の有無を聞くのは絶対NG」って、こういうシチュエーションでうっかり聞いちゃう人への警告だった?
顔も光っているし、性別もわからない。デリカシーのない人が過去に変なことを聞いたのかもしれない。
「ありがとう! あ、ついでにこのグリモヴァインにも記憶させてもいい? でも、魔導書じゃないからダメかな?」
妖精さんは首を横に振り、本を指さしてから両腕で頭の上に丸を作った。
お、本ならなんでもいいんだ。良いこと聞けた! でも、ただ挟むだけじゃダメだからね。しっかり読み込んで、ちゃんと覚えよう。最初はハーブティーね。導き……魔法の設計図……ふむふむ。
全部読み終わって、レシピ本を返してからお店に戻った。みぃがすごく苦戦してるみたいで、ちょっと顔がげんなりしている。早速覚えたレシピが役に立ちそう! 気分転換にハーブティーとかよさそう。これで上手く行く気がするんだよねぇ。
そう、うちの勘が訴えていた。
* * * *
錬金術師は、ゲーム内では生産職と呼ばれるカテゴリーに属する。戦闘では火力もなく、後方支援も中途半端。正直、あまり頼りにされないので、ギルドの人以外とはPTを組まない。それでも私は、この職業が好きだった。まるで科学実験のように、万物の素材を組み合わせ、結果を導き出すその過程が、たまらなく面白いのよね。
【魔力転写術式】
師匠が使ったものとは違うけど、基本ということはレベルか条件で派生するものなのかしら。これを使えるようになったら、ルーイのサポートがもっとできる気がする。
あの子が「箱あるをやる」と言ってくれたときは、本当に嬉しかった。でも、ルーイの性格を考えれば、生産職を選ばないことは分かっていた。案の定、どのゲームでも難易度が高いとされるタンクを選んだ。誰かを守るために、最前線に立つ職業。まぁ、半分以上は鳥だったけど、それでも勝手に体が動いて誰でも守りに行くのを知っている。
――だからこそ、私も変わらなきゃいけない。
今覚えているスキルだけじゃ、ルーイを支えきれない。オークリーダーとの戦いで、それを痛感した。私の方がレベルが高くても、何もできなかった。だから、ルーイが本気で楽しめるように、そしてタンクとしての力を最大限に活かせるよう、私はもっとスキルを覚えたい。
何度目だろうか、紙の上で暴れた術式の残骸を片付け、私は魔力ペンを握り直した。うまくいかない……。
頭では理解している。私のはバランスが取れていない。けれど、手が追いつかない。魔力の加減を均一にして、一筆書きのように模様を書き込んでいく。この流れが少しでも乱れれば、術式は暴走し、紙はあっという間に破れてしまう。
「チッ……力任せにやっから紙がまた無駄になっちまっただろうが」
「今のはぁ、ちょっと右側に魔力が偏ってましたねぇ。でも、バランスは確実に良くなってきてますぅ。この調子ですよぉ」
お師匠様の叱咤で張り詰めた空気が、マルクスさんの間延びした話し方によってふっと緩む。
――ルーイの力になりたい。
その想いを、魔力に乗せて。
そして、安定して紙に書き出せるようになった。次はレンズへの転写ね。けれど、ガラスは紙より魔力が定着しにくく、筆圧のバランスが崩れると術式が暴れ出した。
今の転写術式の成功率は50%。クエストバーの進捗が進まない。どうしたらバランスを安定させられるのかしら……。
「材料がなくなっちまったが……。剣士の嬢ちゃんがちょうどいいところに帰ってきた。準備すっから、外で頭冷やしてこい」
いつの間にかルーイが採取から戻ってきていたみたい。まったく進歩が見えなくて、少し気分が落ち込んでいたところだった。気分転換に話したいなと思ったけど、ルーイは台所にいるようだ。邪魔したくないし、言われた通り外で待ってようかな。
「みぃ、お疲れ様。これリラックスできると思って作ったんだ」
「ありがとう」
湯気の立っているコップを受け取り、ひと口飲む。シソのような爽やかな香りと、ハチミツの甘さが口いっぱいに広がり、凝り固まった体と頭がふわっとほぐれた。
「……美味しい」
「さっき取ってきたんだ! 今のみぃに良いかもって思って。なんか苦戦してるみたいだね?」
「うん、筆圧によって使うSPが変わるの……それで、上手く均一にできなくてずっと失敗してる感じ。ガイドラインでもあればわかりやすいんだけど……」
「ほぇー、今は目安? みたいなものがないってこと?」
「……うん。見せられた絵を、一発描きさせられているみたいな感じね」
「じゃ、これ飲んだし大丈夫。みぃなら絶対できるよ! うちの勘がそういってる」
現実と同じ温かい手が肩に触れる。励ましてくれているから、頑張らなきゃ……そう思っていた。だから、本当にガイドラインが出てくるとは思ってなかった。レンズにうっすらと模様が浮かんでいて、それをトレースするように転写したら成功した。
あの子の勘ってよくわからないところで働くけど、ゲーム内でも同じだと思わなかったわ。『精霊の導き』って何? 初めて見たわよ、あんなバフ。鳥運がゼロの代わりに、謎の強運に変換されてない?
「ふん、ギリギリ合格ってとこだな。だが、これで満足してるようじゃダメだからな! まぁ、暇な時に腕くらい見てやるよ」
「……お師匠様! ありがとうございます!」
「つっても、新世界人はどっか行くもんだ。つまり、ここに留まらねぇやつは弟子じゃねぇ。だから、俺ぁ師匠じゃない。グラウスだ。覚えておけ。剣士の嬢ちゃんもだが、次におじいちゃんや、師匠なんぞ言ったら錬金窯で煮込んでやるからな! 仕事の邪魔だから、これ持ってさっさと失せろ!」
お師匠様が名乗った。マルクスさんは間延びした声で「本当は嬉しくて仕方ないんですよぉ」と、こっそり教えてくれた。
騎士団ギルドに戻り、マリーさんに私が作った眼鏡を渡すと、ピコンと音が鳴った。今日、二度目の表示。またひとつ、私も成長できた。ルーイの相方として、これからもサポートさせてね。
――《依頼クエスト:『マリーからのお使い 2』をクリアしました》




