18羽目:天邪鬼と書いてネコと読む
人里から離れるほど木は増えいき、森に入った。木々の隙間から朝の陽射しが差し込み、足元の草はしっかりと根を張っている。間伐が行き届いているのか、森は整然としていて、自然の中にも人の手が感じられた。
奥へ進むにつれ、昨日よりも少し手強いモンスターが姿を見せ始める。お馴染みのスライムも現れたが、今回は見慣れた青いブルースライムではなく、マスタード色のイエロースライムだった。ドロップ飴みたいにカラフルでちょっとかわいい。他の色のスライムも見てみたいなぁ。何色いるのかな?
スライム系はコアを抜けば倒せる。手袋が壊れると面倒なので、いつも通り素手でコアを抜こうと右手を突っ込んだ――その瞬間、激しい痛みが走った。
火傷なんて比じゃない。電流が走るような、痺れるような痛み。顔をしかめながらも、なんとかコアを掴み抜くと、イエロースライムはポリゴン状に崩れて消えた。
「――っ! いったぁ……って、体が動かない?」
「大丈夫?! 今までと違って、めっちゃHP削られてるわよ?! しかも痺れのデバフついてるじゃない……これ使って!」
みぃが駆け寄ってきて、インベントリから小瓶を取り出して割る。スーッとしたハッカのような感覚が広がり、痛みと痺れがすぐに引いていった。続けて、回復薬も割ってくれたので、HPも回復した。
「ありがとう。イエロースライムって、ブルーより強烈な酸性で溶かすのかな……火傷と電気ショックを同時に受けた感じだったよ。大学のとき、子供を庇ってハブクラゲに刺されたの思い出しちゃった。あー、びっくりしたー」
「それ、次刺されたらアナフィラキシー起こすやつじゃないの……。って、大学のとき? 聞いてないわよ、それ。いつ?」
「えーっと……入学前だったかなぁ? あれ、高校? いやー、びっくりしちゃったから記憶が曖昧なのかも、はははっ」
しまった。あのとき、心配かけたくなくて内緒にしてたんだった! すぐ病院にいって問題なかったし、長袖で隠してたからバレなかった。「夏なのに何で長袖なの?」ってずっと聞かれたけど……。
「……いやな記憶思い出したのなら、今日はもうログアウトして休む?」
確かに、さっきの痛みはリアルを思い出すほど鮮烈だった。
痛みだけで言えば、あの山での出来事が一番だった――そう思い出した瞬間、胸の奥にじわりと重さがのしかかる。鋭い痛みが、ちょっとだけ悲しい記憶を引っ張り出した。
「大丈夫、大丈夫! 問題なっしんぐ! 静電気みたいでびっくりしただけだよ! ほら、この通り!」
ニカッと笑って、力こぶを作る様に見せる。いけないいけない、心配をかけてしまう。みぃの悲しそうな顔はあまり見たくない。笑ってる方が好きなんだよね、照れくさくて言えないけど。
「ルーイがそう言うなら……でも、無理はしないでよ? はい、お手!」
「わふっ! って犬じゃないわい! ……ん? なにこれ?」
手を重ねると、何か硬い感触の物がした。確認すると、『異常状態回復』の小瓶がそこにある。
「毎回私が駆け寄って使うの手間だから、自分で持っておきなさい。あと回復薬もね、他にも何かいるものあるかしら……」
インベントリと睨めっこしながら、みぃからアイテムが次々転送されてきた。
転送できるんかい! まったく、素直じゃないネコみたいだ。そういうところも可愛いんだけどねぇ。ついでにステータスを確認すると、さっきのイエロースライムでレベルが13に上がっていた。何も考えず、ひたすらVIT(硬さ)に数字を振っていく。むふふ、一石三鳥計画(鳥を受け止め、羽毛に埋もれて、もふもふする)が順調に進んでおる。
「ねぇ、もらったアイテムって値段よくわからないけど、高いの?」
「んー? それ、私が作った物だから別に大したことないわよ」
さすが錬金術師! まぁ、みぃの場合、やばい液体を作ってそうだけど。でっかい釜をぐるぐるかき混ぜている彼女を思わず想像した。
「……なんか失礼なこと考えてるでしょ」
「いやいやいや! さすがって思っただけ! 嘘ついてない鳥に誓ってもいい!」
なぜ、バレた。
ちゃんと、さすがって思ってるよ? けれど、問い詰められたら困るので、こういう時は話題転換すべし!
「そういえばさ、特別経験値って言ってたけど、あれっていつまで貰えるの?」
「Lv40までよ。今のサーバーレベルの上限と同じね。次のアップデートで上限も引き上げられる予定だけど、後発組が先発組に追いつきやすいように、今はボーナスがついてるの」
「ほえー……なんて初心者に優しい世界……」
しかも、戦うだけじゃなくて、みぃのような生産をメインにしている職業も製作をしていると経験値が入るシステムになっているらしい。なのでサーバーのトップを走っている戦闘メイン勢はLv40の人ばかりだけど、生産勢も生産をたくさんしていれば追いつけるとのこと。みんなに優しい世界だった、ほろり。
特別経験値の恩恵もあってレベルが上がるたび、少しずつ行動範囲が広がっていく。気づけば、かつてよくお世話になっていたモンスターたちの姿も、次第に見かけなくなった。
先へと進むと丘が幾重にも重なり、ところどころに木々が群れをなす草原地帯についた。そんな開けたフィールドに出ると、今度は人型に近いモンスターが目立つようになってきた。
今、もっぱら戦っているのが、緑色の肌をした二足歩行のイノシシ【オーク】だ。こちらのSTRが足りなくて、オークを倒すのに時間がかかるようになってきたから、ターゲットを引きつけておいて、あとはレベルの高いみぃが仕留めるという連携スタイルにシフト中。レベル差があるから一人で倒すよりも経験値は減るらしいけど。
力不足でみぃに頼りっきりなのが、ちょっと申し訳ない気持ちになりつつも、何体目かのオークを倒したとき、頭上で十四回目のファンファーレが鳴り響いた。
「いつもは一人だと回復薬結構使うんだけど、ルーイがターゲット取ってくれるから私でも倒しやすいわ。あと、Lv14おめでとう」
え、褒められた!?
レベルの低い、うちでも役に立ってるってこと!?
「え? そう? うへ、うへへへへ」
「うわ、笑い方きもっ」
きもくないわい! むしろ、もっと褒めてくれていいのよ!?
そんなじゃれ合いをしていると、丘の向こうから白い点が規則正しく列をなしてこちらに向かってくるのが見えた。よく見ると、某保険の宣伝にでている白いアヒルみたいなモンスター……なんだけど、すんごいムッキムキである。頭上に表示されている、モンスター名からも筋肉感が溢れていた。
【マッスルダック】
その名に恥じぬ、まるでボディービルダーのような肉体。羽毛がムキムキしてる。うん、羽毛が。腹筋もシックスパックに割れているが、羽毛だ。
「鳥! でも羽毛がムキムキ?! それともムキムキだから羽毛もあれなの?! ちょっと触ってくる!」
「えぇ?! 倒すじゃなくて触るなの?!」
「鳥がいたら触るか埋もれるかの二択でしょ?!」
「そんな二択いやよ! 三択目の倒す選ぶわよ!」
まったくもう、みぃはバイオレンス脳なんだからぁ!
ちなみにマッスルダックの泣き声は「バルクワッ!バルクワッ!」




