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「閻羅様……!?」
ルンフェイは膝をついて、閻羅に近付いた。
何故か体にキノコが生えている。
何かの奇病だろうかと、ルンフェイはそのキノコにそっと触った。
「どうして、こんなことに……」
このキノコはそのままにしても良いのだろうか、それとも取った方が良いのだろうかと、ルンフェイは迷った。
無闇にちぎって閻羅の体を傷つけるような真似はしたくなかった。
しかし、キノコが生えまくった閻羅の姿を見ているのも、ルンフェイには辛かった。
早く取ってあげたい気持ちと、取ってもいいのかと躊躇う気持ちが、ルンフェイの中でせめぎ合った。
「……恐れながら、ルンフェイ様に別れを告げられた日から、このようなご様子に……その、閻羅様はですね、じつは少々打たれ弱い性格でして、それで……」
「そ、それだけでですか……? 何かの病とかではなく?」
「恐れながら、それだけでございます」
シヨウはきっぱりと言い切った。
ルンフェイの思いやりのない言動が、やはり閻羅を傷つけてしまったのだ。
そう思うと申し訳なくなり、ルンフェイは閻羅の手をそっと握った。
動揺に身を任せて言うような言葉ではなかったと、ルンフェイは反省した。
しかし、だとするとこのキノコは何なのだろうと、ルンフェイは訝しげにキノコを見つめた。
「閻羅! 起きなさい、いつまでナメクジのように湿っているつもりなの!」
ルンフェイを押し退けると、シェンメイは閻羅の胸元を掴み上げた。
そのまま片手で思い切り閻羅の頭を揺らし、無理矢理起こそうとした。
なかなかに酷い言われようだった。
確かに湿りきっているが、ナメクジと言うのは言い過ぎである。
「おやめください、なんとご無体な……!」
シヨウが真っ青になってシェンメイを止めている。
「邪魔よ!」
「ぐはっ……!?」
しかし、シェンメイは空いていた方の手でシヨウを殴り飛ばした。
想像以上に腕力があるらしい。
「閻羅! 閻魔大魔王の名を継ぐ男がこの体たらくとは……! 恥を知りなさい……!」
「う……だって……ルンフェイが……」
シェンメイの横暴に、閻羅は目を覚ましたようだった。
蚊の鳴くような声でルンフェイの名を呼んでいる。
「ルンフェイに……嫌われてしまったのです……」
シェンメイに胸ぐらを掴まれて、さめざめと泣く閻羅にルンフェイは戸惑った。
こんな風に泣く人だっただろうかと。
ルンフェイの知る閻羅は、人前で泣くような人では無い。
その証拠に、ルンフェイは閻羅の涙を一度も見たことが無かった。
初めて見る閻羅の涙に、ルンフェイは胸が締め付けられた。
「それが何だと言うのです! 振られたくらいでメソメソするのではありません! 男ならしゃんとなさい!!」
「うぅ、ルンフェイ……、ルンフェイに会いたい……」
「私では不満だと言うのですか……!?」
「……ルンフェイが、いい……」
シェンメイから目を逸らしながら、ぼそりと閻羅は呟いた。
その言葉にルンフェイの胸は打たれた。
あんなに酷い言葉を言って、一週間も避けてしまったのに、それでも閻羅はルンフェイを望んでくれるのか。
「ルンフェイは私にこんな乱暴はしない。いつも穏やかに笑ってくれる……優しい女の子なのだ……。なのに、私は……」
(閻羅様……)
閻羅の言葉に、ルンフェイは体が動いていた。
閻羅に近寄ろうと足を動かすと、その瞬間、なおも言い募ろうとする閻羅をシェンメイは平手打ちにした。
「……閻羅様!?」
ルンフェイは驚きに声を上げた。
そしてシェンメイの顔をまじまじと見た。
その瞳には侮蔑の色が現れており、眉間は怒りのせいで寄っていた。
物凄く怒っている。
当たり前だった。シェンメイからすれば目の前で浮気宣言をされたようなものなのだ。
心配の言葉より先に平手を見舞いたくなるのも仕方がないだろう。
「そこまで! 言うのなら!」
言葉を区切りながら、シェンメイは閻羅を平手で打つことを止めなかった。
あまりにも激しい平手に、ルンフェイは真っ青になった。
修羅場である。
「悩んでいないで会いに行きなさい! いつまでも、うじうじ、うじうじと……!」
「だって、……だって、別れる……って……」
「それが何ですか!! 『いいから私と付き合え』くらい言えないのですか!?」
「言えない……です」
「言え!!!!」
シェンメイの凄まじい剣幕と、閻羅の萎れっぷりに驚いて、ルンフェイはただ見ていることしか出来なかった。
一体なにがどういう事なのだろう。
シェンメイはルンフェイに閻羅と別れてほしいのでは無いのだろうか。
むしろ、それどころか閻羅を叱咤し激励しているように見えないこともないと、ルンフェイは困惑した。
「この意気地無し……! それでも男ですか……!」
「男の子です……」
「喧しい……! 男ならはっきり言ってこい……!!!!」
「うぅ……」
言えと言ったり、喧しいと言ったり。シェンメイの支離滅裂な言動にも、閻羅はどんどん落ち込んでいった。
「シェンメイ様……、そろそろ、そのあたりにしていただけませんか、閻羅様もお辛いようですし……」
「お黙り……! そもそも、お前たちも閻羅を甘やかしすぎなのです!! ご覧なさい、こんなに腑抜けて……まるで今にも崩れそうな豆腐のようではないですか……!!」
「シェンメイ様それには同意しかありませんが、そのあたりで……」
「そんなだから振られるのです!! 豆腐野郎に惚れる女などこの世におりません……!!」
シヨウの制止にシェンメイは更に厳しい一言を発した。
その言葉は閻羅の胸にぐさりと突き刺さった。
「シェンメイ様なんてことを……!!」
再び倒れた閻羅にシヨウは駆け寄った。
「ああ、閻羅様……! なんとおいたわしや……!」
「ご母堂、これはあんまりだ。王が倒れてしまった」
「お黙り、この軟弱者共」
閻羅を抱えながら激しく揺さぶるシヨウと、シェンメイを止めるセイジュの姿を、ルンフェイは唖然として見た。
「ごぼどうさま……?」
セイジュは今、シェンメイをご母堂と呼んだ。
「女ひとり落とせないで、何が閻魔大魔王ですか。振られたくらいでキノコまで生やして……情けないったらないですよ」
「うう、ですが……母上……」
「ですがも春日もあるものですか……! ほら、母が貴女の恋人を連れてきてあげましたよ」
「そんなこと……………えっ!?」
閻羅はシヨウの腕から起き上がった。
急いで部屋のなかを見回して、そこでようやくルンフェイの存在に気がついた。
「え、ルンフェイ……なぜ母上と……?」
ルンフェイと目が合うと、閻羅は困惑したように呟いた。
会えて嬉しいのと、なぜここにいるのだろうと言う疑問が混ざり合ったその顔に、ルンフェイもまた混乱していた。
ずっとルンフェイを挑発していたこのシェンメイは、閻羅の母親だったのだ。
「さあ、感謝なさい。喜びにむせび泣きなさい。……そして男らしくルンフェイを物になさい」
「も、物に……!? なにを仰るのですか、母上!?」
閻羅の肩をばしりと叩いて、シェンメイは閻羅をルンフェイの足元に突き飛ばした。
「ぐえっ……」
「え、閻羅様……!」
足元に滑ってきた閻羅を、ルンフェイは急いで抱き起こした。
いくら実母とは言え、扱いが雑過ぎはしないだろうか。
病み上がりの閻羅に対して、いくらなんでもこの扱いは酷すぎる。
「あ、あの、シェンメイ様は、閻羅様のお母様……だったのですか」
ルンフェイは閻羅を胸に抱きながら、おずおずと尋ねた。
「そうですよ、私が閻羅の母です。……ルンフェイ、なかなか閻羅が貴女に会わせてくれないものですから、会いに来てしまいました」
シェンメイはくすくすと笑った。
そしてすっと表情を消すと、冷たい眼差しをルンフェイに向けた。
「……貴女のような小娘は閻羅に相応しくありません。今すぐここから出てお行きなさい」
冷え冷えと告げられた一言に、ルンフェイは青冷めた。
知らなかったとは言え、実母であるシェンメイに無礼な態度を取ったのだ。
そう言われて当然だった。




