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告げられた言葉に息を呑んだ。
ルンフェイは閻羅に相応しくないと、シェンメイがそう言った。
そんなことは、恋人になってしまったときから分かりきっていたことだった。
冥界の王、冥府の支配者。閻魔大魔王、閻羅と、ただの下っ端役人であるルンフェイが釣り合う訳がないのだ。
その上、閻羅の実母の機嫌まで損ねてしまった。
これは、いよいよ本当に結婚なんて出来ないかもしれないとルンフェイは思った。
もしかしたらこの後、もう会うことを禁止にされるかもしれない。
しかし、今度こそ、今度こそと何度も何度も決意して、ようやくここまで来ることが出来たのだ。
閻羅に拒絶されるならまだしも、母親に拒絶されて諦めるなど、ルンフェイには今さら出来なかった。
抗議の声を上げようと、ルンフェイが真っ青な顔で口を開いたその瞬間、シェンメイから喜びの声が上がった。
「……て、一度言ってみたかったのよ~~~!!!!」
シェンメイはそう言うと、途端に笑顔になってころころ笑い始めた。
「………え?」
「ごめんなさいねルンフェイ~~! 私、息子が女の子を連れてきたら、これをずっとやりたいって思っていたのよ~~!」
「……そ、そうなのですか?」
「そうなのよ! でも、閻羅ったら恥ずかしがって、全然連れてこないんですもの! なのに結婚はもう決まってしまったし。このままじゃ、私一度もこの台詞が言えないままになってしまうわ! と、そう思ってここまで来たのよ!」
「それは……えっと」
ルンフェイは返答に困った。
温度差についていけない。
「もちろん反対なんてしていないから、安心して頂戴ね! このヘタレ息子にようやく出来た恋人ですもの!」
「ヘタレ……?」
「ええ、ヘタレすぎて申し訳ないくらいだわ。今もルンフェイの胸に抱かれて、ほら、どきどきしすぎて喋れなくなってるわ」
そう言われて胸の中を見ると、真っ赤な顔でルンフェイの胸に顔を埋める閻羅がいた。
「はわっ……」
胸にしっかりと抱いていたことを思い出し、ルンフェイは閻羅を床に突き飛ばして、急いで距離を取った。
「ぐはっ……」
床に落とされた閻羅は、カエルがつぶれたような声を上げた。
「あら、残念ね閻羅」
悪びれる様子もなくシェンメイはころころと笑った。
「今度はお家に来てくれると嬉しいわルンフェイ。夫も貴女には会うのを楽しみにしているのよ?」
「えっ、……は、はい。宜しければぜひ」
シェンメイの言葉にルンフェイは立ち上がると、ペコペコとお辞儀をした。
シェンメイの夫と言うことは、閻羅の父と言うことだ。
先代、閻魔大魔王がルンフェイに会いたがっていると言われて、ルンフェイは体を強ばらせた。
結婚しようとまで言われていたのだから当然なのだが。
先代もルンフェイのことを知ってくれているのだ。
「それじゃあ帰るわね、閻羅。……そろそろお仕事しなさいね。お父様がカンカンよ」
「えっ………」
シェンメイの言葉に閻羅は真っ青になった。
床に這いつくばって青冷めている閻羅の姿に、ルンフェイは驚いた。
いつもの姿とは対極的な頼りないその姿に、シェンメイの先ほどの言葉を思い出したのだ。
ーーー貴女は閻羅の本性を知っても、同じことが言えるのかしらねぇ?
寝台に伏していた姿ではなく、この頼りない姿のことを言っているのかもしれないと、ルンフェイはそろそろ閻羅に近付いた。
「シヨウ、セイジュ行くわよ」
「え、我々もですか……?」
「当たり前でしょう。……ほら、きびきび歩く!」
「いった……!!? ちょ、……蹴らないで頂けますか!?」
「セイジュ、ほらおいでなさい」
「うむ」
「なぜセイジュのことは蹴らないのですか!? ……て、やめて! 蹴らないでくださいってば!! 聞いてますか!?」
げしげしと足の関節に蹴りを入れられながら、シヨウは部屋の外へと追いやられた。
セイジュが扉の外へと出ていくと、シェンメイはにっこり笑って寝室の扉を占めた。
「それじゃあね、閻羅。……また会いましょうね、ルンフェイ」
そうしてシェンメイは、嵐のごとく現れて、疾風のように去って行った。
***
二人きりになった部屋の中で、閻羅は顔を上げられずにいた。
今朝目が覚めて、閻魔はシヨウからずっと説得を受けていた。
そうしているとシェンメイが見舞いにやって来てくれたのだ。
しばらく話をしていると、役人の一人が部屋にやって来て、シェンメイに何か耳打ちをした。
その言葉にシェンメイは途端に立ち上がり、急用が出来てしまったと、一度は帰っていったのだ。
それが、一時間も経たないうちに再びその姿を現した。
それもルンフェイを連れて。
シェンメイがルンフェイを連れて来たのには驚いたが、一週間ぶりのルンフェイの姿に閻羅はとても喜んだ。
それと同時に、この情けない姿を、実母に叱責されている現場を見られてしまい死にたくなった。
立ち直れずにふらふらしていると、シェンメイに背中を強打された。
その勢いで倒れてしまった閻羅を、ルンフェイは嫌な顔一つせず抱き起こしてくれた。
そんなルンフェイの優しさに閻羅はときめいた。
殴り付けてくれる母親とは違うと。
柔らかで芳しいルンフェイの胸に抱かれて、先ほどは夢のようだった。
(ルンフェイだ……ああ、ルンフェイ……一週間ぶりのルンフェイだ……)
久しぶりのルンフェイをもっと身近に感じたいと、思わずその胸に顔を埋めた。
(ルンフェイ、ルンフェイ……良い匂いがする……なんて柔らかい……)
初めて感じた女性の胸部に魅了されて、閻羅は人目があることも忘れてルンフェイに抱きついていた。
しかしシェンメイの一言によりルンフェイから突き飛ばされた。
冷たく硬い床に顔面を打ち付けてしまい、閻羅は一気に現実に引き戻された。
(あ……そうだ。……ルンフェイは私と別れたいと……)
そう言っていたことを思い出し、ずきりと胸の辺りが傷んだ。
嫌がるルンフェイに無理強いしたのは閻羅だ。
嫌われて当然で、振られるのは仕方のない結末だった。
ずくずくと胸を苛む痛みを感じながら、閻羅は何とか起き上がった。
(しかも……こんな姿まで見られて……)
ルンフェイに避けられた。
ただそれだけで女々しく寝込んで仕事を放り出す、情けない姿。
あまりの衝撃に体からキノコまで生やして、いつまでもうじうじと悩み続ける、頼りない姿。
挙げ句に実母に叱られて、叩かれてしばかれては地に伏せる。
ルンフェイ、ルンフェイと馬鹿の一つ覚えのように繰り返す、その女々しい姿まで見られてしまった。
死にたくなった。
泣きたい気分だった。
誰か、時を戻してほしい。
閻魔大魔王には時を戻す力とかは無いのだ。
誰でもいいから殺してくれと、閻羅は顔を覆った。
「いっそ殺してくれ……」
「閻羅様……!?」
か細く告げられた一言に、ルンフェイは驚愕した。
「えっ、あのっ。……死んじゃダメですよ……」
ルンフェイはそろそろと閻羅に近づいた。
「おとなり……いいですか?」
座っても良いかと尋ねると、閻羅は両手を離して顔を出した。
信じられない面持ちでルンフェイを見つめると、こくりと一つ頷いた。
「はい、では……」
ルンフェイはそっと腰を下ろした。
「あの、閻羅様……。この前のお話の続きをしてもいいですか?」
「………この前」
「はい。……あの、別れてくださいって、言ったお話の続きなのですが……」
ルンフェイは口づけされたことを思い出し、思わず赤面した。
赤くなってしまったことがばれないように、ルンフェイは閻羅の方を見なかった。
「私、閻羅様に恋人同士だと言われたとき、すごくびっくりしたんです……」
どこから話そうかと考えながら、ルンフェイは事の発端となった閻羅の言葉を思い出した。
初めて会ったその次の日に、お礼をしようと、望まれた通りにお弁当を持っていった。
「突然私たちが恋人同士だって仰るから、びっくりして断れなかったんです……それで、こんなにも日が経ってしまって……」
今思い返すと、本当に訳が分からない出来事である。
告白も何もされてないのに、突然恋人宣言された。
冥府の一役人であるルンフェイには分からないが、もしかしたら上流階級である閻羅には普通のことなのかもしれないと、今更ながらに思ったが、それでもおかしな出来事だった。
しかし、過ぎ去ってみれば自然と笑みが溢れてしまう。
もうルンフェイの気持ちは決まっていた。
突然はじまったこの関係を、ルンフェイはもう受け入れていた。
微笑みながら思い返すルンフェイとは対照的に、閻羅は死にそうな面持ちでいた。
(ルンフェイ……やっぱり私に幻滅してしまったのだな……だから、改まって別れ話を……)
無理やり唇を奪っただけでなく、あんな情けない姿まで見られてしまったのだ。
振られて当然だ。
「ルンフェイの気持ちは……よく、分かった……」
頼むからみなまで言わないでくれと、閻羅は思った。
もう一度別れてくれなんて言われたら、もう立ち直れない気がするのだ。
ルンフェイにとって閻羅がどうだったのか知らないが、閻羅にとってルンフェイは初恋だった。
初恋が終わる瞬間と言うのは、想像以上に苦しいことだったのだなと、閻羅は目頭を熱くした。
「だから、最後まで言わなくてもいい……」
ルンフェイは目を瞬いた。
うつ向いてしまった閻羅に困惑しながらも、ルンフェイは懇願した。
「いいえ、どうか最後まで言わせてください……。私ずっと言いたかったことがあるのです。どうか、どうか聞いてはいただけませんか……?」
ルンフェイは閻羅の肩をそっと掴んだ。
閻羅は胸どころか、胃まで痛み出していた。
正直言って聞きたくなかった。
もうこれ以上はやめてほしかった。
既に針のむしろのような気分だというのに、これ以上、一体どんな言葉の武器で閻羅の胸を刺そうと言うのだろうか。
しかし、それでもルンフェイに触れられるのが嬉しいと、閻羅はどうしても思ってしまう。
そのことに抗えず、閻羅はルンフェイの顔を見上げた。




