その舞台に立つために
「ふむ、見違えたな」
俺達は会場に入り、静かな期待に高まる、競りの客たちの熱気を感じて。
「その、何と、言えばいいのか」
会場は劇場型。舞台を半円を描くように、個別のテーブルで分かれた客席が囲う。その中の比較的見やすい場所に、彼らはいた。
「その格好はお前たちの民族衣装か?」
「……その、ようなもの、です」
先ほどから立ち尽くす格好で歯切れ悪く返事するのは、あのユーニオング。
見違えた、のはまあ当然だ。全裸から服を着たのだから。黒いインナーの上に濃いめの赤と黒の法被のようなものを羽織り、ひざ下まで伸びるゆったりめの白ズボンを履いて。靴ではなく藁のような植物で編んだサンダルと、どこか和風のようないで立ちだ。
「鬼娘たちは今はドレスだが、普段着としてはそういうのがいいか? 必要なら悪魔に追加で注文しておくが」
「……本当に、何から、何まで」
その鬼、ユーニオングはその言葉と共に膝をつき……。
「感謝しますっ」
震える声で、そう告げた。
「それには早い。まだ何も、終わったわけではない」
自分たちのお頭がそうするのを見て、鬼娘たちもそれに倣うように膝をついてくる。競りの会場の一角でそんなことしているモノだから、周りから何だなんだという視線を感じるぞ。
「体の方は大丈夫か」
「……だいぶ、力を取り戻せました」
ユーニオングは、そう言って何故か眼帯のある右目に触れる。ふむ?
「感謝します、奥方様」
「えっ!? い、いえいえっ! わ、わたっ! 私御当主様とはまだ、そのっ!」
ユーニオングが向けた言葉で、今度はミルキ・ヘーラがわたわたと慌てて。うん、可愛い。いやそうじゃない。
ユーニオングのこの態度。さっきまで俺に対して向けていた警戒や威圧が綺麗に消えている。どうやら少しは信頼してもらえたようだ。
「動けるのなら、いざという時は戦えるな」
俺の、というより、多分ミルキ・ヘーラのアレのおかげだろうな。
「はい、少しは……っ! これから何か、起こると!?」
「さてな。悪魔どもが何をしてくるか」
「ふふっ、ヒュレーミン様の言葉で少々誤解を招いておりますが、私どもは、カイ様と敵対するつもりはございませんよ」
案内役として傍にいたエドーラは、いけしゃあしゃあとそう口にする。まあ確かに状況だけでは森での衝突も、ここでの競りまでの流れも全て敵対しているとは言えまい。
「そういう事にしておこう」
だが俺は、少なくとも二人からお前たちの正体を聞かされているんだぞ。
一人はラセスチャー。もう一人はそう、俺と同じ吸血鬼のカプチーナから。
「間もなく競りが開始されます。席にお着きください。ご説明させていただきます」
「……ああ」
エドーラの不敵な笑みが、そう言って俺を思考の渦から引っ張り出す。
まあ、あれこれ考察を重ねてもこれ以上追求できまい。横目でちらりと、体調は良くなってもいまだ不安を顔に貼り付けた鬼たちを見て。
今はこれから始まる競りとやらに集中しよう。
「まず競りでは、開始価格と必要貨が提示されます。そこから必要貨に応じた上の値で買取を『宣言』していただきます。それを私が進行役にお伝えしますので、それが通れば、品ははれてカイ様のモノです」
「ふむ、大まかな流れは分かったが……必要貨?」
「競りを行う際、値を上げる単位の指定でございます。金貨が指定されれば、その単位で値を上げていただきます。開始価格が金貨五枚なら、金貨六枚、七枚というように」
ふむ、必要貨によって値のあげ方が変わるのか。白金貨指定なら細かく金貨で値上げすることはできないと。
「値の宣言は私ども案内役の悪魔が一斉に開示しますが、その中で一番高い値が、二番目に高い方より必要貨三枚以上上回っていた場合は即決となります」
おっと?
「そこから上の値を宣言してもダメなのか」
「はい。値の宣言は一度きりです。ですからどうしても欲しい品は、開始価格の二倍ほどを目安に即決を狙うとよろしいかと」
それは怖いな。下手をすれば一発勝負になると……。
「一番と二番で、値の宣言が競っていた場合は?」
「必要貨の差が二枚以内の場合は、上位三者による『共競り』になります。一番下の値を宣言した方から順番に再度の宣言を行い、最終的に他の二者が宣言をできなくなるまで繰り返します」
それなら俺のよく知るオークション形式か。つまり品を手に入れるには、少なくとも即決を取るか、取られるのを回避して共競りに持ち込まないといけないわけだ。
「説明は以上となります。何かご質問は?」
「特にない」
「では、カイ様の宣言名をお決めください。即決価格を提示した際や、共競りになった際に司会がその名を使います」
ふむ、名を重要視する悪魔らしい配慮だな。
「荒野の吸血鬼、で頼む」
「承知しました」
エドーラはすぐに近くにいた別の悪魔に何か指示する。他の所でも案内役の悪魔が同じようにそれぞれのグループ内で説明をしているのだろう。それを受ける客たちも、どこか楽し気だ。
現実世界のオークションと比べて、こちらは周りの雰囲気も含めどこかギャンブルのよう。こういうエンターテイメントは……嫌いじゃないぞ。
「ミルキ・ヘーラは、競りに参加したことはあるか?」
「いえ、初めてです。不謹慎かもしれませんが……ちょっとドキドキしますね」
ああ、俺も同じ気持ちだ。
「ヒューレは?」
「私もないわ。というより、悪魔がこんなことをやっていたなんて」
彼女は注意深く観察するようにあたりを見渡す。ちなみに俺の左にミルキ・ヘーラ、右にヒューレが座っている。ああ、ヒューレの場合は立てかけてあるが正しいか。
「……知っている人間もいるわね。こんな所で非合法な悪魔の競りに参加してたなんて」
その目は鋭く、人間側の裏切り者を見つけていた。裏切り者……そういえば。
「ヒューレ、ジャンジャーという男を知っているか? 奴もどうやら第四悪魔商会と繋がりを持っているようだが」
「ッ! ……ええ、でしょうね。よく知ってるわ」
どうやら奴は、ヒューレがあの森でやられた出来事にも関わっているらしい。彼女は笑顔のまま、言葉の奥に怒気を混ぜて。
「この会場にいたら、黒焦げにしてやるんだけれど」
その青白い目が、一瞬煙を漂わせるように光った気がした。
「……そういえば、マスターは私の話を聞きたいのだったわね。私にできるのならいくらでも話すわ。けど」
「ん?」
そう言って一瞬躊躇するように視線がそれて……。
『お待たせしました! 本日ご来場の皆様、只今より、第四悪魔商会の競りを開始させていただきます!』
それをさらに、会場に響く声が遮っていく。
『本日お出しする品は十三点! どれも素晴らしく価値のある品になっております。皆様のお眼鏡にかなう品を、どうぞその手にできるよう……』
「続きはまた、落ち着いてからね」
司会者の言葉が続く中、ヒューレはどこかほっとしたかのようにため息をつく。それはまるで、話をしたくないのだと言っているかのように。
まだ、ヒューレの本心がどこにあるのかは分からない。今も人間に味方しているような節があるから、吸血鬼の俺に話したくないのか、それとも辛い記憶を掘りおこすのが嫌なのか。
俺のことをマスターと呼んでくれてはいるが、俺自身はまだ、彼女の事を知らない。
その青白い瞳が、何を映しているのかも……。
『では最初の品はこちらです! 非常に珍しい、ドラゴンの体内で育った香木で』
そうして開始された競りは、客の活気と熱気の中で進められていく。
「……悪魔らしくあの品は実は偽物、なんて事は無いのか」
「お、お言葉ですがカイ様。私どもそのような真似は致しません」
競りの最中ずっとそばについているエドーラも、俺の挑発じみた台詞に困ったような返事を寄越す。彼女からしてみればそんなことをするはずないだろうという感じに。
「御当主様、やはり私たちのお財布にダメージを与えることが狙いなのでは?」
ミルキ・ヘーラはエドーラを警戒してか、こそっと耳元で囁く。うーむ、お財布にダメージ程度なら怖くないんだが。
「その場合、後ろの悪魔も奴らとグルという事になるが」
「おや? 呼びました?」
俺達の後ろに陣取る、第七悪魔商会の長と付き従う少女がこちらを向いて。
「お手持ちが必要でしたらいくらでもお貸ししますよ。利子は三割ほどで」
ガッツリとるなおい。本当にお前らグルじゃないだろうな?
「いえいえ、冗談でも第四と手を組むなんて口にしたくありませんよ。品揃えも大したことありませんし、中にはいいものもありますが」
『ではこの火精秘晶の髪飾りは……おおっと! 一番手『第七悪魔商会』様より金貨七枚、二番手の金貨四枚を引き離し即決でございます!』
言っている間に、何やら不思議な名前の髪飾りをこいつは落札したらしい。ラセスチャーは何処か得意げだ。
「大した品はないんじゃなかったのか?」
「いえ、あれはいい品ですよ。美しくて何より」
『おめでとうございます! 確かな品を求めて第七悪魔商会様もご参加くださっています! 魔法の触媒としても非常に効率のいいこの品を……』
「セサミに、似合うでしょう?」
そう言って、司会の言葉などまるで無視して悪魔はほほ笑む。
「成程」
その隣で、顔をかああっと赤くして縮こまる少女。恥ずかしいのだろうが、紫色の宝石の瞳は、しっかりと隣の悪魔を映して輝いている。
ふむ……なかなか見せつけてくれるな。
「試しに一つ競り落としてみるか」
ちょっと俺も参加してみよう。見ているだけじゃつまら……じゃない、いざユーニオングの恋人を競る時にはしくじれないからな。
「ミルキ・ヘーラ、何か欲しいモノが出たら言ってくれ」
「えっ、い、いえ御当主様。私はそんな」
「遠慮しなくていい。ヒューレもどうだ?」
「ま、マスター。そんな、私には勿体ないわ。マスターの欲しいモノを探し」
『さあ続きましては百年に一度の一品! 最高級のギガ・クルロタールの胆石でございます!』
ぴくっ、と、ヒューレはその青白い瞳に光を灯して。
『非常に珍しい品ですが、これはその上かなり柔らかく均質でまとまったもので、これほどの品は歴史上でも例がなく』
「あ……そ、そう、ね! マスターの欲しいモノを探して」
「あれが、欲しいのか?」
分かりやすく動揺していたのでそう振ると、ヒューレはあ、とかその、とか恥ずかしそうに口ごもる。
『魔法の素材としては言わずもがな、その柔らかくきめ細かな感触を、存分に味わうのもよろしいかと』
「あ……うん、その……これほどの品は、正直一生かけてもお目にかかれないかもって思って」
「そうか。研究用に使うのか? 一つ買おう」
「う、うううっ! はしたない杖でごめんなさいマスター!」
そうして浮かせた手袋で顔を覆ってしまうヒューレ。う、うん? よく分からない言い方だが恥ずかしいのは伝わるな。
『ですが大きさは残念ながら私の手のひらに乗る程度。反面うっすらと灰を帯びたこの白は、熟成され凝縮された証! 是非お手元にと思われたのなら、さあ、開始価格は金貨五枚、必要貨はそのまま金貨! どうぞ!』
ふむ、お値段も手ごろだ。胆石というと現実世界ではクジラのが有名だな。腸の中で出来る結晶で、香料としては最高級品。大きく高いモノだとそれこそ家が買えるほどだ。
魔法云々はさっぱりだが、これなら高値を付けても問題あるまい。
「エドーラ、宣言をしたい」
「はい、おいくらで宣言されますか?」
「金貨五十枚」
「ぶっ!?」
「ご、御当主様っ!?」
ヒューレとミルキ・ヘーラは……な、何だ? 左右で揃って慌てふためいて。
「ま、ままマスター!? 嘘でしょ!? 開始価格は金貨五枚よ!」
「わ、分かってるが?」
「ご、御当主様! 二倍っていうのは、同じものを二個という意味です! ですから金貨五枚を二つで金貨十枚の間違いでは!?」
「い、いやかけ算くらいできる」
それ以前に足し算か? おいおい、どんな目で俺を見ているんだ。
「金貨五十枚は金貨五枚の十倍、勿論分かっているさ」
俺がエドーラに値段の変更はないと伝えると、二人ともさっと顔を青ざめて。
『ではギガ・クルロタールの胆石は……お、おおおっとぉっ!? 金貨五十枚っ! 白金貨換算五枚の大台です! 一番手『荒野の吸血鬼』様の即決です!』
会場が司会者の興奮と客のどよめきに包まれる。まあ即決の目安は二、三倍だから当然か。
『二番手の金貨十五枚を大きく引き離しております! これほどまでの即決はお見事です! 荒野の吸血鬼様は、本日我ら第四悪魔商会からの招待客でございます! この品を堂々と誇れる値をつけていただきました! どうぞ、百年に一度の品をお納めくださいっ!』
「あっ、ああ……あ」
会場から上がる拍手に、ふるふると震えるヒューレの声が重なる。手に入ったのが嬉しい……という感じじゃないなこれ。これはどう見てもやらかして青ざめてる感じで。
「ええと、欲しかった、んだよな?」
「だ、だって……わ、私自分の買い物でマスターに、は、白金貨五枚も使わせて」
白金貨二百枚で買われたお前が言うのも何か不思議な感じだな。
「そんなこと、気にしなくていいさ」
「ご、御当主様……さ、流石にその、き、気にされた方が」
ミルキ・ヘーラまでそんなことを言ってくる。そんなにアレだったか?
「即決の目安が二倍の中、今回は三倍の値を宣言したものがいた。だがそいつは金貨三十五枚ケチったことで、あと百年は後悔することになる。俺はその百年を、金貨五十枚で買っただけだ」
こういうオークションでは買い手がつける平均的な値より、どうしてもその品を欲する者が高値を出すのだ。だからオークションが成り立つのだしな。
それにヒューレも言っていた。一生に一度お目にかかれるかどうかと。それなら相場や目安など、何の基準にもならないさ。
「ヒューレ、お前に百年の苦しみを味わわせたくなんかない。だから、笑ってくれ」
「ッ!? ま、マスター! わ、私大事に使うわ! ありがとう!」
ヒューレはようやく、その顔に笑みを見せてくれた。ちょっと興奮気味に、オーバーすぎるくらいのリアクションだが。
「ああ、マスタぁ」
うっとりとその瞳に青い炎を灯らせて……って、今度は明確に何か、目から光る霧のようなものが出て?
「ご、御当主様」
「ん? ミルキ・ヘーラも何か欲しいモノが出たら遠慮なく」
「ダ、メ、で、す!」
え?
「思い出しました! 御当主様は吸血鬼のボンボンちゃんなんでした!」
「随分可愛らしく言うな」
「ですから最後のユーニオングさんの恋人以外、財布は私が握ります!」
あれええ!? そこそこ理にかなった値の宣言だったと思うんだけれど!?
「御当主様、お金は大切に使わなきゃいけないものなんですよ。今度、お教えしますね」
「いや、流石にそれは当主のプライドが」
「一から教えますからね!」
「……分かった、降参だ」
うん、これは絶対てこでも動かないやつだ。
俺が情けなく両手をあげているのを、鬼たちが目を見開いて眺めている。ああいや、その……よりによってこんな姿を見られるとは。
まあ、第一の目的は達した。ひとまずは良しとしよう。
そうしてあとは何もせぬまま、競りは大詰めに……。
『ではいよいよ、本日最後の品のご紹介です。こちらは私どもの品ではなく『魔王軍』様からの出品でございます』
ガラガラと音を立て、大仰な鉄製のそれが、舞台へと現れる。
絞首台、とでも例えればいいのか。台座の上に長方形の枠組み、そこから伸びる鎖で、四肢を繋がれた……。
「ここまで大人しいと思えば」
「あの意匠は魔王軍様の発案ですよ? 我々はご注文通りの品をお造りしたまでで」
醜悪なソレの登場に、悪魔は笑顔で付け加えた。本当に、悪趣味だ。
そう、やはり裸に剥かれた鬼の少女が、見せつけられるようにして衆目にさらされていたのだから。
「っ!? コニオラっ!」
「コニオラ様っ、ひ、酷いっ!」
ユーニオングや鬼娘たちは目の前の光景に思わず声をあげていた。動揺しないわけがない、こんなものを見せつけられては。
「くっ!」
「!? お、おい待っ」
『それでは、ここからは魔王軍大幹部、カーウ様よりご説明いただきます』
この惨状を、そう、当然ユーニオングが黙って見ているワケはなかったのだ。
俺が制止する間もなく飛び出そうとした彼は……しかし、そうはならなかった。
「っ……こ、れは」
現れた覇気に俺まで一瞬気圧される。
まるで、見えない刃を突きつけられたかのように。
「……大幹部」
「ええ。あれが魔王の側近とも言われる幹部の中の幹部、大幹部のカーウ様ですよ」
その男は、不思議な覇気を纏っていた。
白のシャツに、俺と同じような宝石をあしらうスカーフタイ。下は真っ赤なスーツズボンと一見簡素だ。
だがその頭は、ねじれた角が何本も後ろ向きに伸びている。俺の知らないモンスターか悪魔の亜種か、奇妙な風体だ。
その鋭い顔つきは、獲物を狙うやせ狼のよう。けれどそれよりなにより、この奴の視線とは関係のない、常に刃を突きつけられているかのような感触は……。
『皆さま、ご紹介しましょう』
その男カーウは、この刃を突きつける鋭い空気の中、平然と柔らかな声で会場に告げた。
『本日我ら魔王軍が提供するのは、我らの主兵、ギガントオークを超える新たな戦力』
「何?」
ギガントオークを超える? 鬼である彼女を指しての発言にしてはそれは奇妙で……。
『この世界に新たに生まれた最強のオーク、タイラントオークです!』
ドシン、ドシンと足音を立てて現れるのは確かにオーク。だが、あの風体……っ!?
「まさかっ!」
「あ、あい、つっ!?」
俺に追従するように、声をあげたのはヒューレだ。そう、恐らく彼女は知っている。あの赤褐色の体を。あの森で、ワーウルフのバンダー達を苦しめていたというオークを。
あの森で暴れていた、怪物を。
『我ら魔王軍の研究により新たに生まれた最強のオークです。力はギガントオークの数倍、脚力や運動能力はさらにその倍。その実力は、かの天の魔女をも打ち取るほどです』
その言葉で、明らかにヒューレの表情がこわばる。やはりお前はあの森で奴と戦い……。
「マスター……あれは、危険よ」
「ああ」
二メートルを軽々と超える巨体。にも関わらずあの軽い足取り。音からして軽いはずはないのだが、引き締められた筋肉故か、機動力も高そうだ。
「こんな所で再会するなんて……しかもよりによって、カーウなんて超大物まで出張って!」
ヒューレは苦々しそうに、うめくように言葉にする。額に浮かぶ脂汗と震えが恐怖を物語っていた。二人のうちどちらに対してにせよ、天の魔女をして怯えさせているのは確かだ。
だが……。
「エドーラ」
「はい」
「お前ら、何をさせる気だ」
俺はこの空気の中、ただただ不敵にほほ笑むだけの悪魔に問いかけて。
「どうぞあなたの、御心のままに」
そうか……。
そういう事か、悪魔めっ!
『我らの基準では幹部級、もしくは幹部候補といったところですが、彼らの真価は、彼らが『オークである』という点です』
「ご、御当主様、どう、されたのですか?」
「いや……ミルキ・ヘーラ、自分の身は自分で守れるな」
「っ! は、はいっ!」
『そう、その繁殖力はあっという間に彼らの軍勢を作り上げます。今回は特別に、その力の一端をお分けしたいと思います』
舞台では、カーウとやらが高らかに宣言している。その発言に会場の客たちも意図を理解したのだ。会場に熱気が満ちる。
『ここにいるのは、我ら魔王軍に敵対し歯向かい続けた鬼の、その一族を代表する娘です。鬼だけあって丈夫で、母体としては申し分ありません』
「っ!? ご、御当主様、ま、まさかっ!」
「ああ、最低の趣向だ」
『鬼の一族の最後を皆様にご覧いただき、そのまま、我らの貴重な戦力をお手元に』
「くっ! あいつっ……なんて、事を!」
ミルキ・ヘーラもヒューレも気づいた。
奴らがやろうとしている事、そして、あの鬼娘に迫っている危機を。
『これから皆様の目の前で、この鬼に、我ら最強のオークの証を刻みましょう』
「……っ!?」
「そんなっ! コニオラ様っ!」
その言葉で、鬼娘たちは青ざめ震えあがり……会場は、興奮の渦にのまれる。
奴らはここで……よりによってこの客たちの前で、彼女を汚そうとしているのだ。
『最強のオークの子を孕んだ鬼娘。開始価格は……白金貨百枚にしましょうか』
「くぅっ!」
「だ、だめお頭っ! 出たら殺されちゃうっ!」
ユーニオングは、今や恐怖を上回る怒気で、突きつけられた見えない刃を跳ねのけつつある。
だが……鬼娘たちも薄々感じている。今奴に戦いを挑めば、弱ったお頭がどうなるかを。必死に、涙ぐみながら飛び出しそうな鬼を押さえつけて。
俺達と奴の間に跨るのは、例えるなら刃で出来た壁だ。ユーニオングもそれは理解している。理解したうえで、この男はその刃を全てへし折り飛び込もうというのだ。
愛する女を守るため、それだけのため。
そのボロボロの体で。勝ち目のない戦力差で。
「離せお前たちっ!」
「だ、ダメっ! ダメだったらお頭ぁっ!」
六人がかりでもまるで止められず、ユーニオングは死地へと飛び込もうとした。全快状態ならいざ知らず、今の状態では流石にあの男にはかなうまい。
なら……。
「八つ数えたら飛び込んで来い。俺と、客の間を隔てるように立て」
「っ!?」
それでも止める気なんて、さらさらないんだがな。
愛する女が目の前でオークの慰み者になる。そんな状況を黙っていられる男はいまい。
例えそれで自分が死のうが、そうなると分かっていようが、それでも戦う道を選ぶさ。俺ならそうする。だからそう……。
ちょっと力を、貸してやる。
「ちょ、マスター!? 無茶よっ! 今は見逃すしかっ」
「悪いができない相談だ。ヒューレ、お前は皆を全力で守れ」
「マスっ」
俺のやろうとしていることを知って悲鳴をあげるも、ヒューレは俺に言葉を返せなかった。
何故って?
俺はもう既に、そこにいないからな。
『では、魔王軍に逆らった者の末路をご覧にっ!?』
『えっ!? きゅ、吸血鬼様!?』
ストンと、客席から舞台まで、その距離を一飛びで。
見えない刃の壁? ああ、あれは例えだ。そんなものが実際にあったとして……。
俺なら全部、突き刺さろうが死なないからな。
「お前たちの行いは、本当に目に余る」
『……これはこれは』
舞台に着地し、そうして俺は大幹部の前に立つ。
客たちのどよめき、悪魔達の慌てよう、その興奮と混乱をさらに加速させるように……。
「らあっ!」
ドズンと、派手な音を立ててユーニオングもこの舞台へと降り立った。最強の鬼の登場に、彼を知る客たちは、動揺と同時にその身に恐怖を覚えて。
『な、なななあっ!? きゅ、吸血鬼様っ! 競りの最中の乱入は御遠慮くださっ』
司会者が必死になって叫ぶのを、俺は手をあげて制す。
俺が対峙する大幹部、カーウは全て見透かしたように、動じずただじっと俺を見つめて……。
『お会いしたかったですよ、荒野の吸血鬼殿』
「俺はお前らとは会いたくもないんだがな」
そうして吐き捨てるように、俺は視線を切り替え客の方を向く。
何が起こったか誰もが理解できないという顔の中、ただ一人、俺の傍にいた悪魔のエドーラは、愉快そうに微笑む。
ここまで見越しての計画なら、大したものだ。
「競りの最中、まずはここに立つ非礼を詫びよう」
そうして俺は、誰に憚るでもなくこう宣言する。
「この競りに……待ったをかけさせてもらう!」
会場中に響く声で、そう……堂々と横紙破りをするとな!
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中
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