息を整え、宣戦布告
「スウェル・ダイモーン……」
第四悪魔商会、その商会長を名乗る男の名。
「名を、お聞きしてもよろしいかな? 吸血鬼殿」
商会長を名乗るにはまだ若い。血気盛んな十代らしい生意気な語調で、俺に語りかける。
「そこのエドーラもそうだが、うちに来た使者……ミーソから聞かなかったのか?」
「俺に名乗ったのなら全ての商会員が共有するが、そうでないならそれはミーソだけが受け取れた名だ。他の商会員が聞き出すことはないし、ミーソも語らない。『キーア』というのは、人間に化けるための名なのだろう?」
ふむ、悪魔らしくそういう所はきっちりとしている。
「……カイだ」
「ふふ、今後ともお見知りおきを、カイ殿」
自信あふれる口調は聞き方によっては小馬鹿にしているようにも見えるが、その雰囲気や佇まいがそれを否定する。
強者独特の余裕が、この若い悪魔からは溢れていた。
「それで今しがた、そこのお嬢さんから誤解を招くような発言を聞いたが?」
「っ!」
スウェルはその金の瞳で、少女をとらえる。
「私は知ってるのよ! あなたたちがやろうとしていることっ!」
「例えば?」
「えっ」
「貶めるだなんて人聞きの悪い。現に彼をここに招いて我ら自慢の品をお譲りした。まあ、君の事だが」
スウェルは何でもないことのようにヒュレーミンの言葉を受け流す。どこか挑発的に、理路整然とした口調で堂々と。
「そ、それはっ! わ、私は聞いたのよ! そこの青肌の女から直接!」
「ん? エドーラから?」
「いえ、スウェル様。そのようなことはございません」
「……だ、そうだが?」
そう言って悪魔は不敵に笑う。その光景を前に、ヒュレーミンはくっ、と声を漏らして押し黙ってしまう。
証拠がない、か。成程、堂々ととぼけるつもりらしい。
「記憶の混濁が起こっているのかもしれない。まさか意識を取り戻すとは思わなかったが、折角再び開いた目だ。ちゃんと真実を見極めるといい」
「ま、マスター! 本当よ! 本当に、奴らはあなたの事をっ」
「ああ。分かっている」
こんな茶番劇に引っかかるほど俺だってバカじゃない。
「……ふむ、どうやら要らぬ誤解を招いてしまったようだ。俺の方からもエドーラに後で確認を取ると約束する。そのような誤解を招く発言がなかったか、な」
「あっ」
そう言ってスウェルは跪くエドーラに近づき、その顎を片手で持ち上げる。不敵な笑みのまま見つめるスウェルの視線に……。
エドーラは怯えるでもなく、その青い頬をほんのりと赤く染めて。
「あまり期待はできんな」
悪魔らしく、誠意のかけらもない態度にむしろ安心する。
奴は俺のよく知る悪魔のようだ。
「それで、商会長自ら誤解を解きに来たのか」
「ああいや失礼。大口のお客様には一度俺が直接出向くんだ。天の魔女ヒュレーミンに最強の鬼ユーニオング、どちらも今日の目玉といっていい。残りはあと一つ」
言葉を切って、スウェルは何故か鬼たちの方を向く。
「そちらは出品展の競りに出る。出品者は『魔王軍』だ」
「……何?」
「元々彼らも魔王軍から買い取ったんだが、全員という訳にはいかなくてね」
「ッ!? ま、まさかっ!」
声をあげたのはユーニオング。そうか……そういう事か悪魔め。
「確か君の幼馴染で恋人、だったね。綺麗なコだ……きっと高く売れる」
「貴様ああああっ!」
その言葉に激昂し、裸のまま、鬼は吠えた。
誰かの制止がかかる前に、そうして駆け出し……。
「ぐっ!?」
「お頭っ!?」
「おっと、大丈夫か?」
だが、エドーラ達悪魔がスウェルの盾になる中、衝突前にユーニオングは崩れ落ちる。
「何日もあの鎖で拘束されていたんだ。急に動けばそうなる」
「がっ!? ぐっ!」
「お、お頭っ! だめっ! 動いちゃっ!」
鬼娘たちが駆け寄る中、膝をついた鬼は怒りに燃える片目を、目の前の悪魔に注ぐ。
「貴様、わざと離れ離れになるように買わせたな」
「これもまた人聞きの悪い。カイ殿が彼らを買うなど分からない中でそんな手を仕込んだと?」
スウェルはため息一つで俺の追及をかわしていく。暗に俺達と敵対しているような発言をにおわせ、それでも笑みを浮かべ。
「それに、彼女を手にしたいのなら競りで買い落とせばいい。むしろ歓迎するとも」
「商売上手だな。魔王軍と手を組んだからか、強気な真似を」
「魔王軍と? 彼らと取引はしていても、手を組んだというのはいささか大げさだ。実際俺達はカイ殿とも取引している。魔王軍と敵対しているカイ殿とも、な」
いけしゃあしゃあと言葉を並べおって。これ以上の追及は無意味か。
「席は人数分用意する。彼女は最後の最後、今日の競りの目玉になる予定だ。お忘れなきよう」
「……」
「では」
そうして悪魔は、来た時と同じように黒い霧を纏って消えてしまった。
「う……ぐぅ……」
「っ!?」
「お、お頭っ!?」
奴が消えると同時に、張りつめていた糸が切れるように、その場で倒れ伏すユーニオング。
何日あそこに磔だったのか……肉体は限界か。
「一旦うちに帰してリダリーンに見てもら」
「ま……だ、だっ!」
「お、お頭!?」
「お、おい!」
ユーニオングは、震える体のまま誰の手も借りずに立ち上がる。
「た、のむっ! あ、あいつは、俺の、大事な……」
「あいつらが競りに出すと言っていた女、か」
話を聞くに恋人らしいが……成程、流石に俺もその立場なら引き下がれないな。
「だがお前の体は限界だ。せめてここで治療してもら」
「怪我があるわけじゃないっ! 力が入らないだけ……だ、から、頼むっ! 俺を連れて、競りに!」
ユーニオングは一歩も引き下がらずにそう吠える。ここでの治療も拒否し……いや、今悪魔に身を委ねるなんて真似はできないか。何をされるか分かったものではない。
「彼女をっ! とり、もどしたいっ!」
「……競りは金で行うんだ。お前がいてもできることは」
「た、のむっ! お、俺の何を差し出してもいいっ! だ、だからっ!」
必死に訴えるその顔は、もはやなりふりを構わない。できることがあるかどうかも既に問題ではないのだろう。いざとなればこの男は力ずくで女を取り戻すつもりかもしれん。
その瞳に燃えていた怒りも、俺を前に怯まなかった力も、徐々に小さく……。
「わ、わた……私達からもお願いします!」
「お願いしますっ! ど、どうかお頭の願いを聞き届けてください!」
「! お、お前たち」
その尽きかけた火を、けれど、どうやら周りも絶やすつもりは無いらしい。
「わ、私達の血をお捧げします!」
「ばっ!? お前たち何を!?」
「ですからどうか!」
鬼娘たちは、吸血鬼との取引に相応しい品を差し出すと告げて。その瞳に、それぞれがこの男と、同じような熱を灯して。
……ああ、さっき聞いた命乞いよりこっちの方がよほど心が動く。
「安心しろ、引き下がるつもりはない」
ここまで来て見捨てるワケがないだろう。だが、それとは裏腹にユーニオングの体は……。
興奮で呼吸が乱れ、その呼吸自体も浅い。気を抜けば一瞬で落ちると気を張り、体を休めることすらできないのだ。
「あの……エドーラさん」
「え?」
どうしたものか、と思っていたところで、その声は響く。
「このくらいの、液体を入れられる瓶のようなものはありますか?」
「? ええ、ございますよ。少々お待ちを」
「ミルキ・ヘーラ?」
青紫の髪を揺らし。
背の高い美女は、どこか気持ちを落ち着けるように、息を吐く。
「……御当主様、酷い女と罵ってくれても構いません」
「な、何?」
「あとでたっぷり、叱ってください」
俺が目を丸くする中、何故か彼女は俺に頭を下げて。
「お持ちしました。大したものではないのでお代はお気になさらず」
「ありがとうございます」
ミルキ・ヘーラは素早くそれを受け取って、けれど一瞬躊躇して……。
「あの……」
「あー……何をするつもりかは、分からんが」
俺は急な流れに全くついていけず、それでもミルキ・ヘーラが何かやろうとしているのは伝わって。
「ミルキ・ヘーラが正しいと思ったのなら、そうすればいい」
「っ、ありがとう、ございます!」
そうして彼女は決意の表情を浮かべて服をずらし……。
「……ん!?」
「わっ!?」
「まあ」
あろうことかその豊かな胸を、外気にさらし……。
「ちょっ!? なっ!? 何してるミルキ・ヘーラっ!? み、皆見る」
な! という前に、鬼娘たちが彼女たちのお頭の目を塞ぐ。な、ナイスだ! 他の悪魔達も、男は皆視線をさっと逸らす。う、ううむ! しっかりとした配慮どうも!
「お前何を……あ、それ、は」
「はい。私たちの乳には、強烈な疲労回復効果があるので」
ようやく俺も、彼女の意図を知るのだ。
それはそう、サキュバスの力。
「……まさか、そんな手があるとはな」
成程躊躇するわけだ。俺からすれば……ああ、結構複雑な気分だ。本来は精力回復剤なのだろうが、弱った鬼への処置には適切だろう。色々と……元気になるだろうさ。
ふうと天井に向かって息を吐き、努めて冷静になるよう心に言い聞かせる。許可を出したのは俺だ。
今更ミルキ・ヘーラの決意を、踏みにじったりはしたくない。
「お頭さん。これを、飲んでください」
「っ! お、お前!? それは……」
鬼娘たちに支えられるユーニオングに近づいて、ミルキ・ヘーラはそっと、その瓶を差し出す。流石に彼も動揺するが……。
「大丈夫、お叱りは全部私が受けます。あなたの大切な人を、取り戻したいのでしょう?」
「っ!」
「だから……」
鬼は、その緑光色の目を光らせ、自分を覗き見る美しい少女と視線をかわし……。
「ぐっ!」
その瓶に、口をつけた。
「最初はゆっくりです。じゃないと、お腹がびっくりちゃいますからね」
まるであやすように、優しく蕩けるような声で、彼女は呟く。そんなミルキ・ヘーラに、鬼娘たちも、いや悪魔達でさえどこか気圧されて。
何となく関係は察せるのだろう。彼らは俺とミルキ・ヘーラを交互に眺め……。
「ねえ、マスター」
「ん?」
そんな中、まだ聞きなれない、女性らしさと少女らしさの混じる声。
「質問してもいいかしら。あの方は、マスターの奥様?」
この場を代表するように、彼女はそう問いかけたのだ。
「あー……いや、まだ明確に何になろうと誓い合ったわけじゃないが」
明確に、恋人宣言したわけでも婚約したわけでもない。
そう考えれば文句を言うのも筋違いかもしれないが、嫉妬くらいはさせてくれ。俺はそれ以上は語らず、鬼を気遣う少女に目を向けて。
……惚れた弱味か。あの鬼に嫉妬しつつも、心のどこかで、彼を助けようとなりふり構わず動いたミルキ・ヘーラが、誇らしいとも思えて。
「……そう」
杖の少女はそれ以上追求せず、どこか探るような目でミルキ・ヘーラを見つめて。
「そういえば私、マスターに名乗っていなかったわね。私はヒュレーミン・ジュピタリン。仲間内からはヒューレって呼ばれてる」
視線を俺へと移すと、彼女は雰囲気を変え気さくな感じで名乗る。
「俺はカイ。その……成り行きとはいえ無理にマスターなんて呼ばなくても」
「あら、寂しいこと言うじゃない。今も私を握っておいて」
俺の言葉に、彼女はそんな軽口で返して。
「ねえ、あなたは……どうして私を買ったの?」
「……あの森の一件で聞きたいことがある。君の立場じゃ吸血鬼に加担しづらいだろうが」
そうして彼女に配慮する姿勢で交渉するが……。
「ええと、それ……建前よね?」
「あー、えと、信じてもらえないのか?」
「そのために白金貨数百枚の大金はたいて、ついでに究極クラスの封印を解いたっていうの?」
まあそうだが……彼女から注がれる視線は、そんな答えでは納得しなさそうで。
「……君のような美人とお話したいという下心はあったかな」
「まあ」
そんな言葉で返すと、不意を打たれたように彼女はちょっと頬を赤らめて。
「ふふっ、マスターみたいな美しい吸血鬼に、お世辞でもそう言っていただけると嬉しいわ」
サイドテールを軽やかに揺らし、少女は微笑む。俺のことを再びマスターと呼んで。
「例え成り行きでも、今の私の所有者はあなたよ。だから、力を貸させて」
彼女自身、本来なら自分の現状に泣き叫んでもおかしくないだろうに。爽やかな笑みに乗せて俺にそう告げたのだ。
少し……彼女の言動がおかしいことは、俺も気づいていた。
彼女が最初から魔剣のように『杖』だったのなら理解はできる。俺のことをマスターと呼ぶのは、俺が彼女を金で買った立場だからだ。
だが当然ながら、彼女は最初から杖だったわけではない。
それは、生来の『人間』の感覚ではありえない。
『所有者』だから『力を貸す』。それは自分を『道具』として当たり前に考える思考だ。
魔法耐性でも消せない刷り込みか、それともどこか心を病んだか、或いは……。
「その話は、後にしましょう」
「……え?」
「マスター、クールな顔して結構顔に出るのね」
まるで俺の考えを読んだかのように、俺より少しだけ高い位置から声が飛ぶ。
「ねえマスター、これだけは最初に言っておくわ」
そうして少女はふわりと、そのミルクコーヒー色の髪を揺らしてほほ笑んで。
「私、目が覚めた時……心を取り戻した時、真っ先に考えたのがあなたを助けたいって事だった。私はそうやって、困っている誰かのためになりたいって勇者になったのを、思い出せたの」
その青白い瞳に、俺を映す。
「覚えておいて。あなたには、感謝してるって」
「俺、に?」
「暗闇だけの世界って、案外退屈だったわ」
それは抽象的で、でもどこか、彼女の境遇や俺の経験から、何となく分かる気がした。
強制睡眠で揺蕩っている間、俺の意識が暗闇の中にあるように。
彼女は人間を辞めさせられ、意識を奪われ、杖の部品として作り替えられた世界で……同じものを見たのだろうか。
「全部諦めて楽になろうなんて虫のいいこと、神様は許してくれないみたい」
「……起こして、しまったか?」
「ふふっ、言ったでしょ。感謝してるって。それに……」
彼女は湿っぽい空気を吹き飛ばすように笑って。
「失礼」
「きゃっ!?」
突如響くビリィ、という音。
何事かと見れば、声の主のエドーラの、その黒い手袋の先が宙に浮いていた。悪魔も鬼も、いや俺だって、ふよふよと浮く手袋に目を丸くする。これは……。
「やられっぱなしじゃ、気分が悪いと思わない?」
不敵に、彼女は俺に向けてウィンクする。
その手袋を器用に空中で操り、人差し指と中指を、挑発的にエドーラに向けて。
「……ああ、同感だヒューレ」
「ッ!」
俺もヒューレと同じく、青肌の悪魔を吸血鬼の赤い瞳で睨む。
ああそうだ。今は勝手に彼女を憐れんでいる時ではない。
ヒューレも、ユーニオングや鬼娘たちも、今は共に戦う仲間だ。仮のマスターだろうと治療が済む間だけだろうと……。
絆を結んだ彼らを前に、呆けてるわけにもいかないな。
「何を仕組んでいるか知らんが……くだらない目論見は全て叩き潰してやる」
「ふふ、これは勇ましい」
一瞬怯んだだけで敵もさること。エドーラはむき出しになった青い手を胸に、金の瞳を輝かせて礼を取る。
「ご案内しますよ。本日の出品展の目玉、第四悪魔商会の競りの舞台に」
「マスター、奴らのたくらみはここからが本番。私はともかく、あの鬼を買わせようとしたのはその『競り』のためでしょう」
「だろうな。さて、いくら値を釣り上げるつもりかは知らんが」
「おや? お手持ちが不安ならお貸ししましょうか?」
「っ!? な、何!?」
唐突に。
何の前触れもなく、ここにいない者の言葉に、だが真っ先に声をあげたのは悪魔達。
「あ、あなたが何故、ここにっ!?」
「いやあ、道に迷ってしまいまして」
いけしゃあしゃあと、悪魔達を相手に気軽な足取りで部屋に入ってくるその男。
先ほどのスウェルのように、悪魔達の主のように、その男は何一つ動じない笑みをその顔に浮かべ。
「……お前たち悪魔は、皆そうやって唐突に出てくるのが趣味なのか?」
「とんでもない。あのお子様とは趣味が合いませんよ」
「お久しぶりです、吸血鬼様」
スウェルのように金の双眸を覗かせて。
紫色の、宝石のような瞳の少女を連れて。
「……第七悪魔商会っ!」
エドーラの警戒を露わにした視線を平然と受け流し。
商会の長、ラセスチャーと裏商店の少女、セサミは、そこに現れたのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中
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