最強の鬼、天の魔女
「……先ほどは失礼しました」
前を行くエドーラは、すでに気持ちを整理した顔で振り向く。
「キーア様のおっしゃる通り、あの杖を握ったところで、天の魔女そのものが手に入るわけではありません。ですが、それでもあえて言わせていただきます」
悪魔は、悪魔らしい笑みに金色の瞳を細めて続ける。
「モノの価値は、手にするモノ次第。例え真価を失おうと、それで元々の価値を超える使い道を用意すればいいのです」
エドーラは同じ言葉を繰り返す。それが、世界の真理だといわんばかりに。
「例えば、こちらをご覧ください」
やってきたのは別の部屋。そこに待機していた悪魔に命じ、彼女は巨大な布の壁の前に立ち……。
「今度はこの布の向こうに何を用意し!?」
「あっ!?」
「魔王軍が滅ぼした集落の一つ。【鬼】の里に住んでいた【鬼娘】達でございます」
布が取り払われた先には、彼女の言う鬼娘達が六人、並べられていた。
裸でそれぞれ木の台に乗せられ、恐らくは後ろ手で拘束され……。
その首を、上から吊るされた縄でくくられて。
「本当に、お前たちは悪趣味だな」
縄で首を吊るような格好だが、彼女達は死んではいない。首がギリギリ締まらないよう、台の上でつま先立ちをしている。どちらにせよ最低の意匠だが。
「こういう趣向はお気に召しませんか? 顔もスタイルもよい娘たちだけを厳選したのですが。一応は、五体満足な美しい娘たちです」
一応……と言葉をつけた視線の先。俺は、それに気づく。
「角を……折ったのか」
「ッ!?」
「ええ、流石に鬼を無抵抗で捕らえておくのは難しく。それぞれの娘の前に並べられているのがそれです」
裸の彼女たちがつま先立ちになる台の前。
白い布の上に、二揃いの尖った黒い角。
「彼女たちの角は力の根幹であり、同時に鬼の象徴です。ですからそれを切り取ってやれば、プライドの高い彼女たちでも簡単に屈服させられます。このように」
そう言ってエドーラが一人の娘の台に蹴りを入れると、入れられた少女はひっ、と短い悲鳴。
台を抜けば、そのまま首が締まるはずだ。
「酷い……っ!」
ミルキ・ヘーラもたまらずに声をあげるが、悪魔はその言葉を待っていたといわんばかりに歪んだ笑みを。
「さあお前たち! こちらはお前たちを見に来てくださった、吸血鬼のキーア様よ!」
「ッ! き、キーア様っ!」
「キーア様っ! きゅ、吸血鬼様! ど、どうか私達を買ってくださいっ!」
エドーラの言葉で、鬼娘たちはすぐに悲痛な叫びをあげ始める。
「わ、私達何でもしますっ! 一生の忠誠を誓いますっ! 何でもお申し付けくださいっ!」
「ど、どうかっ! 私達を哀れと思ってくださるならっ! どうかぁっ!」
裸で、後ろ手で縛られ、首を括られる寸前で。それでも精いっぱい身をよじり、恥も外聞もなく必死に……まるで、命乞いをするかのように。
「どうですか? まあ、キーア様には簡単になびかない女の方がよかったかもしれませんが」
「……お前らの趣向にはほとほとあきれ果てる。それで俺が彼女たちを買うと?」
インパクトに流されそうになるが、エドーラが何故彼女たちを勧めてくるかの理由が見当たらない。まさか同情を誘って買わせようとしているのか?
「ふふっ、キーア様の言葉を借りるなら、彼女達はまさに『価値が損なわれた』状態でしょうね。従順で美しくとも、鬼の力はもう発揮できませんし。ですが」
エドーラは、必死に訴え続ける少女達を無視し、さらに奥へと俺達を手招きする。
「餌としての価値は、あります」
「餌、だと?」
「キーア様は魔王軍と敵対しておられる身。戦力が必要かと思いまして」
そうしてエドーラは……鬼娘たちを振り返ることもせず進む。
「きゅ、吸血鬼様ぁ……ど、どうかっ、どうかぁっ!」
「お、お願いですっ! わ、私達ここで買われないと、お、オークの……」
「お、願い、しますっ!」
俺達の雰囲気を見て、自分たちに待ち受ける絶望的な未来を悟ったのだろう。ミルキ・ヘーラはもう涙目になり、ふるふると何度も葛藤しながら首を振っている。
「……」
俺は無言で、ミルキ・ヘーラの手を引いて、悪魔の示す先に向かう。
後ろで涙声になりながら、最後まで叫び続けた少女達を背に。
「彼女たちを単品で買われるのでしたら、一人金貨一枚になりますので」
「……ずいぶん安い値をつけたな」
「実際それぐらいの価値しかありませんから。これから会う鬼に比べたら」
鬼……先ほど餌と言っていたが、まさか。
「魔王軍もかなり苦戦したようですね。多くの犠牲を出し、やっとのことで制圧した鬼の集落、そこの族長を務めた男」
たどり着いたのは、先ほどよりも大部屋。そして布などかけられず、両手両足を鎖で繋がれた男から、直接強烈な視線を送られて。
「これは……」
強烈な視線は、片方から。
右目は白い布地に黒の目玉模様の眼帯に覆われていた。左目は森に差す日を思わせる緑光色。その瞳が、今は静かな怒りに輝いて。
「最強の鬼、ユーニオング・ディアブランマです」
エドーラは得意げに、その男を手のひらで示す。
ぼさぼさの鈍色の髪。鋭い印象を受ける顔立ちは、族長という言葉からするとまだ若い。見た目は二十歳前後だ。
鎖に繋がれた百八十センチ越えの体はかなり引き締まっている。通常筋肉は鍛えると肥大化していくが、この男はそれに加えて筋肉がねじれるように巻き付いている。鬼の特性か、通常の筋肉の付き方ではない。圧倒的な筋肉量の割に痩せて見えるという奇妙な矛盾。
そして額から生える、彼らのシンボルである二本の黒い角。
「最強の、鬼?」
「ええ。現在では勢力を大幅に減らされた鬼族ですが、その生き残りの中でも、彼の強さはずば抜けています」
この世界では鬼は希少なのか。現実世界では姿かたちこそ多少違えど、かなり有名なモンスターだというのに。
「人質を取り、魔王軍幹部級が三人がかりで一晩殴り続け、やっとのことで捕獲に至ったそうです」
「……随分と汚い手を」
「魔王軍ですから。手段を選ぶような甘えはないでしょう」
さも当然のように悪魔はそう語る。
「打たれ強さだけではありません。この芸術品のような見事な筋肉から繰り出される拳は、オークの腹をも軽く貫きます。力だけなら、かのガルーヴェンにも匹敵するとの噂も」
引き合いにガルーヴェンの名が……恐らくはこの世界での最上級の賞賛だ。奴も魔王候補に上り詰めるほどの傑物だからな。まあ、俺は奴と小指で綱引きしたが。
「それで、今も俺達を睨んでいる彼をどうしろと?」
「ふふ、いくらなびかない女が好きなキーア様でも、コレを飼いならすのは骨が折れるかと」
そう言ってエドーラは彼の腹筋をなまめかしい手つきで撫でる。彼は微動だにせず、その瞳の奥にただただ俺だけを映して。
それと今更だが、彼も当然のように全裸だ。まあ、これは俺的には嬉しくないが。
「ですので、先ほどの餌をお使いください」
その言葉に、一瞬だけピクリと彼の目が反応する。誰を差しているのかが分かったのだ。
「あの六人を人質にとれば、彼は素直に言う事を聞くでしょう」
「……次から次へと。卑劣な手を思いつく」
「お褒めの言葉と受け取っておきます」
皮肉も通じない悪魔を無視し、俺は、彼の前へと進み出る。
鎖で繋がれていても、その瞳の強さには揺らぎがない。実際近づくと圧巻だ。触れなくてもその筋肉が通常よりはるかに硬質で、そのくせ柔軟にしなることが見て取れた。
「どうですか? キーア様の身辺警護でも、戦場の矢面に立たせるでもご自由に。大幅な戦力アップは間違いございません。あの娘たちと合わせて白金貨二十枚でお譲りします」
「随分と安いな」
「その反抗的な目だけは……我々ではどうしようもなかったものですから」
エドーラの言葉に……成程、本来なら商品にならない目つきだと納得する。
俺を睨みつける、その怒りのこもった視線ではな。
「魔王軍に、攻め滅ぼされたらしいな」
「……お前は」
ここまでの話で、彼も俺が自分を買いに来た『客』だと理解しただろう。
「荒野の吸血鬼。今はそう呼ばれている」
「……忠誠を、誓う」
「何?」
意外なことに、その怒りの瞳で俺を映しながら彼はそう告げる。
「その代わり……見返りが、欲しい」
「……一体、何を望む」
「囚われた仲間たちの、自由」
「っ!」
その言葉に、俺と、そして恐らくはミルキ・ヘーラも、一瞬意表を突かれた。
「俺の身をどうしようが構わない。煮るなり焼くなり、使い捨てるなり好きにしてくれ。だがどうか、俺を操るためにお前が買い取る者たちには、自由を」
その怒りのままの瞳で、けれど彼は、自分ではない……仲間の自由を願い出て。
「お前は、人質がいなくてもいう事を聞くと言いたいのか」
「一度かわした約束は違えない。どんな屈辱も、辛酸も、お前のために舐めると誓う。お前が、仲間の自由を保障するなら」
その瞳は、今度は言葉とは裏腹に強烈な脅しをかけていた。
人質を自由にするという条件をのめ、さもなくばお前を殺すと、雄弁に語りかけてくる。
「……成程、いい気骨だ」
その緑光色の瞳は、怒りの中に確かな覚悟を秘めていた。こいつは俺が足を舐めろといえば遠慮なく舐めるのだろう。その一方で、俺が約束を破れば躊躇なく殺しに来る。
この男が白金貨二十枚などと……安すぎる買い物だ。
「利害は、一致したな」
彼は俺の言葉にも、その揺らがぬ瞳でもって応える。この部屋をそうして僅かに静寂が支配した後……。
「罠に……飛び込んでも、いいか?」
「あっ」
俺は、彼から視線を外して、俺の愛しい少女を見て。
「……御当主様らしくて、良いかと」
そんな俺に、ミルキ・ヘーラは何もかもを見透かしたような、柔らかな笑みを向ける。やれやれ、色々と先読みされているな。
けれど……その優しい瞳に、ふと、あの森での冒険を思いだして。
「そうだな……俺達なら、或いはそんな道も」
「御当主様?」
俺の言葉に彼女が困惑する中、俺の中で、密かな決意が芽生えていた。
「うちには、腕のいい医者がいる」
「……?」
俺が振り返って切り出す話題に、その鬼、ユーニオングは疑問符を浮かべて。
「流石に鬼の文献くらいはうちにもあるはずだし、どうにかしてくれると思うが」
「……何の、話だ」
「彼女達の折られた角、治せるかもしれん」
「ッ!?」
その言葉に、今度こそその瞳が、大きく見開かれる。
「体の傷と心の傷、十分に癒せるかどうかは分からんが、できる限り手を尽くそう。俺に偽りの忠誠など誓う必要はない。彼女達とお前の傷を癒す間だけでも……俺達と共に、戦ってくれないか?」
俺の言葉に目の前の鬼は……恐らく心に浮かんだ通りの疑問を口にする。
「ど、う……して」
「言っただろう、利害の一致だ。俺達も魔王軍には悩まされていてな」
それに……さっきの鬼娘たちをあのままにしておくのも忍びない。
「さあ、返答を聞こう」
「……」
目の前の鬼は目を見開いたまま、僅かに、その瞳に新しい希望の色を宿して。
「いい、だろうっ……お前を、信じてやるっ!」
力強く、そう吠えた。
「威勢のいいやつは嫌いじゃない」
彼は信じると言いつつも、俺を完全に信じ切ってはいまい。その瞳に、油断ならないと自らに言い聞かせるような光を帯びさせ。
けれどそこに、仲間を助けられる喜びが宿っていることも、事実だった。
そう……俺達が目指すべき道は、これでいい。
「ご、御当主さまっ!」
と、そんな流れを遮る、ミルキ・ヘーラの声。
「い、今エドーラさんが、悪そうな笑みを!」
な、何か小学生の告げ口みたいだな。何でも口にしてくれとは言ったが。
けどそうか……悪そうな笑みか。
「これは申し訳ありません。私どもの品が売れたので、つい顔に出てしまいまして」
エドーラは不敵にほほ笑みながら、流麗な足取りで俺の前へ。
「お買い上げ、ありがとうございます。ユーニオング・ディアブランマと鬼娘たち六人。お約束通り白金貨二十枚を頂戴したく」
「いや、二百二十枚だ」
「にひゃ……え?」
俺の言葉に、恭しく礼を取ろうとした彼女は顔をあげて。
「天の魔女と呼ばれていたな。彼女も買おう」
「……えっ!?」
エドーラは、いや、エドーラだけじゃない。ミルキ・ヘーラも思わずといった感じで目を見開いて。
「どうした」
「い、いえっ! お、お買い上げありがとうございます。まさか、先ほどの流れで買われるとは思わず……」
「誰も買わないとは言ってない」
恐らく大口の取引に、文句より驚きの方が勝っているのだろう。エドーラはどこかほっとしたように笑みを浮かべて……。
「ただし、しかるべき待遇をもって彼女たちを引き渡せ。お前たちと違って、俺は彼女たちを『商品』として扱うつもりはない」
「しょ、承知しました。それでは早速、彼女達に『身支度』をさせてまいります」
すぐさま対応するのも流石と言ったところか。エドーラは俺に合わせた言葉を使い、その場を部屋の隅にいた悪魔に任せて駆けていく。
「ご、ごご御当主様っ!? よ、よろしかったのですか!?」
「ん、ああ……そういえば無駄遣いしそうになったら止めてくれと……忘れていた」
「い、いえそれは! その、私も御当主様の意向を支持しますが、ええと」
ミルキ・ヘーラはちらちらと鎖に繋がれた鬼を見て、ためらいがちに言葉を濁す。
「構わないさ。これから俺達の所に来てもらうんだからな」
「あ、でしたらその……本当に良かったんですか? だって彼女は……」
ミルキ・ヘーラは、恐らくはあの女勇者を買う事で起こる……人間と魔王軍との争いに巻き込まれることを言っている。
「それなんだが、少し突破口が見えたんだ」
「と、突破口、ですか?」
「ああ。奴らの感覚に、わざわざ合わせてやる必要もない」
俺はそう言って鎖に繋がれた鬼を見る。状況を知らない彼からすれば何の話かと思うだろう。だが、俺はお前の扱いを見て確信したんだ。
「敵対する相手かどうかなんて、実際顔を突き合わせてみなければ分からないさ」
少なくともこれで、新しい道が開けたのは事実だ。
「それにやはり腑に落ちないんだ。悪魔達は彼女を捕らえて大事を成したとするなら、蜘蛛少女のシャーロンも『しくじった』なんて悪態はつかない。もっと詳しい情報が欲しい」
「そ、そういえば……ですが、話を聞こうにも彼女は……」
ミルキ・ヘーラは、杖にされた痛ましい少女を思って俯くが。
「それも……何とかなるかもしれん」
「えっ!?」
そもそも俺は吸血鬼。数日前の血痕ならともかく直に吸えるのならより多くの情報を取得できる。
それに……これは賭けだが。
「お待たせしました、キーア様」
俺の思考を遮って、再び部屋へ入ってくるエドーラ。後ろにはドレスで着飾った六人の少女達、そして、あの天の魔女を台座ごと運ばせて。
「お引き渡しの準備が整いましたので、代金を頂戴したく」
「ああ、これで」
小切手で支払いを済ませ、エドーラは確かにと言って笑顔を向けて。
「ユーニオングの鎖ですが、少々お待ちください。脱走防止のために鍵のない鎖でつないでおりますので、お時間をいただきたく」
「なんだ、壊すなら俺がやっても構わんな」
「今鎖を切断……え?」
俺はエドーラを無視して、再び彼の前へと進み出る。
「キーア様、その鎖は特別製でして。魔法にも強い耐性を持ち、通常の鉄よりはるかに純度の高い素材を組み合わせ……」
パキン、と俺が素手で枷を破壊すると、エドーラは説明途中の顔で固まって。
「お、前!? この、鎖を……軽々」
「この程度造作もない。ああ、服はちゃんと受け取ってくれ」
両腕と両足、それぞれの鎖を断ち切り彼を自由にしてやる。そうして振り返ると、目を見開いて唖然とするエドーラに悪魔、そして……。
「俺に気を使う必要はない」
俺は、言葉少なに告げる。
そう、今も彼を見守る六人の鬼娘たちに。
「行ってやれ」
「っ……お……お頭っ!」
「お頭あっ!」
「大丈夫ですかっ!?」
そうして彼女たちは買った俺ではなく……彼女達の慕う相手へと。
「お、お前、たちっ」
「お頭っ! お頭ぁぁっ!」
「わ、わだじだぢっ! も、もう一生! あ、会えないってっ!」
「お頭っ! よくっ! いぎでっ!」
俺達の知らない事情の中、それでも俺達のよく知る温かみのある言葉で、鬼娘達は彼女たちの『お頭』に駆け寄ったのだ。
「あ……馬鹿、な……特注の、鎖を」
「人質を取っていたおかげで命拾いしたな。アレで力自慢を抑えてはおけん」
ガルーヴェンに匹敵する力の持ち主なら、あの程度引きちぎれただろう。そうして今度は驚愕の目で俺を見るエドーラと悪魔、そして、天の魔女の前へと。
「ふ、ふふ、成程。聞きしに勝る腕前でございます」
「ん?」
「魔法を使った瞬間をとらえられませんでした。加えて魔法に強いあの鎖をいともたやすく……感服いたします」
エドーラはすぐに顔に冷静さを張り付けて、俺に対して的外れな賞賛を。やはりそうか……。
こいつら、俺のことを根本的に勘違いしている。
「それほどの腕なら、天の魔女の前でも冷静だったこと、納得がいきます」
「……いい加減、彼女のことは名前で呼んでくれ。これからはうちの『客人』になるのだ」
「これは失礼しました。ヒュレーミン・ジュピタリン様です。どうぞ、お受け取り下さい」
エドーラは恭しく礼をしながら道を開ける。
杖の少女……ヒュレーミン、か、今は白と黒基調の美しいドレスを身に纏っている。手足のない彼女に合わせてか、袖のないミニスカートのそれにフリルがあしらわれて。
開いた胸元に、まるでネックレスのように、埋め込まれたオレンジの宝玉が光る。
「彼女は魔法で感情を消されているのか?」
「はい、同時に杖に不要な意識もです。彼女から情報を引き出すことはできませんよ。こればかりは、優秀な魔法使いであらせられるキーア様でも」
釘をさしながらエドーラは不敵に笑う。さっきは後れを取ったが、今度は上手くいきっこないと、その金色の瞳は雄弁に語る。
そう、俺が魔法使いだなんて、盛大な勘違いの上に成り立つ推理で。
「どうかな?」
それにしても俺が魔法使い、か。悪くない。かつては魔法も使えない出来損ない呼ばわりされた俺がか……。
感慨深いものを感じながら、俺はその杖を手にする。地面につけると、高さは百七十程。だから彼女は、俺が少し見上げるくらいの高さで。
「私どもの魔法研究、その最高技術でもって封印したのです。それこそ天の魔女と言われた彼女本人ですら解けない封印です」
手術で脳をいじくったなんて言われたらお手上げだったが。俺はそっと、彼女のきめ細やかな頬に触れて……。
「あ……」
「この世界の誰であっても解けな……え?」
「ここ……は?」
どうやら、賭けには勝ったようだ。
こいつのせいで俺は魔法使いになれなかったんだが……まさか、こんな形で役に立つとはな。
俺のこの力、そう、魔法耐性は……俺の触れたものにも及ぶ!
「ここ……っ! こ、ここはっ!? わ、私どうしてっ!?」
「バカなっ!? あ、ありえんっ! い、意識を取り戻した!?」
ヒュレーミンの叫びとエドーラの叫びが、その感情の爆発のまま交差する。
そう、杖の少女は意識を取り戻したのだ。
「自分の事が、分かるか?」
「っ! あ、あな、たは?」
目の前にいる男に、彼女は戸惑いつつも尋ねた。
「荒野の吸血鬼。今はそう呼ばれている」
「荒野の……そう、あなたが」
彼女、ヒュレーミンは思ったよりもすぐに冷静さを取り戻し、息をのむミルキ・ヘーラに状況が理解できない鬼たち、そして、この事態に驚愕する悪魔らをその目にとらえて。
「私、杖にされて売られた……のよね? あなたが買って……封印を、解いた?」
「ああ」
「……そう」
少女は一度目を閉じて深く息を吸う。そして、再び青白い瞳を見開いて。
「いいわ、だったらその恩義に報いてあげる。あなたは……今は仮にも、私の『マスター』だわ!」
そうして天の魔女と呼ばれた少女は……瞳に強い光を宿して叫ぶ。
「マスター! これは、あなたを陥れるための罠よ!」
「ッ!? き、貴様っ!」
エドーラは、ヒュレーミンの言葉に初めてその表情を見せる。ここまで驚きこそすれ、弱味を見せなかった悪魔が。
明確な『焦り』を。
「第四悪魔商会は、魔王軍の依頼であなたを貶めようとしてっ!」
「やれやれ、人聞きの悪いことを言わないでくれないか?」
「っ!?」
ふっと、この部屋に、どこからともなく声が響いた。
そいつは誰もいないはずの空間から、黒い霧を纏って、現れる。
「っ! こ、これはっ、お帰りなさいませ!」
エドーラと、そして他の悪魔も彼の登場に揃って膝をついた。
見た目は、まだ十代後半の少年だ。
俺より少しだけ背が高い。少し癖のある黒髪と、見事に光り輝く金の瞳。深紅のネクタイと黒いスーツに身を包んだ、どこか不敵な笑みを浮かべる、悪魔。
「……大将のお出ましか」
「これはこれは、挨拶が遅れて申し訳ない。荒野の吸血鬼殿」
俺の視線にも揺らがぬ余裕の姿勢。
そして他の悪魔が膝をつく、その意味が分からないほど、俺も間抜けじゃない。
「第四悪魔商会、商会長スウェル・ダイモーン。ようこそ、我らが城へ」
彼らの頂点に立つその男は、堂々と俺に向かってそう名乗るのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中
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