その悪魔は価値を問う
「本日、お二人への商品案内を担当させていただきます、エドーラと申します」
「森では世話になったな」
荒野の青空の下、その建物の前で。
さも平然と頭を下げる目の前の悪魔に、俺も多少の皮肉を込めて返す。
「その節は、こちらも大変お世話になりました。お体の方はどうですか?」
向こうも当然のように、悪魔らしい笑みで答えるのだが。
「キーア様ご一行には色々と台無しにされましたが、幸い私どもも大事を成した後でしたので」
「……なら教えてくれないか? あの森で、貴殿らの目的が何だったのか」
俺は探りを入れるつもりでそう尋ねるが……。
「ええ勿論です。そのためにお呼びしたようなモノですから」
「!」
意外にも、探るどころか全てをさらけ出すと返されて。
「積もる話もございますが、まずは中に入りましょうか」
そうして優雅に、それを指し示す。
「我ら第四悪魔商会、自慢の移動出品展です」
荒野に佇む、その神殿のような建物を。
黒と白の大理石でできた、ゴシック調の建造物。屋根まで届く柱の高さは十メートルほどだが、幅はかなり広い。それだけならまだしも、これだけの重量物に移動出品展の名……。
これ、動くのか?
「私たちの他にも馬車がたくさん……どれくらいの方がいらしているのですか?」
「本日お見えになるご予定では百六十名ほどです。各界隈でご活躍されている方々をお招きしておりますので、中には人間のお客様も……ああ、そうそう」
俺達を連れながら、彼女は俺を見て。
「魔王軍幹部の方もいらしていますが、どうか、ここでの戦闘はご遠慮ください」
「……俺もそのくらいの分別は付く。承知した」
まあ、あちらから殴りかかってくるなら話は別だが。そんなことを考えつつ俺達は建物の中に。
中に入ると、外観と同じく落ち着いた内装に大理石の床。薄暗い中に静かな喧騒。招かれた様々な種の客たちが、悪魔に連れられ展示された品に目を通す。
この感じ……神殿というよりは、美術館か。
「それで商品の説明というが……ここに並べられているのが競売の品か?」
手紙で見る限り、これからここで行われるのは『オークション』だ。
集まった百六十名ほどで欲しい品を金で競り合う、だいたいそんなのを予想してみるが……。
「ええ、それもございますが、大半は別です。私どもで提供させていただくのは主に『最新の技術』と『真に価値のある品』でございます」
「ふむ?」
「こちらをご覧ください」
そうしてエドーラがみせたのは、近くの台に乗せられたガラスケース。何気にガラスの製造技術もあるらしい。
「これは……糸?」
「アラクネ・デルードの紡いだ糸でございます。キーア様達は、うちの会員を一人ご存知かと」
「あっ! あの子……」
エドーラの言葉にミルキ・ヘーラも声をあげる。あの金髪蜘蛛少女か。
「名は確か……シャーロン、だったな。彼女は元気か」
「おかげさまで。貴方に足を折られたあの日が忘れられないそうですよ?」
「そうか。次はそちらも腹を割って話してほしいものだと伝えてくれ」
それはそれは、と可笑しそうに笑う悪魔。はらわた引きちぎった少女とその足をへし折った男……改めて言葉にするとひどい関係だ。
「彼女の紡いだ糸は、その強さ、鉄をもしのぐ優れものです。ですが競売にはかけません。こちらでご注文いただき、素材そのままか、或いは使いやすく加工した状態でお渡ししています」
ふうむ、どちらかといえば職人に向けた売り方だな。
「私どもの最新技術を展示し、お客様のお眼鏡に叶えば『出品』させていただくという流れでございます。それゆえ『出品展』と申します」
よく見ればあちこちで悪魔達が客を相手にその品を説明している。この素材はどういう特性があるだの、この品は何々由来の珍しいものだとか。
成程、性格としては見本市に近いか。ここに集まっているのは各企業のトップで、自社の製品に新しい技術や素材が使えないかとやってくる訳だ。
だが……。
「御当主様……何か、想像していたのと違いましたね」
「そうだな」
ミルキ・ヘーラもこそりと耳打ちしてくる。彼女の困惑ももっともだ。俺達に自分たちの技術力をアピールしたいのか?
「ふふ、キーア様たちに見ていただきたいのは、こことは別、さらに奥にございます」
「ほう?」
エドーラは、そんな俺達の困惑を察してか不敵に笑う。
並べられた品の数々を素通りして、さらに奥へと。
「本日お招きしたお客様にはお見せしていない特別な品。それが、私どもがあの森で暗躍していた理由でございます」
「!」
どうやら、ここからが本題らしいな。
薄暗い通路を抜け、誰もいない部屋へと、俺達はたどり着く。
「私どもの最新の技術を駆使しついに完成した、真に価値のある品でございます」
招かれた部屋、その中央に、まるで芸術作品を展示するかのような台座。
それにかけられた深紅の布を、彼女は丁寧に取り去っていく。
そこには……。
「ひっ!?」
「……これが」
「はい。私どもが捕らえた人間の女勇者、内外問わず勇名轟く、かの『天の魔女』」
ガラス越しに見える、ミルクコーヒーのようなまろやかな茶髪。
サイドポニーで結わえられたその髪は、幾本も白い筋が入った不思議な色合い。
整った顔立ちで、けれど虚ろな青白い瞳は、恐らく映した俺達を認識していない。
胸の中央には……まるでペンダントのように埋め込まれた、オレンジの宝玉。
「彼女を素材に使った、魔法杖にございます」
「……悪趣味な」
俺達の前には、そう、手足を切り取られ磔にされた、裸の少女が飾られていたのだ。
歳は俺とそう変わらないだろう。まだ幼い、けれど大人の色気が出始めた少女の、無残な姿だった。
「【ヒューマテリアル】。私どもはそう呼んでおります。人間を素材にした魔法具です」
「……こんなものを作るために、お前たちは必死になっていたというのか?」
俺が侮蔑の声で返すと、悪魔は面白そうに微笑んだ。
「お気に召しませんか? 人間達の間でも大変美しいと評判の少女ですが」
「その少女の未来を台無しにしたお前らに辟易しているんだ」
「ふふ、そのモノの価値は使うモノ次第ですよ。彼女は、恐らく史上最高の魔法杖です」
魔法杖……言葉から察するに、彼女そのものが杖という事なのだろう。よく見れば彼女を磔にしているソレにも持ち手がある。長い杖の先端に少女が取り付けられているといった感じだ。
「私どもが提供するこのヒューマテリアルは、妖精串とはモノが違います。あちらは生前の魔法を魔力を込めることで発動しますが、彼女は生前の魔法そのものを使えます。というより……生きてますので」
「なっ!?」
平然と語るエドーラに、流石の俺も驚いた。
「この肌のぬくもりも、皮膚の下に流れる熱い血潮も本物でございますよ? 何でしたら試飲されても……まあ、道具に不必要な感情は魔法で消したので、味気ないかもしれませんが」
さらりと恐ろしいことを付け加えながら、エドーラは彼女の入ったガラスケースを開く。その手を、少女の滑らかな肌に這わせて。
「握るものの意志に反応して自在に魔法を発動できます。彼女が扱える魔法は膨大です。加えて必要な魔力も彼女自身が生成します。魔法を扱えない者でも、この杖を握ればたちどころに天の魔女の力を、研鑽の成果を、その手にできるのです」
それは……確かに能書きを聞けば誰もが凄まじいと思うだろう。この世界の実力者である女勇者、その力を簡単に我が物にできるのだ。
だが真に価値のある品などと……よくもまあ、ぬけぬけと。
「どうですか? 勇者と呼ばれた美しい少女の力と体……あなた様のモノにされては」
「くだらん」
俺があっさり一蹴したことに……流石にエドーラも目を見開いた。
「もう一度確認するが、お前たちがあの森で暗躍していたのは、こんなくだらないことのためだったのか?」
「……お言葉ですが、キーア様? 彼女はその手の市場に出回れば白金貨三百枚はくだらない品です。純粋な兵器としても超一級品、その上鑑賞用にも耐えうる美しい姿。それを本日は特別価格として白金貨二百枚でお譲りしたく」
「何を寝ぼけたことを。真に価値があるのは、彼女が築いたモノではない。彼女自身だ」
「っ!?」
俺の意図が伝わらないのか、エドーラは何を言っているんだといわんばかりの目を向けて。
「その二つ名……天の魔女、だったか? 若い身空で勇者にまで上り詰めるのは並大抵のことではないだろう。そんな彼女ならさらに上を目指すこともできただろう。誰かをその境地まで引き上げることも。その魂の輝き全てを……お前たちは不意にしたんだぞ」
杖を手にするだけで力が手に入る? 努力も必要なく、知識もいらず、経験を積むこともなく? 笑わせる、ソレになんの価値があるというのだ。
それこそその境地にたどり着いた彼女を活かす方が、何倍も有益だったはずだ。
「成程、仰っている意味は分かりましたが」
エドーラは俺の言葉に薄笑いを浮かべる。まるで根本から間違えているのを指摘するように。
「モノの価値は手にするモノ次第。キーア様の理屈では、残念ながらその前提が満たせません」
「ん?」
「お忘れですか? 天の魔女と、女勇者ともてはやされる彼女が『何』だったか。失礼ですが吸血鬼の貴方では、人間の彼女を手にすることは不可能だったかと」
ふむ、中々言ってくれるじゃないか。お前にはそもそも手の届かない女だったと。滅多に言われない方向からの指摘は新鮮だが……。
根本から間違えている、なんて言いたいのは俺の方だ。
「手に入らない力など、それこそ無価値と同然で」
「それはそれで構わん」
「……え?」
「簡単になびかない女の方が、男は燃えるんだ」
人間の女勇者か……恐らく吸血鬼の俺は目の敵にされただろう。だがその程度で欲しいモノを諦めるほど、あいにく俺はできちゃいない。
杖の高さ、少しだけ見上げてみる少女の、今は動かないその瞳を覗き込んで。
彼女に言い寄る俺、あっさりと袖にする彼女。
そんな、もう起こりえない想像に少しだけ思いをはせて。
「モノの価値は手にするモノ次第、か……主張にケチをつけるつもりはないが、勝手に俺にとっての価値を決めつけられても困る」
それでは噂で俺という吸血鬼を判断されるのと、何も変わらないからな。
天の魔女、なんて肩書きではなく。
彼女がそこに至るまでに見た景色を、彼女の口から。
目の前の本物の彼女と語り合って、それを知りたかった。
「それで? 客を不快にさせただけで終わりか? 第四悪魔商会」
「ッ!」
エドーラは、その言葉ではっきりと分かるほど顔をこわばらせ。
「……では、もう一つの品もご紹介します」
精いっぱい怒りを抑え付けるような声でそう言って、背を向けて歩き出した。
「まずはジャブが入ったか」
つぶやきながら、俺は俺の背中から服を掴んで離さない少女に、手を伸ばす。
「大丈夫か、ミルキ・ヘーラ」
「……すいません。大丈夫です」
彼女はずっと黙って目を伏せていた。祈るように。
彼女が人間にもそうやって優しさを向けられるのを、俺はあの村で既に知っていた。
「彼女は……恐らく村人の話にあった女勇者だろう。どの道、俺達があの森を訪れる前の話だ」
俺は、少女の温かな手を握る。
「俺達じゃどうにもならなかった。だから……あまり気負うな」
「分かっています。ありがとう……ございます」
憔悴した顔のまま、けれどミルキ・ヘーラも無理やり笑みを作って。
「ですが、どうしてその……彼女を私たちに買わせようとするんでしょう」
「……明確な狙いは見えんが、彼女は恐らく『将棋の駒』だ」
「ショウ、ギ?」
ああ、流石にこの世界にはないよな。俺は杖にされた少女を見上げながら、その戦略的価値を改めて考える。
強大な勇者の力。それがどれほどのものかは分からんが、少なくとも無敵という訳ではない。現に彼女は敗れてその無残な姿に変えられたのだ。
膨大な魔法を扱えるというのも、この哀れな少女の価値の、ほんの一端。
「倒した敵を味方にする。それが可能なら、戦争はどうなる」
「え? それだと、永遠に戦いが終わらないのでは?」
それでも将棋に決着はつくんだがな。そう考えるってことは、この世界の戦争はチェスだ。
「それを片方からだけ可能にしたのが、彼女だ」
「あっ!」
そう、エドーラの言う通り彼女を手にできること自体に価値がある。
倒した人間の力をそっくりそのまま利用できる。
その事実こそが、この世界における、彼女の真価なのだ。
どれほど強大な力を持つ勇者を育てても、敗れればそれがそっくり自分たちの敵として返ってくる。人間側に与えるダメージは計り知れないだろう。
彼女はその存在だけで、戦略を大きく変えさせることができる。
「影響力は計り知れない。人間達は必ず対処に動くはずだ。ここで彼女を買えば、俺達は人間と魔王軍が戦う盤上に引っ張り出されることになる」
「……わ、罠だったんですね」
ミルキ・ヘーラは真っ青な顔で、ごくりと喉をならす。正直魔王軍と敵対するのだって面倒なのに、この上人間まで敵に回すのは流石に避けたいが……。
「こ、ここでは何も買わないようにしないといけませんね」
「……ああ」
「? 御当主様?」
悪魔との知恵比べがそんな簡単にいくかはさておき……それ以前に、何か、見落としいている点がある気がするのだ。
そもそもどうして、彼らは俺が『彼女を買う』と思ったのか。
ここまでの推測は、全て俺が彼女を買う事を前提にしている。いくら俺が女好きと知られていたとしても、白金貨二百枚をポンと出すと思われてはいまい。
前提が違う。
何かが、噛み合っていない。
俺やミルキ・ヘーラ、そして恐らく悪魔達にとっても、何か思い違いが……。
「ミルキ・ヘーラ。ここからは、思った通りを口にしていってくれ」
「え?」
「悪魔の前でも構わない。ミルキ・ヘーラの意見が欲しい」
「っ! わ、分かりました!」
ミルキ・ヘーラは頷いた。その表情に戸惑いと、それ以上に何か解決の糸口を掴めそうだという俺の雰囲気を察して、強く。
そうして俺とミルキ・ヘーラは、尻尾を振る悪魔の背中を追って、さらなる奥へ。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中
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今日はもう一本投稿します。




