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一筋の光を



「お、オークだっ!」

「何だこの数!? じょ、冗談じゃねえぞっ!」

「シルキィ様がいねえ隙を突いてきたのか!?」

 俺達が攻め込んだ村は、ギャーギャーと悲鳴の大合唱だ。


「へっへへへ! 安心しろよ! 野郎はぶっ殺すが女と食糧は大事に食ってやるからよおっ!」

「ぎゃあああっ!」

 あちこちで俺達のこん棒がうなりを上げて家を叩き、井戸を壊し、逃げ惑う人間どもをぶちのめす!

「ようやくだな」

「ああ、全く待たされたぜ! こんな村、とっくに俺達のもんにできたってのに!」

 俺達の飼い主が魔王軍から悪魔どもに代わって、随分とやりづらくなったもんだ。魔王軍なら小細工なしでさっさと壊して殺して奪うだけだったってのに。


「く、くそっ! 何で増援が来ないんだっ!?」

「お、俺達だけで村を守るしかないっ!」

 人間どもにも武装した奴が何人かいる。国の兵士ってやつか?

 だがそいつらは頼みにしていた援軍が来ないと絶望の淵に立たされてやがる。残念だったな、悪魔は狡猾なんだよ。


「へっへへへ! たった十人ばかしで俺達を止められんのかぁっ!?」

「ぐぎゃあっ!」

「く、くそおっ! うがあっ!?」

「俺達、二百を超えるオークをよおっ!」

 俺の振り下ろしたこん棒で、兵士がぶっ飛ぶ。そうら、言ってる間にあと半分だ!


「俺達を止められる奴なんてよおっ! いねえんだっ」

 よおっ! と、俺は叫ぼうとした。

 気分よくぶちのめした後は、奪った食糧と人間の女どもで盛大に宴を開く算段を、頭の中で思い描いていた。

 それを……。


「アオオオオオオオオオオオー!」

「ッ!?」

「何っ!?」


 森から響く遠吠えが、遮ったのだ。


「アオオオオオオオオオオオオオオオオオオー!」

「な、何だこりゃ!? わ、ワーウルフどもか!?」

「嘘だろっ!? あいつら森の奥に行ったって話じゃ!?」

「やった! シルキィ様だ!」

「シルキィ様のワーウルフ達が来てくれたんだ!」

 動揺の広がる俺達と、逆に活気づく人間ども。

 その混沌とした状況の中、奴らは四本の足で駆けてきた!


「うごおっ!?」

「く、くそっ! 怯むなお前らっ!」

「助かった! これでっ、え!?」

「ち、違うぞ!? シルキィ様のワーウルフ達じゃないっ!」

 だが俺達だけじゃなく、人間達にとっても、これは想定外だったようで。


「ちいっ! ちょこまかと……な、何だあ!?」

「人間どもまで怯えてやがるぞ!?」

 俺達と、そして人間。その間でどちらからも距離を置かれるように、そいつらは立ちはだかったのだ。


「く、黒い……毛」

「話に聞いてた奴らじゃねえな」

「お前が、リーダーか?」

 そうして一匹のワーウルフが、俺の前に進み出てきたのだ。


「お前ら、ここに何しに来た」

「……はっ! 知れたこと! 人間どもから奪いに来たのよ!」

「なら帰れ、俺達にかみ殺されないうちに」

「はっはは! おもしれえ冗談だ! っていうかてめえらこそ何なんだっ! 何で人間なんて庇ってやがる!」

「何で……か」

 目の前の若い雄のワーウルフは、どこか考え込むように、空を見上げる。


「この村の人間達がくれたという食糧は、美味かった」

「……は?」

「そうだっ!」

「スープなんて食べたことなかったけれど、食べたら結構いけた!」

「こいつらは俺達が守る!」

 口々に叫ぶワーウルフ達と、そんなことは知らないと顔に書いてある人間ども、何だ? 何なんだ?


「はん! 何訳の分からない事言ってやがる! いきなり話しかけてきたかと思えばよお! ってか、周りを見てみやがれっ!」

 俺は、俺達で取り囲んだ村を、その中で怯える人間どもを見渡して叫ぶ!


「どう考えたっててめえらが出てきたのは自殺行為だっ! わざわざ殺されに来ただけだっての! そんなのも分からねえのか!?」

 ギャハハハハと周りからも、俺に同調する声が響く。


「てめえらは頭がいいとか言われてるが、実際はただの馬鹿じゃねえか! 何しに出てきたんだって話だよ! こんなところにっ!」

「お前は、頭が悪いな」

「なっ、なんっ! 何だとぉっ!?」

「時間稼ぎに出てきたに決まってるだろ」

 何だとこらあっ! 時間稼ぎだと!?


 ……時間稼ぎ、だと?


「何をうろたえているんだ、人間達っ!」

 そうしてワーウルフの、恐らくはそいつがリーダーだ。若いそいつは声の限りに叫ぶ。

「ここはお前たちの村じゃないのかっ! 食糧を奪われたくないだろう! 仲間を、こんな奴らに差し出したくないだろう!」

 俺を睨みながら、その若さで、修羅場をくぐってきた男の顔で、奴は叫ぶ。


「だったら戦えっ! 困難でも苦しくても、望んだ未来に進む覚悟を決めろっ! アイツらのリーダーは、俺にそう言ったんだぞっ!」


 そいつの叫びが、この状況を、俺達に圧倒的に有利な状況を、徐々に塗り替えていく。


「あ、あいつらの、リーダー? そうかっ! ワーウルフ達のリーダー、つまりシルキィ様の事だっ!」

「あいつらはシルキィ様の仲間だ! 俺達の仲間だっ!」

 何がどうなってるか分からねえが、奴らは、こんな状況なのに活気づいていく。


「そ、そうだっ! 諦める訳にいかねえっ!」

「ここは俺たちの村だっ!」

「シルキィ様が援軍をくれたんだっ! お、俺達だってもうやるしかねえっ!」

「援軍は来てくれる! それまで持ちこたえるんだ!」

「俺達兵士が諦める訳にいかないだろうっ! ワーウルフ達と協力して、持ちこたえろっ!」

 何の力もねえ村人どもが、ボロボロでさっきまで諦めかけてた兵士どもが、それぞれが立ち上がり、一丁前に吠えてきやがる!


「てっ、てっめええええらああっ!」

「……それと、もう一つ」

 リーダーは静かにソレを纏わせ……いや、奴だけじゃない、奴らの群れから、一回り、敵意よりも大きな気配。


 それは紛れもなく、殺気!


「お前らに殺された仲間の(かたき)、討たせてもらうぞっ!」

「ほざけえええっ!」

 そうして俺達とそいつらの戦いの火ぶたは、切って落とされたのだった。


――


「はーいクソザコ。動くんじゃないわよ?」

「くっ」

 ミルキ・ヘーラを人質にとったそいつは、憎たらしい笑みを浮かべてこちらを見つめる。


「餌にまんまと釣られてやんの! ここまで来たことは褒めてあげるけど……って」

 そいつの視線が、俺と、この手で触れているマルエラに。

「あんた、何? それ……まさかっ、あんた本物の吸血鬼!?」

 どうやら本当に吸血鬼がいたとは思っていなかったのだろう。俺の手から出る血でマルエラを治療していることに心底驚いていた。


「あっぶない危ない! 危うくあの村の人間達を取られる所だったってワケね」

「あの村の人間達を、お前らはどうするつもりだったんだ?」

「はっ! クソザコになんか教えませーん!」

 きゃはは、と俺を小馬鹿にしたように、そいつは笑う。


 黒くくすんだ金髪ツインテールの少女。だがそれは、その姿の半分だ。

 彼女の腰のあたりから伸びる、二本の長く茶色い足。そして人間の足とは別に、スカートの後ろから地面に伸びる四本の足は、完全に蜘蛛のモノ。まるで少女の姿が人間を騙すための疑似餌のよう。


「なあに? あたしの姿に見惚れてんの? やだキモーイ!」

「その姿はひょっとして……カニ?」

「ちっげえよバーカ! どこどう見たらあたしがカニに見えんだよっ! 【アラクネ・デルード】のシャーロンよ!」

 アラクネ・デルード? ふむ、響きからすると古い言葉……欺くやからかう、みたいな意味だったか。


「アラクネもどき?」

「だからアラクネ・デルードだっつってんだろ!? 話聞けよバーカ!」

 ふむ、口はだいぶ軽そうだ。これなら……。


「で、クモモドキだかカニモドキだか知らんが、第四悪魔商会(フォース・ダイモーン)はお前みたいなのに何をさせてたんだ?」

「だからっ……って!? な、なんであたしが第四悪魔商会所属って!?」

 裏は取れた。やはり背後にいるのは悪魔か。


「あの村で何をしていた? まあろくなことじゃないんだろうが」

「はっ! あの村はただの囮。強い人間の勇者をおびき出すための餌よ!」

 ほうほう、悪魔も人間と同じように、あの村を餌に互いをおびき出そうとしていた訳か。

「なのにアイツ、しくじりやがって! 折角うまくいってたのに! おまけにあんたらまで来て状況はめっちゃくちゃよ!」

 アイツ? 俺達が来る以前に何かをしくじった?


「強い勇者なんか捕まえてどうする? ペットとして飼うつもりか?」

「はっ! サービスするのはここまでよっ!」

「っ!?」

 いつのまに近くまで来ていたのか、周りにオーク達の気配が。

 俺達を取り囲むように、十……いや二十近いオークが、大きな輪で俺達を囲っていた。


「あたしがベラベラあんたに話してやったのは、あんたたちがもうどうしようもないって知ってるからよ!」

「うぐっ!」

「なっ!?」

 シャーロンの鋭い足が、ミルキ・ヘーラの首を浅く斬りつける。

 溢れた血は、彼女の足を伝って零れ落ちる。


「さっきワーウルフを、村へ助けを呼びに行ったって知ってんのよ!? 時間を稼げば仲間が来てくれるって思ってんでしょ? あっはは! バカじゃない!?」

「な、に?」

「一旦村へ引き返した連中は、今頃村を襲っているオーク軍団にボコられてるわよ! こっちを助けになんて来れる状況じゃないわ!」

 シャーロンは微妙に勘違いしたまま、俺達に打つ手はないのだと言って高笑いする。勝手に状況を見誤ってくれるのはありがたいが、ミルキ・ヘーラが人質に取られているという状況は変わらない。


 そして今は、俺も身動きを封じられている。一度始めてしまった治療は、中断ができない。

 中断すれば、マルエラは……。


「お前、どうしてワーウルフを助けに呼びに行かせたと知っている? あいつは、蜘蛛の巣に触れないように注意しているはずだが」

「はっ! あんたらが勝手に勘違いしてんでしょ? あたしの糸に触れなければ気づかれないって! あっははは! んなわけないじゃんバーカ!」

 な、なんだと?


「あたしたちは糸を伝う『振動』で獲物の動きを感知してんのよ! 直接触れなくたって、そばを通り過ぎる風で糸は揺れんのよ! それに知らないの!? 例えば声だって、空気を立派に『振動』させてんのよ!?」

「そ、れは……本当に予想外だ」

 奴の言う通り、音は空気を振動させることによって伝わる。例えば糸電話も、ピンと張った糸を振動させることで声を遠くまで届けるのだ。


 まさか会話も、筒抜けだったのか!?


「じゃ、あとはオーク達に黙ってボコされてね。ちょっとでも抵抗すれば、このクソザコデカ女の顔、二度と見れないようにしてやるから」

「あっ!」

 シャーロンの足は、ミルキ・ヘーラの美しい顔へ。触れた部分が裂け、そこからまた血が……。


「やめろっ、それ以上」

「おーいおいザコ弟子、話聞いてなかったの? 黙ってないとあんたの綺麗な師匠の顔、ズタズタになるよ? こんな風に」

「っ!?」

 つう、とシャーロンの足が線を引く。ためらいもなく……コイツは彼女の顔に、一本の傷をっ!


「うっひゃははっ! おっもしろーい! そんなに嫌だった? 大好きなお師匠様の顔が傷つくの!?」

「あ、こ、のっ!」

「はいはいザコ師匠も動くんじゃないわよ。まああたしの糸に絡まれてちゃ動けっこないけどさ、動けたとして、あんたに何ができんの?」

 その言葉に、びくっとミルキ・ヘーラの体がこわばる。


「あんた、弟子とワーウルフがいなきゃなーんもできない、ただ顔がちょっといいだけの女じゃない。足手まとい、クソザコ、ざーこ、ざーこ、ざーこっ!」

 捕らえた獲物をいたぶるように、顔に、一本、また一本と静かに線を刻んでいく。や、やめろっ! 彼女を、ミルキ・ヘーラをそれ以上っ!


「あ、そっちの茶髪女はもういいの? 見捨てる?」

「あっ、く、くううっ!」

「ていうか自分の心配もしたら? これからここにいるオーク達に……骨の髄までバッキバキにされんのよアンタ!?」

 オーク達がぞろぞろと迫ってくる。へへへと彼らの下卑た小声が聞こえるくらいに、近くに。

 殴られても俺は死なない。けれど集中が切れれば、あるいは血を流している腕をへし折られれば、マルエラは……それに、ミルキ・ヘーラもっ!


 絶体絶命っ……。


「御当主様」

 そんな中で、まるで森の暗がりに一筋の光が差し込むように、声が響く。


「こちらは私に、任せてくれませんか」

「ッ! ミルキ……」

 両手をあげさせられ、縛られて身動き取れない状況で。

 彼女はただただ、頼もしく。血にまみれたその顔に、笑みを浮かべて。


「御当主様は、マルエラさんの治療を続けてください」

「ごとうしゅ? 何? あんたら一体どういう関係なわけ?」

 シャーロンや、俺に殴りかかろうとしたオーク達も、彼女のそんな姿に引き込まれるようにそちらを見て……。


「ミルキ・ヘーラ」

 お前は今……俺に、希望をくれた!


「そっちは、任せる」

「はいっ!」

 満面の笑みで、彼女はそう答えたのだった。


「……盛り上がってるとこ悪いけどさ? これから始まるのはあんたの弟子、じゃない、ごとうしゅ? の処刑なんだけど?」

「ふふ、あなた、まだお子様ね」

「あ?」

 ミルキ・ヘーラはまるで普段の会話のように、気軽に彼女にそう話しかけ。


「ねえオークさん達? そんなボロボロの子より、私と遊ばない?」

「え?」


「おっ、う、おおっ!? マジか!?」

「や、やべえっ! 話に聞いてたがすっげえ美人じゃねえかっ!」

「おいおい、俺達を誘おうってか!?」

 一瞬で浮足立つオーク達。彼女の言葉に、誰一人として俺の方を見なくなった。


「ちょちょ、ちょっとバカオークどもっ! 何釣られてんのよ!? いいからさっさとそこのクソザコを」

「させないわよ」

「は?」

 ミルキ・ヘーラは、その腕に、力を込めるように。


「させるわけ、ないでしょっ? 目の前で、愛する人に、これ以上、あんな顔っ!」

「何言ってんのあんた? ひょっとしてあたしの糸引きちぎる気? ふははっ! バーカ」

 ミシミシと、木が軋む音がする。大地が徐々に、揺れ始める。


「あたしの糸はね、鋼鉄の数倍の強度なのよ!? そんなちょっと気合入れた程度でっ!」

「私は足手まといにっ! なりに来たんじゃ、ないっ!」

「はっ! だから無駄だって……へ?」


 そうだな。蜘蛛の糸は、同じ大きさの鋼鉄の倍以上の強度があるんだったな。

 だが普段そんなことを気にかける者はいないだろう。何故って、そもそもサイズが違うからだ。脆弱な人間だって、自分の手のひらサイズの蜘蛛の糸なんか、平気で引きちぎる。


 そう……。


「なっ!? な、何よあんたっ!?」

「な、なんだこりゃああっ!? ふ、服が千切れてっ!?」

「嘘だろっ!? こ、コイツ、デカくなってっ!」

 ミルキ・ヘーラのサイズなら、そんなものは枷にもならない!


「きょ、巨人っ!? う、ウソ嘘っ! な、何であんたみたいなのがこんなとこにっ!」

 十五メートルにも達しようかという彼女は、その手を、大きく上に振りかぶり……。


「えちょ、はっ!? 嘘やだやめっ! ぎゃあああああああああああっ!」

「うぐおあああっ!?」

「うぶあああああっ!」

 文字通り虫を叩き潰すかのように、振り下ろしたのだ!


 衝撃が大地を揺らし、地面に深々と穴を開ける。

 凄まじい一撃は、それだけで木々をなぎ倒し、森の暗闇に光を差し込ませた。


「あ、ああっ、あああっ!」

「よけー、られちゃいましたかー!」

 大音量の声に合わせ、次は外さないとばかりに、再び手が持ち上げられる。


「くっ、くそっ! オークどもっ! この女はいい! 先にそいつをっ!」

「ッ! させー、まー、せーんっ!」

 ぎゃあああああっ! という声を他所に、俺はマルエラの治療を続けた。

 こうなればもう彼女の独壇場だ。彼女がそう宣言した通り、足手まといなんかじゃない。

 仲間の窮地を救うことができる、頼れる俺の、愛しい少女だ。


「……あ」

「っ! 意識が戻ったか、マルエラ」

 そんな中、虚ろだった目にも光が宿る。


「あ、キーア……く、ん」

「今、俺の血を君に流して治療している。大丈夫、君は、俺が助ける」

 俺の言葉で、彼女は自分の胸に触れている男の手を見る。そこから流れている、熱い、吸血鬼の血を。


「そ、か……キーア、く、ん……吸血鬼、だった、んだ」

 俺の正体……ああ、こうなってはもう隠せるはずもないな。


「すまない。君をずっと、騙していた」

 村人たちのあの恐れよう。この世界の人間の感覚はまだ分からないが、少なくともあの村では、吸血鬼は恐るべき、忌むべき存在なのだろう。

「黙っ、て……いるよ?」

「え?」

「キーア、くん、の、事……内緒に、する。だから……私たちの、村で、キーア、くん、も……」


 マルエラは、その瞳を揺らがせることなく。

 吸血鬼をかばうと、真っ直ぐな言葉で、俺を見て告げる。


 あるいはそれは、俺にとって、安住の地となるかもしれない言葉だった。人間を守り、人間に守られ、共に暮らす。森の中で、ひっそりと。

 かつて大妖怪がそうしていたように、そんな共存の道だって、確かに、こうして存在したのだ。


 けれど……。


「俺には、帰る場所がある」

 何人ものオーク達、モンスターな少女達が暮らす、荒野の城。


「君と俺とは、住む世界が違う。一緒には、暮らせない」

 もうすでに、安住の地はここだと、決めてしまった。


 争いの絶えない世界で、よりによって魔王軍に喧嘩を売って、安住などという言葉からは程遠いのが現状だけれども。


 それでも、俺は……。


「は、はっ……」

 そんな俺を、彼女は笑う。

「にど、も……ふられ、ちゃ、た」

 その瞳から、一筋涙をこぼして。


「ありがとう、キーア、くん……」

 彼女はそうして、嬉しそうに、心からの笑みを、浮かべて。

「にど、も……たすけ、て、くれ、て……」

 その言葉を最後に、彼女はまどろみながら、落ちていったのだ。

 体の方が限界だったのだろう。傷の治療は済んだが、まだ体力の回復はできていないから。


「俺の方こそ、言わせてくれ」

 少女を優しく横たえて、俺も、心からの言葉を贈る。

「ありがとう」


 俺のシャツを脱いで、そうして彼女にかぶせながら、様子を見る。

 呼吸は安定している。怪我は全て治したから、しばらく安静にしていればまた元のように暮らせるだろう。

 俺はそっと、立ち上がる。


「ミルキ・ヘーラ。彼女を頼んでいいか?」

「はいー」

 頭上から聞こえた声は、けれどシュルシュルと小さくなっていくミルキ・ヘーラに合わせて近くなる。顔の傷は……どうやら、巨大化と同時に消えたようだ。


「そっちも片付いたな」

「そ、それが……すいません! あの蜘蛛の子、逃がしてしまって!」

 ミルキ・ヘーラは心底申し訳なさそうにそう言うが、別にそれくらいは問題ない。


「あとは俺がやるさ。よくやってくれた」

「あ、はい!」

 満面の笑みで、俺の愛しい少女は応える。その姿はいつか見た下着姿で……ああそうか、巨大化すると服は千切れるんだな。逆に下着が無事なのは凄いが。


 あー……こういう時、かけてやれるシャツがもう一着あればいいのに。


「ふふ、別に私はこの格好でも恥ずかしくはありませんよ? それでも御当主様のシャツをかけてもらえないのは残念ですが」

 ミルキ・ヘーラは、すうすうと寝息を立てる少女に優しく微笑み。

「今回は、お譲りします」

 すまんな、女性関係にだらしのない男で。


「では、行ってくる」

「はい、御当主様」

 彼女は光が差す森の中、俺を柔らかな笑みで真っ直ぐ見つめて。


「どうか、お気をつけて」


 そうして見送られるまま、俺は森を駆けていくのだった。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名

従者:ベーオウ

同盟:大魔王ガルーヴェン

従属:なし


備考:【アラクネ・デルード】について

・アラクネ・デルードは通常のアラクネ種より小型で、擬態能力が高い傾向にある。六本の蜘蛛の足と二本の人間の手、そして人間の足に擬態した牙を持ち、戦闘能力では通常種に劣るが、知恵を使い狡猾に人間をだまそうとする。

 また強靭な糸を自在に操り、多くが罠を張って獲物を待ち伏せる。大半は小柄な容姿から魅力的な少年少女に化けているため、注意が必要である。





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