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細い糸を手繰って



「あそこか」

 俺達が急いで駆け戻ると……血の匂いの中心、そこに一人の兵士がいた。

「ご、御当主様っ! あれはもしかして!」

「ああ」

 針葉樹の陰からその姿を見て、ミルキ・ヘーラも俺も確信を持つ。あいつは村に来ていた人間の兵士。

 木の根元に座り込むように……いや気絶している? 血まみれの鎧で負傷してると分かるが。


「大丈夫ですか!?」

「……あっ、え、し、るき、さん」

 駆け寄る俺達に顔をあげ、弱々し気にその男は口を開く。

「何が、何があったんですか!?」

「き、みたちに、知らせ……と、ちゅ、オークに、やら、れっ!」

 男は気力を振り絞るように、熱を取り戻しながら必死に言葉をつなぐ。出血量から見ても重傷とまではいかないか。へこんだ鎧を見るに、オークに殴られて気絶していた、という感じだ。


「きゅ、吸血鬼はっ……こっちじゃ、ないっ! む、村の西にっ! いるって、情報が」

「なっ!?」

 吸血鬼が西にいる? 何だ、その情報は。


「哨戒兵が、む、村の西側、少し行ったところに、きょ、拠点を、見つけたって。だ、だから、俺、シルキィさんに、つ、伝えにっ!」

「わ、分かりましたっ! しっかり、受け取りましたから!」

 どうなっている。

 吸血鬼が村を狙っているという情報自体が俺達のついた嘘なのだが、それでどうして西に吸血鬼がいるという話になる?

 カプチーナたちが見つかった可能性もあるが、あの鍜治場はどちらかといえば村の東寄り、恐らくは関係ない。


 まさか……奴らは……。


「それ、でっ、あの、子は? ぶ、無事、なの、か?」

「え?」

 ミルキ・ヘーラは、兵士の震える言葉に聞き返す。あの、コ?


「お、おいカイッ!? この匂いっ!」

「クーナ? どうし……」

 血相を変えて叫ぶクーナに何かと思い……いや、ちょ、ちょっと待てっ!


「誰の事ですか!? あの子って、誰です!?」

 俺は思わず兵士に掴みかかる。


「え、あ、マルエラ、だけれど……い、いないの、か!?」

「ッ!?」

 な、何だと!?

「お、おれが、知らせにいくって言って、森の奥に入るのに、あ、案内がいるだろうって話に、なって、そ、それで」

 ば、バカな!? 連れて、来たのか!?

 危険だと分かり切っているこの森に、あんな少女を!?


「彼女、き、君に……君の、せめて力に、なり、たいって」

「あっ……」

 な、何て、ことっ! 彼女は自分からっ!


「す、すまな、いっ! お、俺っ、女の子一人、ま、守れなく、てっ! あ、あのっ子は! き、君のっ、ことっ!」

 兵士は痛む体に鞭を打つように、嗚咽交じりに、必死に、俺の目を見て。

「た、頼むっ! か、彼女の、ことっ!」

「……分かり、ました」

 俺は、気づかれないようにトンと背を叩く。脊椎と脳を揺さぶらせると、彼はそれでまどろみの中へ。


「血の味は嘘をついていない。本当だ」

 気絶する寸前、彼の胸中を占めていたのは深い後悔。

 自分の無力さと、それで犠牲にしてしまった少女に対する、やりきれない気持ち。


「ダメだ! あの女の匂い、ここで途切れてる! これ以上辿れない!」

「わざとここにだけ残したか……くっ!」

 俺達に知らしめるためだ。兵士の傍には、匂い消しの薬草を炊いた跡がある。量からしてそれほど長くはもたない、時間差でここを発見させるだけの分だ。

 狙い通り、奴らは打って出てきたというのに!


「ど、どうしますか!? 御当主様っ!」

「俺達の挑発に挑発で返したのか……いや、違う。村の西に吸血鬼がいるという話は何処から来た?」

 冷静になれ。アイツら悪魔は頭がいい。何か狙いがあって兵(・)士(・)か(・)ら(・)情(・)報(・)が(・)伝(・)わ(・)る(・)よ(・)う(・)仕(・)向(・)け(・)た(・)のだ。


「追えと……そして、戻れと、言っているのか?」

 マルエラを探す側、そして吸血鬼を狩りに行く側……二つに分断させるつもりで?

 その時、俺とミルキ・ヘーラを除く全員が……ワーウルフ達が、一斉に顔をあげ。


「ッ! カイッ! 合図だっ!」

「来たかっ!」

 クーナ達にはそれが聞こえたのだろう。俺やミルキ・ヘーラの耳に聞こえない、その音が!


「クーナ達は村に戻れ! それで……俺と共に来るはずだったグループは、ミルキ・ヘーラとラルフ以外は西に向かって走れ!」

「えっ!?」

「リーダー達は別行動なのか!?」

 ワーウルフ達は俺がついてこないことに驚く。まあ、そうだろうな。


「クーナ達から何人か、この兵士を担いで村へ運んでくれ。あとはクーナ達は手筈通りに。西に行くチームは予定を変更して、蜘蛛の巣を突っ切って適当に進め」

「く、蜘蛛の巣を突っ切る!?」

「移動してるのがバレるぞリーダー! っていうかどこに向かうんだ!?」

「言った通り、適(・)当(・)に(・)西(・)だ。その後は村の方へ合流しろ。これで俺達は二手に分かれたと、奴らに勘違いさせる」

 予定とは違うがこれでいい。吸血鬼がいるとされた場所に俺達が探すものは、多分ない。


「俺とラルフとミルキ・ヘーラは東に進む。霧の中を手探りするようなモノだが、これしかない」

 悪魔と知恵比べなんてしたくないが、奴らは恐らく、俺達の手札を正確には把握していない。

 それこそが、付け入る隙となる!


「全員、行動開始だ!」

「おう!」

 掛け声とともに、俺達は分かれて森を駆ける!


「蜘蛛の巣には気をつけろ。俺達は引っかかるわけにはいかないぞ」

「は、はいっ!」

「リーダー! 俺達はこれからどうするんだ!? やみくもに東に進むのか!?」

 ラルフは上手くジャンプして蜘蛛の巣を飛び越えながら、俺に尋ねる。


「残念だがそれしかない。何か音でも、匂いでも、痕跡でも、見つかるものは何でもいい、知らせろ」

「御当主様! でしたら私が見渡して」

「それはまだだ。奴らが俺達の行動を把握しようとしているのなら、こっちから目立つのはマズイ」

「あっ!」

 ミルキ・ヘーラは当たり前のことに思い当たったようだ。そう、以前彼女は高いところから見渡せると言ったが、実際には使いどころはかなり限られる。

 こっちから見えるというのは、向こうからも見えるという事だからな。


「気にするな。俺はお前を同情で連れていく訳じゃない。俺とワーウルフ達はモノを探す感覚が似ている。獲物を狩るための力だからな。だから、そうじゃないお前の視点が欲しいんだ」

「は、はいっ、頑張りますっ!」

 落ちかけた気力を取り戻すように、彼女はそう答える。

「頼む……何か、手掛かりをっ……!」

 そうして呟いた、その直後。


「ッ! リーダー! なんか匂う!」

「! 本当かラルフ!?」

「ああ! こっちから、微かにオークの匂いだ!」

 よし、でかしっ……。


「オーク、だけか?」

「えっ? そうだ、オークの匂いだけだ!」

 ラルフの案内に従って進むと、ラルフは勢い良く尻尾を振る。


「ここからはよーく匂うぞ! あいつら、きっと匂いを消すのを忘れたんだ!」

「マルエラの匂いは?」

「えっ?」

 ラルフは思い出したかのように急いで鼻をあちらこちらに向けるが……。


「しない……何でだ? あの人間の匂いは、ちゃんと覚えてるぞ!?」

「二手に分かれたのでしょうか? 御当主様、これは」

「誘導されている……」

 ワーウルフの鼻に頼る俺達に『こっちに来い』と言っているのだ。


「さっきの兵士は言葉で、こっちはそのままオークの匂いで俺達を誘っているな。ラルフ、匂いはどっちに続いている」

「このままあっちに真っ直ぐ!」

「東、か」

 兵士は俺達を村の西側に向かわせようとした。こっちは東だ。村は北にあるのだから……。


「単純に考えればここから南だ」

 天邪鬼な思考で、奴らの拠点を探るしかない。

「手掛かりは掴めている。恐らく、奴らに迫ることもできている。後は……決定的な何かを見つけられればっ!」

 俺達は再び南に向かって進む。


 だが……迫っていたとして、本当にたどり着けるのか?

 奴らはその気になれば匂いを消せる。つまりこの広い森の中では、方向だけ分かったところで大した意味は……。


「あの、御当主様」

「ん!? 何だ、何か見つけたか!?」

「あっ、いえ、その……糸を避けるのが、少し難しくなってきていませんか?」

 ミルキ・ヘーラの言葉に足を止め、俺は彼女を振り返る。


「ああ、すまない。少しペースを落とすか」

「えっ!? い、いえそういうことではなく! ひょっとして、拠点に近づいているから、糸を慎重に引っ掛けようとしているのでは?」

 ふむ? 拠点の近くだから糸を……。


「そうかっ! あいつら大事な所は沢山蜘蛛の巣を張ってるんだな! 用心しているんだ!」

 ラルフがはしゃぐ中、そんな単純で分かりやすい仕掛けにするだろうかと首をかしげる。だいたい蜘蛛の糸で動きを感知したいのなら、より分かりにくいように隠すだろう。あると分かれば避けて通……。


「糸を、分かり、づらく……」

 そうして糸を避けるために下に向けていた視線を、そう、ほんの少し上へ……。


「ミルキ・ヘーラ」

「あ、はい、何ですか御当主様」

「愛している」

「えっ!?」

 ビンゴだ。


「糸が避けにくくなっているのは、そっちに注意を向けさせるためだ」

 引っかけるための糸が張り巡らされているのとは別の所……上の方、木を伝っていくように、まるで電信柱に通された電線のように。


 細い糸が、真っ直ぐ、一方向に伸びている!


「何のためかは分からんが、奴らがこれを隠しているという事は」

「! これを辿れば、彼らのいる場所へ!」

 これで決定打だ!

 俺達は蜘蛛の巣を避けながら、今度は導かれるように、その糸を辿って……。


「ありましたね」

「あそこ、だな!」

 俺達は、とうとう森の暗がりにその入り口を見つけた。


 蜘蛛の巣をまるでオブジェのように、門を飾るロープのように巻き付けている。一部はレースのカーテンのように、向こう側を遮るようにかけられて。


「ラルフ、この場所を村に行って知らせろ。向こうが片付いたらクーナ達をこっちに連れてくるんだ」

「分かった! リーダーと姉御は?」

「俺達は一足先に中に。あまり、悠長に構えている余裕もない」

 予定とは違ってマルエラがさらわれているのだ。彼女の安否を考えれば、ここで立ち往生するわけにもいかない。


 ラルフを村に向かわせ、俺とミルキ・ヘーラは、敵の本拠地へ足を踏み入れる。


「まるで、森そのものを家にしたようですね」

 間仕切りのように、木々の間に張った布状の蜘蛛の巣を壁にしている。俺はどちらかといえば迷路だと思った。ここに入り込んできた獲物を狩り取るための、奴らの巣だと。

「留守、なんでしょうか」

「用心しろ、何が出るかっ!?」

 気配を手繰りながら進むと、傍の木に何かつり下がっているのに気付く。待ち伏せかと身構えるが……。


「あっ……」

 それを見たミルキ・ヘーラが、思わず声をあげる。


「人間か……血の匂いもしないな。ここまで干からびていたのでは」

 そこに吊るされていたのは、人間のミイラだった。

 分かる範囲で分析するなら……女性、か? 黒の長髪に胸のふくらみらしきもの。長年放置されて水分が抜けきってしまったような、そんなむごたらしい死体。


「蜘蛛の糸に吊るされて放置、か? それとも何か別の」

「ご、御当主様、あっちにも」

 小声でミルキ・ヘーラが指し示した先、同じように干からびたと思われる死体。あちらは人間ではなく……。


「ワーウルフ」

「ッ! ま、まさか、殺されたというバンダーさん達のっ!?」

 流石にそこまでは分からない。黒い毛並は確かに彼らのモノだが。


「趣味の悪い家だ」

 進めば、そういう死体はあちこちに見られた。

 誰もかれも水分が抜けきっており、もはや誰が誰だったのかも分からないほどだ。これはまるで……そう、蜘蛛に狩られて巣に放置された、残骸のようで。

 不気味なほどに静かで、匂いもせず、気配もない。あるのは干からびた死体だけ。森の暗がりの中、奴らの巣の奥へ奥へと、俺達は誘導されている。


 だがそれでも、俺達は進む。何故なら……。


「ッ! いたっ!」

 囚われの少女が、そこにいるから!


「ッ!? こ、これは……こんな……」

 ミルキ・ヘーラは、彼女の惨状に一度だけ、目を伏せる。

 近づいてようやく、俺は彼女の血の匂いを嗅ぎとることができた。

 全身を斬り刻まれ、あちこちから血を流す彼女。その血の匂いに混じって、腐臭のような、ひどい匂いが鼻を突いてくる。


 何の匂いかは、すぐに分かった。


「……まだ、息がある」

 俺は慎重に駆け寄り、罠がないことを確認してから……彼女を縛り上げていた糸を、手刀で切り裂く。

 全身を血と、ソ(・)レ(・)で汚された、裸(・)の(・)彼(・)女(・)を抱きかかえる。


「俺の力で治療する。何とか、なるはずだ」

「あっ、よ、良かった」

 ミルキ・ヘーラはすぐに傍によって、ハンカチで彼女の顔や髪を拭っていく。

 マルエラは意識がない。虚ろな瞳で、どこを見るという訳でもなく、ぼんやりと世界を眺めている。


 体中を……鋭利な刃物というより、何か尖った硬いモノでやられたのだろう。ギザギザに裂けた傷跡が惨たらしい。俺のような吸血鬼に治療されなければ、命が助かっても一生傷跡が残っただろう。


「綺麗に、してやるからな」

 俺は、無責任だがそのくらいしか、かける言葉が見つからなかった。

 全身に刻まれた切り傷、そして打撲のあと。それを上書きするかのように、塗りたくられた汚物。


 奴らが兵隊として使っているのはオークだ。それに連れ去られた少女の……これが末路だった。


「……すまない」

 彼女の胸に手を当て、俺の血を流しこむ。

 奴らが彼女を狙ったのは偶然か、それとも俺と親しくしていたからか。それは分からないが……。


「……あ、だ……れ?」

「ッ!?」

 マルエラではない。

 かすれた声の方を向くと、ちょうどこちらから木で隠れるように、両腕をYの字に吊るされた、一人の少女がそこにいた。


「た、たす……たす、け……」

 見た目は、子供だ。

 黒交じりの金で、カールのかかった癖のある髪。それをサイドで二つに縛ったツインテール。肩までぐらいのそれをふわりと揺らす、十代を過ぎたくらいの少女だ。

 緑に光る瞳。白のシャツをはだけ、チェック柄の黒と黄のスカートの端を擦り切れさせている。かすれた声で『助けて』という言葉を、弱々しく繰り返して。


「大丈夫っ! 今助けるからね!」

 ミルキ・ヘーラはそんな少女にすぐに駆け寄る。

 蜘蛛の糸で縛られ、今にも乱暴されそうな姿の……。


「待てミルキィッ!」

「えっ!?」


 何で彼女は無事なんだ!?


 傍にいたマルエラがこんな惨状なのに対し、彼女は服が中途半端にはだけさせられているだけ! これだけ近づけば血の匂いだって嗅ぎとれるはずなのに!


 その子は何一つ、傷ついてなんかいやしない!


「きゃっ!?」

「く、くっ……くっくくくくくくくっ!」

 彼女を助けるために近づいたミルキ・ヘーラは、見えない何かに引っ張られるように両腕を上に。そのまま、無防備な姿勢で少女に後ろから抱きつかれ……。


「引っかかってやんの、バァーカッ!」

「くっ!?」

 身動きを封じられたミルキ・ヘーラの首に、鋭く尖ったソレが伸びる。こげ茶色で硬質の……長い二本の蜘蛛の足が!

「ようやく捕まえたわ! 目障りでうっとおしいザコビーストテイマーどもっ!」


 さっきまで息も絶え絶えだった少女は……蜘蛛女は、邪悪にこの上なく嬉しそうに、口の端を歪めるのだった。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名

従者:ベーオウ

同盟:大魔王ガルーヴェン

従属:なし

備考:第七悪魔商会と契約中、村の護衛に、黒毛のワーウルフ達と協力関係に





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