作戦開始!
「きゅ、吸血鬼が出た!?」
「う、嘘だろっ!?」
人間の村は、彼女の一言で蜂の巣をつついたような大騒ぎだ。
「本当ですっ! この森にいますっ! 私も噛まれましたっ!」
首から血を垂らし、痛々しい姿で現れたミルキ・ヘーラに、村人たちはそれが真実だと疑いもなく信じたのだ。
……事実、その傷は正真正銘吸血鬼に噛まれた跡だからな。
「きゅ、吸血鬼が出たなんてっ! ど、どうするっ!?」
「へ、兵士に連絡だっ! こんなのもうオークどころの騒ぎじゃねえっ!」
村人たちは血相を変えて騒ぎ立てる。オークには大して動じなかった彼らも、吸血鬼相手では話が違ってくるらしい。やれやれ、吸血鬼の俺からすれば何とも複雑な光景だ。
「取り逃がしてしまいましたが、吸血鬼は逃げる際にこう言っていました。『こうなったら村の全員の血を今のうちに吸いつくしてやる』って」
「ひっ!?」
「こ、この村はもう終わりだっ!」
お、おいおい、そんなに怖がらなくても……。
「大丈夫です。私たちが、何とかします!」
「えっ!?」
ミルキ・ヘーラのその一言に、村人たちはまさかといった顔をして……。
「これから森に入って、吸血鬼の匂いを追いますっ! ですから、安心してくださいっ!」
「いっ、いやいやっ! いくら何でも無茶だっ!」
「そ、そうですよっ! シルキィ様が殺されちまうっ!」
口々に、さっきまであれほど自分たちの境遇を嘆いていた村人たちが、ミルキ・ヘーラに心配の矛先を変えたのだ。
これまで彼らにはビーストテイマーという嘘を通し続けてきたが……その中でミルキ・ヘーラが築いた絆だけは、どうやらホンモノだったようだ。
「大丈夫です。私たちはそう簡単にやられたりなんかしません。それに……私たちに良くしてくれた村の皆さんを、こんな所で放って逃げるわけには、いきませんから」
その姿は勇敢で、清廉で、美しく。村人たちの目にも、彼女はそう映った事だろう。
ああ、そうか。例えその身や言葉を偽っていても、その思いに、心に、嘘は無いのか。
だからこそ、彼らにも届く。
「し、シルキィ様っ!」
「シルキィ様っ! お願いしますっ!」
「お、俺達の村をっ! どうかっ! どうか救ってくださいっ!」
彼ら村人の目に、もう絶望の色はなかった。
不安も恐怖も消えたわけではないのだろう。だが、打算的に、生き残ろうと必死にミルキ・ヘーラを繋ぎとめようとしていた頃の彼らはいない。
彼らは、真に希望を手にしたかのように、喝采を送ったのだ。
その喝采を背に受け、俺達は村を出発した。
「……まずは上手くいきましたね」
「ああ」
あそこまで吸血鬼の名が効くとは思っていなかったが、ひとまずは胸をなでおろす。
「これで、奴らをおびき出す」
そう、そのために一芝居打ったのだから。
――
「吸血鬼の名を使う、だと」
「そ。あいつら気が気じゃなくなるわよ」
カプチーナは心底面白そうに指をたて、それを振りながら続ける。
「今まで時間をかけて企んでたのが、突然やってきた吸血鬼に、ぜーんぶ台無しにされるかもって思うんだから!」
「た、確かに逆の立場から考えたらゾッとするが」
「だ、ダメよカプチーナ! それがどれだけ危険か分かってるの!?」
そう、それはわざわざ『敵対する』と宣言するようなモノ。
「もしあなたが吸血鬼だってバレたら、それこそ悪魔達に狙われる!」
「大丈夫、私家から出ないし」
「そっ、そんな単純な話じゃなくてっ!」
ドラーニャが怒鳴るのもどこ吹く風。金髪の吸血鬼は優雅にカップに口をつける。
「いざ戦うとなっても問題ないわ。戦闘には自信があるの。カイも知ってるわよね?」
ああ、まあ、そこそこはやれると思うが。
「それにドラーニャ、あなたもいるじゃない?」
「だ、だから戦わなければ戦わない方がいいって言ってるでしょっ! 何が起こるかなんて誰にも分からないのっ! だからっ」
「だから信じられるもののために、私は戦う」
その切り返しは意外だったのか、今まで反対一色だったドラーニャが、それで怯む。
「ドラーニャ、あなたと私なら、きっと大丈夫よ。だから多少危険でも、カイに協力したい」
「な、何で、何でそこまでして」
「私の大事な友達を、大切に思ってくれてるから、かな?」
そうして彼女は、その赤い瞳を俺へと向け……。
「吸血鬼って便利よね。血の味で相手がどう思ってるか……ホントの気持ちが分かるんだもん」
「ッ!?」
「え?」
う、お、おいまさかお前……。
「最初は気づかなかったわ。吸血鬼の、それもよりによってコールロードの血の匂いで飛び出したけど、よくよく近くで嗅いでみれば、ねえ?」
「あ、い、いやその……」
「私ね、流れ出たばかりなら直接味わわなくても匂いで分かるのよ。そいつが何考えてた、とかね」
そう、俺が手を切って血を流したのは……ドラーニャに迫り、彼女を至近距離で見つめていた……。
「なーにが『鍛冶師として君が欲しい』よ。剣なんかなくたって、あんたは」
「あ、わ、分かったっ! 分かったからちょっと待てっ!」
「あら? あんたでもこういうのには弱いの?」
そんなカプチーナと俺とのやり取りを見て、赤毛の少女は……ドラーニャは、徐々に答えにたどり着いたらしく。
「あ……えっ!? あ、あ、ああっ……!」
「い、いや、その、だな……こういうのは、誰かに、ばらされるものじゃないだろ?」
「あっそう? じゃあ、いつかあんたの口から言うのね、カイ」
ぷしゅううう、と、今度は本当に顔から湯気まで出して、ドラーニャは真っ赤にした顔を、手で覆ってしまった。
ああうん、これ、俺も恥ずかしいぞ? 心の内を覗かれるというのは、こ、こういう気恥ずかしさがあるのか。
……そうさ。自分でもいつからかなんて分からないが、俺は、君の事を……。
「という訳だから、悪魔どもをぶっ飛ばすのはあんたに任せるからね」
そうして……大人ぶっていた俺への仕返しでも済ませたかのように、彼女は悪戯っぽい笑みで、そう託していったのだった。
――
「このまま全員で、村から離れるんだろ?」
「ああ。できるだけ遠くにな」
ジャンジャーたち人間がとった作戦と同じだ。村から離れて隙を作り、そこを攻めようと動いた何かを迎え撃つ。ジャンジャーたちと違うのは、そこにうかうかしていられない事情を作った事。
「吸血鬼の雷鳴が、悪魔にも効いてくれればいいんだが」
人間の兵士にもあえて吸血鬼の存在を知らせて、どこかで悪魔の情報網に引っかかってくれることを期待する。
「それはいいんだが……折角避けられるようになった蜘蛛の巣にわざとかかりに行くっていうのはな」
「それは……すまない、我慢してくれ。俺達が村から離れたってことを教えないとな」
損な役回りを押し付けてしまったな。ワーウルフ達は久しぶりに感じる蜘蛛の巣のべとつきに何とも嫌そうな顔を浮かべて。
「あとでちゃんと取って……」
「ッ!? カイっ!」
クーナの緊張した声に、俺もこっちに来る気配に感づく。全員即座に戦闘態勢を取るが……。
「いや待て、この無防備な感じは」
「き、キーア君!」
はあはあと、息を切らすようにして駆けてくるのは、あの村に住む一人の少女。
「マルエラ! どうして」
「ご、ごめんなさいっ! で、でも、どうしてもっ」
皆、走ってくる彼女に何事かと顔を見合せている。早速村で何かあったか、それとも……。
「き、キーア君、本当に、吸血鬼を退治しに行くの?」
……どうやら、彼女は個人的な理由で俺に会いに来たようだ。
「ああ。けど安心して、村はきっと守るから」
「そ、そうじゃっ! なくてっ! き、キーア君……キーア君も、きっと、無事でいて!」
マルエラは、これまでに見せたこともない切迫した表情で、俺を見つめて。
「わ、私っ、私達村の皆だけ助かっても……わ、私、私っ! 私は、き、キーア君の事が」
「すまない、マルエラ」
「えっ」
先走るように言葉をつなぐマルエラに……俺は今の切迫した状況を理由に話を打ち切ることはできただろう。何だかんだ理由をつけて早く村に戻れと言い聞かせる事だってできただろう。
けれど俺は、そうしなかった。
「俺は、君の気持ちに応えることはできない」
「……あ」
彼女に何か言われる前に、彼女を振った。
「村は、守るよ。だから君も、村にいて」
ふわりと浮く肩までの茶髪が、小刻みに震えている。少女がそうして胸に手を当てているのを、俺は、黙って見ていて。
「ご、ごめん、ね? い、いままで、勝手に……わ、私」
そうして彼女は、言葉を続けることはせず……くるりと俺に背を向けて、元来た道を、駆けていった。
「すまない」
俺は身勝手に、彼女の背に向かって謝罪する。
こんなに答えを急がなくても、もっと彼女を傷つけない振り方だってあったはずなのに。俺と関係していると勘繰られて狙われても厄介だからと、また森の中に入られたら困るからと、こちらの事情で、一人の少女の気持ちを踏みにじった。
「……待たせたな」
それでも俺は、そうする道を、選んだ。
そんな俺に、誰も何も言わなかった。複雑そうな顔を浮かべながらも、それでも俺を見て。
「行くぞ」
先頭になって一歩を踏み出す俺に、皆、ついてきてくれたのだった。
そうして森を進むこと、およそ二時間。
「やっぱり、匂いを探っても何も分からないな」
俺達は間隔を開けて散らばり、何か痕跡がないかと探っている。既に何度も行った追跡法は、やはり効果がない。やみくもに探すにはこの森は広すぎる。
「奴らが動き始めるなら、そろそろであって欲しいが」
悪魔が慎重に動いて何もしないか、あるいは吸血鬼が村を狙っているのが嘘とばれれば、成果は得られないだろう。奴らから動いてくれなければ……。
「ん? カイ、何か今」
そんな中、クーナが何か感じたように立ち止まる。何だ? 何か、手掛かり……。
「えっ!?」
突然、俺にも強烈にソレが感じられた。
バカな……こんな強烈な匂いを、どうして今まで気づかずに!?
「カイ、分かるか? 私達には違和感程度にしか感じないが」
「ああ、俺には分かる……人間の血の匂いだ」
俺達の背後。
通り過ぎたはずの場所から、俺達を呼び戻そうとするかのように、その匂いは漂ってきたのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中、村の護衛に、黒毛のワーウルフ達と協力関係に
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