裏で手を引く者、吸血鬼のたくらみ
「鍜治場にブルーダラクの女の子が!?」
「カイ、それって確かお前と同じ」
「ああ。今回の旅の目的だった、俺やマリエと同じ家名を持つ吸血鬼だ」
戻ってミルキ・ヘーラとクーナ達に、鍜治場での一件を知らせる。
「なら、ブルーダラク領に案内してもらえるのですか?」
「残念ながらそうはいかないらしい。彼女はただの家出娘で、ここまでこれたのは彼女自身が人間の国で偽の身分を持っているからだ。つまり、今の情勢で俺達部外者を招き入れることはできない。後日俺達の城へ直接使いを送ってくれるとは言ってくれたが」
彼女自身に特別な権限があるわけでもなし。間に立って取り持ってもらえるだけでもありがたいと思おう。
「……では、どうされますか? 使いを送ってくれるというのなら、無理に人間の国を経由して出向く必要はなさそうですが」
ミルキ・ヘーラは端的に現状を把握してそう告げる。
どこか躊躇いがちなのは、あの村をもう守る必要がなくなったと思っているからだろう。
「いや、状況が変わった。というより状況が明らかになった。裏で誰が手を引いているかが判明したんだ」
「! それは、誰だったんですか!?」
「オークがいるから……やっぱり魔王軍か?」
「魔王軍と繋がりがあるのは事実だが、直接関わってはいないかもな」
俺の持って回った言い回しに、ミルキ・ヘーラもクーナも、他のワーウルフ達ももったいぶらずに教えてくれと目で訴える。ああ、俺も同じ反応をさせられたから気持ちは分かるさ。
カプチーナから、たっぷり焦らされて告げられたその名は……。
――
「第四悪魔商会!?」
彼女の口から、まさかと思われる名が。
「そうよ。今この森で何かやろうとしているのは、たぶんアイツら」
カプチーナはテーブルに肘をつき、手を組みながら続ける。
「どうも最近様子がおかしいって、ブルーダラクでも探っていたの。そしたらどうやら魔王軍に取り入り始めたみたいで、この森で手を組んで何かやってるって分かったわ」
第四悪魔商会。
そう、第七悪魔商会のラセスチャーから告げられた、俺達を狙っているかもしれないという奴らの名だ。
「魔王軍と手を組んだのは最近……元々魔王軍の傘下だったわけではないのか」
「悪魔商会は基本的にどことでも取引するからね。だから特定の勢力だけに取り入るってことはないんだけれど……第四悪魔商会は思い切ったかじ取りをしたって、パパも言ってたわ」
ふむ、本来ならあり得ない組み合わせか。この世界で四番目に勢力を誇っている悪魔が魔王軍についたのなら、世間的には大きな動きのはずだ。
「人間達もたぶん、そのことを把握している。だから余計にピリピリして国境を封鎖してるんだわ」
「人間からしたらたまったものではないだろうな。という事は、人間達は今回の騒動も悪魔の仕業と知っているのか」
「どうかしら? あいつらが私たちほど正確な情報を握ってるかは分からない。でも、昔から私たちの間では常識だったわ」
そうしてカプチーナは、視線を窓の外へ。針葉樹の広がる、自然豊かでのどかな森に。
「ここは人間の国に隣接する、人間の管理する森。ワーウルフなんかも住み着いてるけれど、基本的には人間がこじんまりした集落を作って暮らしている。そう……脆弱な人間が、日の光の届かない暗い森の中で」
成程、な。それは、俺達にとって都合のいい場所。
「ここは人間の森。第四悪魔商会の『狩場』なわけよ」
「それで奴らが関わっている、と分かったのか」
そゆこと、と言ってカプチーナは自分のカップに口をつける。
「昔は私達もここを狩場としていたみたいだけれど、競争に負けてこの森を追いやられたって。この家は、だから私達がここにいた名残みたいなモノだって」
ふうむ、かつては吸血鬼が鍛冶師に扮して人間と接触していたのか。貴重な鍛冶師として必要とされ、そうして日の差さない森の暗がりで……色々と暗躍したことだろう。
「で? カイはそれを知ってどうするワケ?」
「そうだな。俺達が狙われているという情報も不確かで、直接対立しているわけでもないんだが」
生憎だが、俺達はここの村に『用心棒』として雇われているんでな。
「魔王軍に与しているのなら、一発ぶん殴っても問題あるまい」
「わーお、そうこなくっちゃ!」
「ちょ、ちょっとカプチーナ!」
俺の言葉に興奮する彼女をたしなめるように、ドラーニャは困った顔を浮かべる。
「いいじゃない! 悪魔の奴らなんてぶん殴ってやればいいのよ」
「あーもう! 何であなたはそう好戦的なの」
はあとため息をつくドラーニャは、見た目は子供なのにどう考えてもカプチーナより年上の風格だ。
「カイ君も。お節介だと思いますけれど、新興勢力の『荒野の吸血鬼』として、あんまり敵を作るやり方は良くないんじゃないですか?」
「まあ今回はたまたま対立するだけだ。それに、俺達は俺達で別の悪魔ともう手を組んでる。そいつらから第四悪魔商会をぶちのめしてくれ、ともな」
「えっ!?」
「ええっ!?」
ドラーニャもカプチーナもそれは流石に予想外とばかりに目を丸くする。俺も危うい橋を渡っていることは分かっているさ。
「お節介を返すようだが……カプチーナ、この森は危険だ。人間だけならまだしも、悪魔どもも暗躍している。ブルーダラクの吸血鬼にそう簡単に手出ししないかもしれないが」
「な、何でドラーニャじゃなくてお節介を私に返すのよ……ああもう、分かったわよ」
はあと、今度はカプチーナがため息をついて。
「帰るわ。カイのこと見てたら、なんか……自分が子供みたいに思えてきた」
彼女はそう言って、言ってから少し気恥ずかしいモノでも感じたのか、カップに急いで口をつける。そんな様子に、ほっと胸をなでおろすようにするドラーニャ。
「うん、帰ろう。ラムレズもチャイマーもきっと心配してる」
「その時は俺のこと、君の父さ……パパにもよろしくな」
「言いなおさなくていいわよっ! パ……と、父様にも伝えておくわっ!」
言いなおさなくていいと言ったのに言いなおすのか。うんまあ、何となく気持ちは分かる。
「ああもうっ! 私ばっかりからかって!」
「ふふっ、ごめんなさい。だってカプチーナってば普段頑固なんだもん」
「誰が頑固よ! 間違ってもドラーニャには言われたくないわよ! っていうか」
カプチーナはやられっぱなしの中、何か思いついたかのようにふふふと笑い……。
「何だったらあなたはこの家に残ってもいいのよ? カイと一緒に」
「いっ!? そ、そんな訳ないでしょ! カプチーナと一緒に帰るわよっ!」
「……帰って、しまうのか?」
「そ、そんな顔したってダメですっ!」
ダメか。悔しいが、彼女を引き留められる材料は今俺の手元にはない。
「まあすぐには出発しないわよ。色々支度もあるし。だから落としてお持ち帰りするならそれまでにね」
「か、カプチーナっ!」
顔を真っ赤にして怒るドラーニャにツーンと笑いながらそっぽを向くカプチーナ。どうやらさっきからかわれた仕返しはできたようだな。
「ああそうだ……カイ、私ドラーニャの肌に、その……牙」
「……そうか。俺は、気にしない」
「そう……ゴメン」
カプチーナが申し訳なさそうに言っているのは、彼女の肌に牙を突き立ててしまった事に対してだろう。カプチーナの家出中という身を考えれば、血を吸える相手はドラーニャしかいなかっただろうしな。
「……特別な関係、だったりするのか?」
「ち、ちちち、違いますっ! カイ君たち吸血鬼が考えるような関係じゃあないですっ!」
「そーんなに慌てて否定しなくても」
「カプチーナは黙っててっ!」
ドラーニャも俺達吸血鬼のそういう感覚には理解があるらしいな。
ふむ、この二人の仲、というより関係については……。
「ねえカイ、やっぱり私からも、お節介言わせて」
そんな俺の思考を遮って、カプチーナは、再び真剣な色を瞳に映して。
「ドラーニャのこと、大切に、してあげて」
「!」
その言葉は年相応の、未熟だとかそういう事ではなく、彼女の等身大の、飾らない言葉で。
「ああ」
俺はただ、一言真っ直ぐな思いに応えるように頷いた。カプチーナの隣に立つ赤毛の少女は、困ったように視線をさまよわせていたが。
その頬には再び、熱が込められていた。
「さて、そうと分かれば奴らを叩く手段を考えねばな」
敵は悪魔か。それが分かれば方法はいくつか……。
「ねえ、それなら私にいーい考えがあるんだけれど?」
にたりと、彼女は悪戯を思いついた子供のように、そうして笑ったのだ。
――
「そんな手が」
「ああ。恐らく悪魔は、この手に乗ってくる」
希望的観測も含まれているが……これをされたらたまったものではないだろうしな。
「奴らが動いたら、仕留める事より、村の皆を守ることを優先しろ」
「あ……」
俺の言葉にミルキ・ヘーラは嬉しそうにほほ笑む。やれやれ。別に人間を守る義理も理由も本当はないのだが、その顔を見てしまったら、な。
「私達も食糧もらったしな」
「別に、嫌いな奴らじゃない」
「人間を守ればいいんだな!」
「そうだ。ただし当然攻めの手も用意する。俺と、特に動きのいいチームで敵の本陣を叩く」
ここで奴らを逃がすつもりはない。奴らの正体を暴くことも含めて、戦果はしっかりと持ち帰るつもりだ。
「それで……ミルキ・ヘーラは」
「私も、御当主様についていきます」
俺が少しためらいがちに、お前は村にいてくれと口にしようとするのを遮って。
彼女は真っ直ぐに俺を見て、そう口にした。
「ミルキ・ヘーラ、その……これはお前のことを頼りないと思っているわけじゃなく」
「分かっています。けど私、何もムキになってついていきたいと言ったんじゃないですよ」
彼女は、俺の想像とは違って冷静に言葉を続ける。
「私が村に残っても何の役にも立てません。そんな姿を見られたら、ひょっとしたら私の事を疑われるかもしれません。私、本当はビーストテイマーじゃありませんから」
「まあ、それはそう、だが」
「それに御当主様、本陣を探すとおっしゃりましたが、どうやって探すつもりなんですか? 彼らには匂い消しの薬草もあります。探すには、手が多い方がいいかと」
そこまで考えていたか。確かに奴らが手を出さず、身を隠すことに徹すれば俺達が見つけることは難しいかもしれないが。
「私なら、ちょっと高いところから見渡せますよ」
「っ!」
ふむ、そう来たか。
「私を、お使いください」
彼女は、ミルキ・ヘーラはそう言って、自然と自信のある笑みを浮かべた。
自分を頼ってくれとムキになって叫んでいた彼女からは、想像もできないくらい、頼もしく。
「……分かった」
葛藤はある。彼女を失う恐怖に比べれば、彼女に嫌われることくらいなんでもないことだから。敵の方が上手なら、或いは俺の守りをすり抜けて、その矢が彼女の心臓を穿つかもしれないから。
けれど……。
「俺についてこい、ミルキ・ヘーラ」
「ッ! は、はいっ!」
俺は知っている。彼女がワーウルフ達と一緒に、蜘蛛の巣を避ける特訓をしていたことを。スカートをまくって結び、そのまぶしい太ももを惜しげもなくさらしながら、頑張っていた彼女を。
四本足で低く走るワーウルフ達より、背が高く一歩の大きい彼女の方が、障害物だらけの森では自在に動ける。連れて行くなら、確かに彼女の方だろう。そう俺に思わせてくれた。
俺はそんな彼女の頑張りを、信じたい。
「なら私は村の方につく。戦いの得意な奴でこっちは固めさせる。だからミルキィ」
「あ、クーナ」
「そっちは、任せるぜ」
ぺろっと、ワーウルフの少女は背の高い彼女に合わせるよう背伸びして、その頬を舐めた。
「うんっ!」
ミルキ・ヘーラは返事とばかりにぎゅっと、その豊満な胸でワーウルフの少女を包み込んで抱きしめた。クーナはちょっと照れたように、なすがまま揺らされている。あれ気持ちいいんだよな。
「カイもな。こっちは任せろ」
「頼んだぞ。彼らとうまく協力してくれ」
「ああ、分かってる。もう私たちとあいつらは敵同士じゃない」
クーナのきっぱりと言い切る姿勢に、俺も安心して任せられる。
「では、御当主様」
そうしてミルキ・ヘーラは、シャツのボタンを外していく。その白く陶器のような肌を、まぶしい首筋を、俺に惜しげもなく晒し。
「私の血を、お飲みください」
「ああ」
さあ……作戦開始だ!
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中、村の護衛に、黒毛のワーウルフ達と協力関係に
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