赤毛の少女、開かれた扉
「その……蜘蛛女について詳しく話せるか?」
「ああ。アイツはしばらく前、この森にオーク達を引き連れてやってきた」
リーダーは神妙な顔つきで、その時の様子を語る。
「大勢のオークに俺達もひるまず戦ったが、オーク達の中に一人、別格のオークがいた」
「別格?」
「他のどのオークより一回り大きい、強靭な肉体を持つ、赤褐色の巨人」
巨人……例の野良オーク達は種でいえばギガントオークだ。あいつらはただでさえ二メートル級の恵まれたガタイを持つが……それよりさらにデカいのか。
「そいつは軽々と岩を砕き、大地を割き、俺達の仲間を大勢その手にかけた」
黒毛のワーウルフ達はリーダーの言葉に皆うなだれる。その気持ちは俺のワーウルフ達にも伝わったのだろう。俺達の間にしばしの静寂。
散っていったワーウルフの戦士達よ、安らかに。
「そして、そんなオークにあれこれと命令していたのが小さな蜘蛛女だ」
ふむ、その危険なオークをも従える存在か。
「蜘蛛女はこの森中にクモの巣を張り、それで俺達の動きを掴んでいたんだ。気づくまで、随分と苦しめられた」
「な、何っ!?」
「この森中、ってことは、私達がしょっちゅうひっかっかるアレに……反応されてたのか!?」
俺達の間に動揺が広がる。そうだ、クーナの言う通り俺達は何度もクモの巣にかかっていた。
「ああ。あのクモの巣を揺らしたり壊したりすると、俺達の位置がバレる」
成程……そういうことか!
「道理で捕まえられないわけだ!」
「俺達が匂いを追っても、追っているのがバレて逃げられちゃうんだ!」
「うう、あんなにあちこちに張られているのに避けるなんて難しいぞ」
皆が口々に動揺を言葉にする。そう、この森は完全に蜘蛛女のテリトリーだったのだ。
「慣れるまでは大変だろうな。俺達も何度も引っかかりながら、どうやったらかからずにいられるか動きを覚えたんだ」
「お前たちは、狙われているのか?」
「分からない。最近は俺達がクモの巣に引っかかりにくくなったからか、あまり見かけなくなった。俺達の事を敵視しているのか邪魔なのか、狩場を奪われた俺達をただ単に警戒しているのかもしれないが」
まあ一度敵対した勢力なのだから、狙われる理由なんていくらでも思い浮かぶか。
「お前たちが飢えていたのも、それが理由か」
「ああ……クモの巣を避けながらの狩りは難しいし、あいつらとよく出会う方の森は、獲物も豊富なんだ。そこを避けてたら、あとはこっちの方しかいい狩場がない。その狩場もお前たちにとられたし」
うっ!? なんか、その、スマンな。
「……お前ら、クモの巣を避けられるんだな」
そんな中、クーナが向こうのリーダーを見ながら話しかける。
「ああ」
「なら……カイ、その……」
クーナは言いかけて少しためらうように、俺を見る。
その反応は……何か思いついたか。
「いいぞ。俺はお前を信じてる」
さっきまで目の前の黒毛のワーウルフ達を信用できないと言っていた彼女は、けれど今はその瞳に怒りも憎しみもない。俺の言葉に、小さく笑顔で頷いて。
「お前たち、私達と一緒に狩りをしないか?」
「っ!?」
「獲物をくれてやるのは死ぬほど嫌だが、一緒にとったのなら一緒に食っても怒らない。その代わりお前たちは私達にクモの巣の避け方を教えろ」
クーナの言葉に、黒毛のワーウルフ達は互いに顔を見合せる。その顔には多少の動揺こそあれ、大半が笑みを浮かべている。
それはそうだ。彼らは現状飢えに苦しんでいる。そして俺達にとっても、この森で戦う以上クモの巣対策は必須だ。互いが互いの欲しいモノを差し出せる。
「どうだ?」
「……願ってもない話だ。よろしく頼む」
「ああ」
そうして互いの代表、クーナと向こうのリーダーは笑みを浮かべて視線をかわす。それで今度こそ、俺達の協力体制は盤石のモノになったのだ。
……うんまあ、こっちのリーダーはちょっと蚊帳の外だが。リーダーとしての資質にちょっぴり疑問を抱いちゃったりしているんだが。俺ひょっとして要らない?
「バカ。カイが言い出したんだろ? お前が一番狩りが上手いんだから、ちゃんと参加しろよ?」
「……ああ、当然だ」
俺の胸に頭をトンと乗せてくる愛しい少女に、俺も彼女の頭を撫でながら応える。まあ、俺はこの立ち位置に満足しているがな。
「ありがとう……ええと、カイ」
向こうのリーダーはそう言って一歩、俺の前に進み出る。
「そういえば、お前の名は?」
「バンダーだ。これを返そう、お前の大切な剣だ」
そう、あの短剣を俺に返してきたのだ。
「御当主様の大切な剣、ですか? 初めて見ます」
「カイ、お前こんな剣持ってたのか」
物珍しそうに、ミルキ・ヘーラにクーナ、他の皆も俺の手元にある短剣を覗き込んでくる。赤黒く光る、その剣を。
「好きな女からもらった物なんだろう? お前が必死に口説いてるのを聞いた」
「あっ!?」
「……へえ」
「……おい」
ちょ、ちょっとお前、バンダー!? このタイミングでその言い方でぶっこんで来るとか! ちょ、いや待て、待って!
「この匂い……そうかあの女か。鍜治場とやらにいたあの小娘」
「い、いや、落ち着けクーナ。これはその、違うんだ。とてもよくできた剣でその」
「? 君が欲しい、本気だ、って叫んでなかったか?」
「お、お前ええっ!?」
何でそういう事言っちゃうの!?
「カイ」
「い、いや、だからな? 鍛冶師として、その……俺達の勢力にぜひ欲しいと」
「これ以上増やすなって言ったよな?」
「あ、その……」
聞く耳持たずだこれ。というか……うんまあ、自分でも思わせぶりな事言ったとは思っているさ。彼女が可愛いと思ったのも本当で……だからその、罪悪感はあるわけで。
クーナから視線を逸らしてミルキ・ヘーラを見れば、彼女はうって変わってニコニコとした笑みを顔に貼り付けて……うん、そっちの方が精神的にキツイです。
「こっち向け、カイ」
「そ、その……他に蜘蛛女について話せることはあるか!?」
「歯あ食いしばれ」
「え? ああそうだな。見た目は子供のようだった」
「何!? それは重要な情報であっだあああああっ!?」
ごまかしも虚しく、そうして容赦なくクーナに噛みつかれるのだった。
――
「それで、焼成するときに薄く混ぜていくんです」
で、俺が噛みつかれる原因となった……ああいや全部俺のせいなんだが、ちょっと変わった鍛冶師の少女、ドラーニャのもとに今日も来ていた。
鍜治場の一角、横倒しになった丸太の椅子に並んで腰掛けながら、彼女は例の剣を手に取りつつ解説してくれる。
「成程、この赤はチタンの酸化被膜か」
「? ちたん?」
「ああいやなんでもない」
彼女にこの剣の製法の秘密を迫ると、意外にもあっさりと教えてくれたのだ。それを聞き出そうと再び通い詰める理由を作るつもりだったのに。なかなか予想を裏切ってくれる。
ここに来る前、鍜治場に行くと言ったらクーナは不機嫌になるし、ミルキ・ヘーラにはため息交じりに笑みを向けられたりもしたのだが、こればかりは仕方がない。
例の蜘蛛女は、子供のような外見だという。
「キーア君は賢いですよね。話した事全部理解しますし、物知りです。身なりもいいですし、ひょっとしてどこかの領主の息子とか、そういう身分なんですか?」
「ああ……まあ、そんな所か」
荒野に居を構えるブルーダラクの、正確には現当主、だがな。
「この間の報酬の話や住まいの保証も、あながち嘘じゃないんですね」
彼女は少しいたずらっぽく、その幼くも可愛らしい顔に笑みを浮かべて。
「謎の多いヒトです」
「……それを言うなら、君もだろう?」
俺は言葉を返すように、彼女を見つめる。
君との関係にも、そろそろ決着をつけようか。
「俺は、君の秘密を知りたい」
「ふふっ、言ったでしょう? いいお返事はできないって」
「例えばドラーニャは……君の本名なのか?」
「さあ? それを言うならキーア君だって、本当にキーア君なんですか?」
彼女はそうだとは思っていない口調で、皮手袋越しに持った剣を弄ぶ。互いの秘密はイーブンだと言わんばかりに、一方的な詮索を断ち切ろうとする。
……そうか、そう来るなら。
「カイだ」
「……えっ」
俺は、一歩彼女の心に踏み込むように、そう告げる。
「俺の本名」
「あっ、え、い、言ってよかったんですか?」
「いいわけじゃないが……君になら、構わないと思えた」
「なっ!?」
ボッと、まるで火が付いたかのように顔を真っ赤にさせるドラーニャ。ふむ、そういう方向の話には耐性がないな。
「報酬の話も住まいの保証も本当だ。詳しくは語れないが、何度でも言わせてもらう。君が欲しい」
「っ、あ、あなたはまたっ! そ、そうやって女性を口説くみたいにっ!」
「みたい、じゃないならいいのか?」
怒ったように顔を逸らす彼女の頬に、ゆっくり手を伸ばして。
「本気だと、そう言ったら、来てくれるのか?」
「ひゃっ!?」
その火照る柔らかい頬を、くいとこちらに向かせて。
「俺は君の事をまだよく知らないが、少なくとも君が魅力的な女の子なのは、もう知ってる」
「ッ!?」
俺のそんな言葉に息を飲むように、少女は目を見開いて俺を見つめる。
「本気に、させたいか?」
「あっ……あっ、あっ!」
そう……互いの吐息がかかるくらいの距離で。
「だっ、だからダメですぅぅっ!」
「うぶぁっ!?」
思わぬ左フック!?
皮手袋がいい塩梅のクッションになって、顔面への衝撃を俺の脳へと直に伝える。吸血鬼は人間と比べて血液密度が高いから、こういう攻撃はいーい感じで効くんだよなあ。衝撃で吹っ飛んで地面に転がされながら、空を見上げてぼんやり思う。
まあ、気合で耐えて脳震盪は抑えるが。ていうか人間だったら下手したら死ぬぞこれ?
「あっ!? あああっ! ご、ごめんなさいっ! わ、わた、私っ、つい……!」
「いや……今のは俺が悪い」
すぐにむくりと起き上がる俺に、彼女も目を見開いて動揺する。
「え!? あ、あの……な、殴っておいてアレなんですが、へ、平気なんですか!?」
「ああ……すまない、少々強引に迫りすぎた」
「え、あ、い、いえっ……」
ううむ、こういう拒絶のされ方は初めてかもしれんな。キス迫ってビンタされるみたいな。実はパンチよりそっちの方が効いてるぞ?
「あの……そ、そのっ、み、皆にこんな迫り方してるんですか? お、女の子となれば見境なく、こっ、こんな……」
殴ってしまった罪悪感もあるのだろう。どこか控えめな口調で、顔を真っ赤にさせて困ったようにそう尋ねてくる赤毛の少女。
その目は非難するようでいて……何か、他のモノを期待するようで。
「誰それ構わず迫ってるわけじゃない。最近は特に『これ以上増やすな』ってキツく言われるようになったしな」
「こ、これ以上って……ど、どれだけ女の子たぶらかしてるんですかあなたっ!」
ちょっと調子を取り戻したようにドラーニャは口調を荒くしていく。うん、落ち込んでいるよりはそっちの方がいいな。
「別に女の子をたぶらかした数を自慢したいわけじゃない。本気で好きになった相手にしか愛は囁かないし、好きになった相手だからこそ、それ以上の仲になりたい。そういうコにしか迫らないさ」
「あっ……」
「君の正体が……たとえ何であっても、だから言い続ける。君が欲しい。君のその鍛冶師としての腕が必要だし、今はそれ以上にもっと、君自身について知りたい。君が魅力的な女の子であることは、やはり変わらないからな」
君が俺を受け入れるかどうかは別として、可愛い女の子に可愛いって言うくらいの自由は、あってもいいだろ?
どんな結果になろうと、ちゃんと鍛冶師としての報酬や待遇は保証する。悪い話じゃ、ないはずだ。
「は、ははっ。成程、これは……」
不意を打たれたように、彼女こそ俺に殴られたかのように、ふらつき……。
「参っちゃい、ますね」
ふふっ、と、赤毛の小さな少女、ドラーニャは苦笑いを浮かべた。
「あなたは……カイ君は、真っ直ぐなんですね。最初は軽薄な男の子だって思ったし、あちこちに女の人がいるのも事実みたいですし、そのカッコいい顔で女の子を弄んでるんだ、って、勝手に思ってました」
う、ううむ、中々ひどい評価だな。
「けど、実際の君はちょっと違った。冷静なのに凄く情熱的。強引に見えて、私の心を無理やりこじ開けるようなこともしない。警戒してるはずの私に、自分の秘密をさらしてまで迫る覚悟もある。凄く、誠実。ああ、君に夢中になる女の子は、きっと一人二人じゃないんだろうなあって、分かる」
「ドラー、ニャ……」
「だからこそ、君にいい返事を返せない、かな? 君の期待……裏切れないもの」
そうしていつかのように苦笑いしながら俺を見つめ、けれどあの時と違い、今はその目に、涙をためて。
「……君が俺の、敵になる、という事か?」
例えばその大きな皮手袋の下には、蜘蛛の足が生えていたりするのか? その大きな鞄には、腹部や胴体部が収められていたりするのか?
もし……もし、そう、なら。
「あはは、そうはなりたくないなあ。けど、それとは関係なく、かな?」
小さな少女は平静を装った口調で、さりげなく見えるような仕草で目に溜まった涙を拭う。
「言った通りだよ。あんまり君みたいないい子の期待を、裏切りたくないの」
「え?」
「少なくとも、私は魅力的な女の子なんかじゃないよ」
目の前の、幼くも可愛らしい少女は、そんな奇妙で場違いな言葉を笑顔で発して……。
「だから……って、カイ君っ!? そ、その血っ!」
「えっ? あ、ああ」
突然ドラーニャは様子を一変させ、顔を青ざめさせてそう言う。彼女の視線を追えば……。
「さっきぶつかったとき切ったんだな」
「あっ!? ご、ごめんなさいっ! わ、私なんてことっ!」
ドラーニャが握っていた剣がさっき俺の手に当たったのだろう。うっすらと傷口から血が流れている。気づかなかった。
まあ気づかないくらいなので別に痛くはないんだが。
「す、すぐに手当てしようっ! ていうか私バカッ! 頬の手当てだってしなくちゃっ! か、カイ君! ほらこっち来てっ!」
「え!? あ、こ、これくらい大丈夫だからっ」
おっとこれはマズイか? 何やら罪悪感を感じたドラーニャが俺の手を引いて、恐らくは家まで連れて行こうとしているのだろう。それは彼女を探るチャンスではあるんだが……逆に俺の無限再生がバレる可能性もあるわけで。
というか事実もう傷口は塞がってる。流れた血だけが残っている感じだ。
「あ、ほ、ほら。舐めればこんなもの」
「遠慮しなくていいからっ! ちゃんと傷に効く薬草もあるし、打ち身も……」
俺の言葉なんか気にせずぐいぐい引っ張ろうとした彼女が、何故か言葉を止め……。
「え……か、カイ君……その、仕草」
「え」
一瞬無限再生を見られたか、と思えばそうではなく、何か、俺の血を舐める動作を、奇異なモノでも見るように目を見開いて……。
「いい加減にしなさいよっ!」
「あっ!」
「えっ!?」
バアン、と、一瞬の静寂を破るように乱暴に開かれたドアから聞こえる、知らない声。
「ずっと聞いてれば! あんた私を探しに来たんでしょうっ!? あんなにドラーニャを熱心に誘う素振りなんて見せて、最低よっ!」
「え、何だお前!? その……えっ」
突然、ドラーニャの家から現れ叫んでいるのは、一人の金髪の少女だ。
腰まで届きそうな美しい金のストレートヘア。ゴシック調とでもいうのか、白と黒のクラシックドレスに身を包み、アクセントに赤いスカーフを首に巻く、十代中頃から後半の、つんとした雰囲気の美しい少女。
そんな彼女の、けれど、俺が目を引かれたのはそんな容姿ではなく……。
「赤い、瞳!? お、お前」
「何よ今更しらじらしい! あんたコールロードでしょ!?」
「なっ!?」
ドラーニャの前で、あっさりと俺の……正確な血筋を言い当てられて。
「何でお前っ、俺の……こと……」
「ふざけないでっ! 血まで垂らしておいて分からないとでも思ったの!? 私を誰だと思ってるのよっ!」
ずかずかと、少女は怒りに任せるように俺の前へと進み出て。
「私は誇り高きブルーダラク! カプチーナ・ブルーダラクよ!」
声高に、その名を叫ぶのだった。
そう、俺が今回の旅で探し求めていたそれとの、まさかの邂逅の瞬間だった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中、村の護衛に、黒毛のワーウルフ達と協力関係に
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