黒い毛並み、その覚悟(後編)
「それで?」
……まあ、そんな簡単に全部が丸く収まったわけじゃないんだが。
「ぞろぞろ引き連れてきたかと思えば、こいつら全員に飯を食わせるつもりか?」
「ああ」
帰った先、完全に戦闘態勢を取るクーナ達が待ち構えていた。
「……カイ、こいつらに食わせてやる必要なんてない!」
「っ!」
クーナの言葉に、向こうのワーウルフ達に緊張が走る。
「私たちの方が強い! 情報が欲しいなら脅して無理やり聞き出せばいい!」
「っ! や、やっぱり騙されたんだ!」
「こうなったら戦うしかっ!」
両者が一触即発の中、バッと、俺と、向こうのリーダーの手がお互いの群れを遮り。
「落ち着け、クーナ」
「お前たち、待て」
しん、と、一瞬だけ静寂が支配する。
「カイっ! これは私たちが苦労して取った獲物だ! アイツらにやっていいモノじゃない!」
「クーナ」
だが当然、収まるのは一瞬だけだ。
「よりによってお前に二度も牙を向けた奴らなんかにっ! 代わりに私がっ!」
「クーナ、すまん」
「ッ!」
俺は激昂するクーナに怒るでもなく、ただ、そう言って。
「これは俺のわがままだ。通させて、くれないか?」
「か、カイ!? 何でお前そこまでっ」
「あいつらの食べる分は、俺が後で狩ってきて補うから。俺の分をやってもいい。だからな」
「そ、そういう問題じゃない! な、なんでっ……」
「それは……」
そうだな。大半は俺が甘いせいでもあるんだが、それでも選べるきっかけをくれたのは……。
「と、とにかくこいつらに食わせるのは私はっ!」
「んー、じゃあ、今日はちょっと早めに夕食にしよっか」
「ッ!? ミルキィ!」
「大丈夫よ、皆の分私が頑張って作るから!」
そうしてこのピリピリした空気に笑顔で割って入るミルキ・ヘーラ。その柔らかい雰囲気で、クーナの怒気をしぼませていく。すまんなミルキ・ヘーラ。
「……くっ!」
それでも納得がいかないように、クーナは向こうのワーウルフ達を睨みながら……。
「少しでもおかしな真似をしたら……全員をかみ殺す!」
殺気を隠すことなく振りまく。
「カイ、お前に……例え嫌われることになっても、私は……」
「ああ、分かった」
俺の顔を見ずにそう言ったクーナを見守りながら、俺もそう答えた。
――で、ワーウルフの群れ同士がにらみ合い、ミルキ・ヘーラの鼻歌だけが響く中。
「できましたよー!」
う、うん……結構きつかったな。
クーナ達はただじっと、殺気のこもった視線で向こうの群れを威圧しており、一方のあちらもこちらを警戒し続け、両者がにらみ合う中、その空気にさらされ続けていたからな。
向こうのリーダーなんて微動だにしないし。おかげで付き合った俺もだいぶ疲れたぞ。
「じゃあ、つぎますね」
村人たちからもらった木の椀に、さらっとした肉入りスープを注いでいく。うん、美味そうだ。その光景だけで向こうのワーウルフ達は目が釘付けになっていた。
「ふー、ふー」
ミルキ・ヘーラが冷ましている間もよだれまで垂らして……うん、やっぱり犬みたいだなお前たち。
「はい、リーダーさん」
そうしてミルキ・ヘーラは、彼にその椀を手渡して。
「ッ!」
ごくり、と、こちらにまで喉をならす音が聞こえてきそうだ。匂いを嗅いで、その安全を確かめるのと同時に、食べ物にありつけることを心底喜ぶように。
息を荒くしたまま、そうしてリーダーは夢中で椀にかぶりつ……。
「食え」
「!」
なんて、思っていたのだがそうはならず……。
「あっ」
黒毛のワーウルフの群れの中、ひときわ小さい子に、何のためらいもなく差し出して。
その子ワーウルフは、一瞬の躊躇のあと、椀に口を突っ込みかぶりついた。
「美味いか?」
コクコクと、必死に食いつきながら何度も首を縦に振るのを見て……リーダーは俺達の前で初めて、その顔に笑みを浮かべた。
「あ、いつ……」
クーナや、俺のワーウルフ達にとってもそれは意外だったらしい。基本俺達は強いモノから先に獲物にありつくっていう階級社会だしな。
それでも、俺達の誰もが目の前の光景に意義なんて唱えない。まるで父親のよう……いや、そんな歳じゃないな。優しい兄が下の子を見守るように、あいつらのリーダーが柔らかい笑みを浮かべるのを見て。
……そうか、そっちがお前の、本来の顔か。
「さっきの質問の答えだがな」
「えっ」
「クーナが言ってくれたんだろう? 俺達はすぐ出ていくから、それまでは見逃せって」
俺は目の前で椀に食らいつく子を、皆で見守るワーウルフ達を眺めながら、続ける。
「俺はあいつらを殺そうとした。ミルキ・ヘーラにとって、害になるのならそうすべきだと。けど、お前のおかげで、そうしなくて済んだ」
「あ……」
「お前も見抜いていただろう。俺はあの時、ほっとしたんだ。殺さなくて済んだことに。その道を俺に示してくれたのは、お前だ」
クーナはそんな俺の言葉に、目を見開いて。
ああそうだとも、俺は気を抜くと未だに従えオアダイを突きつけている。これだけ力を持ちながら不器用にも程がある。自分で自分にそう呆れているさ。
けれどそれでも、そんな俺でも……慕ってくれるお前たちがいる。
「俺はお前からもらったその道を、断ちたくなかったんだ」
「……ずるいぞ、カイ」
クーナは、とん、と、自分の頭を俺の胸に預けて。
「そんなこと、い、われたら……私、あいつらのこともう噛めないっ」
ぐすっ、と、鼻をすする音が静かに響く。本当に、俺にはできた仲間だ。
「わがまま言って、すまないな」
「いい……いいっ」
顔を強くこすりつけるクーナを、優しく撫でてやる。そうして寄って来た他のワーウルフ達も、皆俺に愛おしそうに体を寄せてくれる。
「さっきの発言だが、一部撤回するぞ」
俺はもふもふに包まれながら、向こうのリーダーに語りかける。
「俺の言う事を聞かない仲間なんかじゃない。俺のことを、こんなにも慕ってくれる仲間だ」
「ああ、そうみたいだな」
黒毛で黒髪のそいつは、柔らかな笑みのまま俺に答えるのだった。
――
「それで何か知らないか? この森で起こっている事を」
皆で食事を終えてから、俺は取引の中身である情報について尋ねる。
「些細な事でもいい。普段の森と違う事や、気づいたことを何でも話してほしい」
……正直、あまり期待しているわけじゃなかった。俺達が必死に探しても手掛かりがつかめないのだ。まあここら辺は彼らを説得するための建前だったわけで。
「おお! 知っていること話すぞっ!」
「食糧も分けてもらった! 今度は俺達が力を貸す番だ!」
そんな俺の胸中など知らない黒毛のワーウルフ達は、意気揚々と声をあげる。
「この森には最近、オークどもが現れたんだ!」
ああ、知ってる。
「それで人間の村を襲って人間達を困らせてる!」
「俺達も襲われたんだ!」
ふむ、お前たちもあのオークどもの被害者だったわけか。
「それで仲間も何人もやられた! あいつら、今度会ったら絶対に許さないっ!」
彼らも、協力関係を結ぶ前から奴らと敵対していたんだな。
「それとあの蜘蛛女だっ!」
「……ん?」
「え?」
「お?」
俺にミルキ・ヘーラにクーナの声が、聴きなれない言葉に反応する。
「な、何? 何だって?」
「憎たらしい蜘蛛女だ! オーク達に指示を出しているのは、ソイツなんだ!」
「っ!」
やれやれ、何が期待していないが、だ。
予想に反し、彼らは核心に迫る情報を握っていたじゃないか。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中、村の護衛に、黒毛のワーウルフ達と協力関係に
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