黒い毛並み、その覚悟(前編)
「お前たち……」
じりじりと詰め寄る殺気に、俺は身構える。
「俺達の縄張りで、随分好き勝手やってくれてるな」
リーダーのワーウルフは、その黒髪を逆立たせるかのように、怒りをあらわに迫ってくる。
「今あいつらはいないっ! コイツだけでもやっちまおうっ! リーダー!」
「こいつを殺せば、あの女もきっと悔しがるっ!」
「俺達の強さを恐れて出ていくはずだっ!」
周りも今にも飛び掛かってきそうな雰囲気で、口々にまくし立てる。自分たちに都合のいい未来を思い描きながら、血走った眼を向けて。
……そんな風になるわけないだろうが。仮にそうなれば全面戦争だぞ!
「勿論、出ていくつもりだ。目的を果たしたら」
「ふざけるなっ! そう言っていつまでここにいるつもりだっ!」
「この嘘つきめっ!」
話が通じない……いや、違うか。彼らの予想はともかく、現状俺達がすぐ出ていくと言って長いこと居座っているのも事実。その上出ていくのはいつになるか分からないときた。
これは彼らでなくても怒るのは当然だ。
緊張が、張りつめキレる寸前まできている。
「せめて話を、聞いてはくれないか?」
「何の話だ? まだこの森に、俺達の縄張りに居座るって話か?」
リーダーは静かに、けれど的確に見切りをつけて。
「この森で採れる獲物だって限られてる。お前たちと俺達……残るのはどちらか、決めるしかないだろう」
「それは……」
さらに一歩詰め寄るリーダーに、俺は迷いを残して後ずさる。もはや衝突は秒読み。戦えば……当然俺はこいつらを皆殺しにできる。
できる……が。
「話し合いの余地は……本当にないのか?」
「俺達はもう今日をしのぐのでやっとだ。これ以上は弱いやつから死んでいく。飢えて死ぬ仲間を生かすためなら……俺は死ねる」
リーダーは周りと比べていくらか冷静で……だが追い詰められているようなのも確かで。
実力差を知ってなお、刺し違えてでも道を切り開く覚悟を、その目に宿して。
ああ……くそっ!
「覚悟は、ある……そう見なして、構わんな」
「……いくぞっ!」
そうしてリーダーは飛び掛かろうとする。戦端を開いたのは向こうが先、そうでなくても野生の世界は弱肉強食。俺がここで彼らを殺しても、誰も咎める者すらいないだろう。
リーダーはともかく、こいつらは言動からしていい子ちゃんなわけじゃない。力が上だから俺達に手出ししないだけで、自分たちが上なら平気でミルキ・ヘーラを奪っていくぐらいのことはやってのけるはずだ。
だからこいつらはここで殺す。
……なんて。
そんな簡単に割り切れるか!
「動くなぁっ!」
「ッ!?」
「り、リーダー!?」
俺はコイツが力を込め踏み込んだ……そう、地面に足を離す直前のタイミングで、眉間に短剣を突き立てる!
「お前たちのリーダーの命は、俺が握っているっ!」
「なっ!? お前っ!」
ピタリと、薄皮一枚はぐことなく、リーダーの眉間に剣を突き立てたまま、怒鳴る!
そうだ、俺はコイツらを一度殺さなかったのだ。殺せるタイミングで、ちゃんとそうすべき理由もあり、けれど運命は……いや、俺は、コイツらを殺さない道を選べたんだ!
だったら貫き通してやる!
「こ、こいつぅっ!?」
「構うなお前たちっ! コイツの喉を食いちぎれっ!」
俺の怒声に怯むことなく吠え返すリーダー。いいだろう、俺も覚悟を決めた!
俺はお前らを、絶対に殺さない!
「戦っても、俺が勝つ!」
「ッ!?」
「俺はお前たちが瞬きする間に、全員の首を斬り飛ばすことができる!」
「こっ! このっ!」
「お、俺達を舐めるんじゃっ!」
「だが……俺は、そうしない」
「なっ!?」
突き立てた剣を、今度はスッと、引き下げる。
「俺は例えお前らに噛み殺されることになろうとも、そうしない」
「な、何だコイツっ!?」
「抵抗しない気か!?」
俺の行動に意味が分からず困惑するワーウルフ達。リーダーは、その中で俺の目から一瞬も視線をそらさず、自分が飛び掛かるタイミングを、今も図っている。
「けどな、俺の仲間は、俺の言う事を聞かん」
「……何?」
「俺はこれでもお前と同じリーダーなんだが、クーナ達は俺の言う事なんてちっとも聞かなくてな」
リーダーの視線と、周りからの殺気にさらされながら、俺はそれでも、戦いの構えを解いてため息をつく。
そう。強引に、話し合いに持っていく。
「俺が殺されたら、あいつらは俺がお前たちに手を出すなと言っていても多分聞かない。お前たちの匂いを辿り、最後の一人になるまで、お前たちを食い殺しにかかる」
「……」
「俺達が戦っても、俺達双方にいい未来はない」
周りも、戦いの構えは解かずとも戦意はだんだんとしぼませていく。俺一人の実力は把握できていなくても、全体の戦力差は理解しているのだ。
仲間のために死を覚悟することはできても、仲間に待ち受ける死を選択することは、こいつらにとっても難しいはずだ。仲間を思うこいつらなら。
「それが、どうした! 俺達に残された道はもう」
「まだある! 俺はお前たちに、取引を持ちかけたい」
「とり、ひきだと!?」
俺はもう一度、今度は己の不安を胸の中から追い出すように息を吐き、続ける。
「俺達は人間の国に入りたい。だが人間は、その国境を封鎖している。入りたくても入れないんだ」
「……だからお前たちはいつまでも出ていかないと?」
「そうだ。だがこの森で起きている問題を解決すれば、人間は閉ざした門を開くはずだ」
「!」
リーダーは、恐らく俺の話が行き着く先を予想して目を見開く。
「だからお前たちに、協力を願いたい。この森で何が起きているのかを教えて欲しい。オーク達が引っ込んで、情報がなくて困っているんだ」
「お、俺達に協力しろだと!?」
「お前なんか信用できるか!」
「タダとは言わない。俺達の食糧を、分けてもいい」
「えッ!?」
その一言に群れ全体が動揺を示す。よほど飢えていたのだろう、さっきまで敵意一色だったその瞳が、不安に揺れているのが分かる。
勿論目の前のリーダーも、例外ではない。
「……お前たちは一度、俺達に嘘をついた」
「ああ」
「そんなお前たちを、信用しろと言うのか!」
「そうだ」
俺も、そしてリーダーも、互いに一切視線をそらさず向き合って。
「……俺は、俺達はもうっ、戦うという覚悟を決めっ」
「ふざけるなっ!」
リーダーの決死の咆哮に、俺は容赦なく吠え返す!
「俺は少なくともお前の思いの強さには敬意を表してやるっ! だがなっ! それでやることは自分の命を捨てて誰かを生かすだと!? ふざけるなっ! そんなものを『覚悟』とは言わんっ! ただのやけくそだ!」
目の前のこのワーウルフの心に打ち勝つための、思いをぶつける!
「選べる道があるなら構わず選べっ! 泥をすすろうと地べたを這おうと困難だろうとっ! そうやって望んだ未来に向かって進むことを『覚悟』と言うんだっ!」
「ッ!?」
お前の間違った覚悟は俺が砕いてやる!
その未来を暗くする、どうしようもない捨て鉢の覚悟なんかな!
「覚悟があるというのならっ! お前の仲間達を生かしたいと言うのならっ! 俺との取引を、ここでのめっ!」
そうして再び、思い切り吠える!
「……ッ」
静寂、困惑、不安。
周りのワーウルフ達のそんな気持ちが、一つの視線となってリーダーに降り注ぐ。さあどうだ。お前は……彼らの気持ちを背負って立てるか?
「……いいだろう、ただし」
スッと、狼と人間の血の混じるその手で、リーダーは指さして。
「お前が嘘をつかないように、約束が果たされるまで……その剣を俺に渡せ」
「っ!?」
「大事なモノに見えたぞ。それで、信用してやる」
「……いい、だろう」
俺は少し意表を突かれながらも、剣を持ち換えて刀身を持ち、柄を差し出す。
周りのワーウルフ達はリーダーのこの提案を、ひょっとするとだまし討ちする準備と受け取ったのかもしれない。一度鳴りを潜めた闘志や殺気が、再び宿っていくのを感じる。
これが……これが本当に、俺の持つ武器を奪うだけの、だまし討ちならもはや……。
いや……。
「大事な剣だ。丁寧に、扱ってくれ」
「ああ、分かった」
俺は、目の前のワーウルフを信じた。
「大切に扱わせてもらう。お前を信じて」
まるでその思いに応えるように、黒毛のリーダーは、それを受け取る。
その一言がきっかけだった。周りから漂っていた敵意は、今度こそゆっくりと霧散していく。俺の言葉を信じなかったワーウルフ達も、自分たちのリーダーのその態度を、信じたのだ。
……やれやれ、まさか俺まで覚悟を試されるなんてな。
こうして俺達の間に一時的とはいえ、協力関係が生まれるのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中、村の護衛に
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