それぞれの線引き(後編)
「あっ、こんにちは、キーアさん」
大きな革手袋とブーツ、鞄を背負った奇妙な風体の、まだ小さい少女が明るい声をあげる。
「こんにちは。頼んでいた短剣ですけど」
「はい、もう出来ていますよ」
村から離れ、そこは森の中にぽっかりと開けられた穴のよう。
人々の喧騒から遠ざけられた鍜治場で、一人ひっそりと暮らす少女の所へ。
そう、手掛かりはまだあるのだ。
「追加注文の刻印……ですけれど、こういうので良かったのか、見ていただければ」
鍛冶師の少女、灰色のベレー帽をかぶり、真っ赤な血の色をした赤毛のドラーニャはそう言って、ちょっと待っててくださいねと家の中に引っ込んでいく。
木造の、ひっそりと暮らすには悪く無い家だ。森の隠れ家のように建てられたそこから、再び少女がトタトタと駆けてきて。
「これ、なんですが」
そうして茶色い革の鞘に収まった、その剣を差し出してきたのだ。
俺は彼女に短剣を注文してから、予定日より早く尋ねて注文を追加していた。
別になんてことはない。刀身にキーアのイニシャルのKを刻印してくれと頼んでおいたのだ。この世界ではあまり馴染みのない文化なのか、初めは首をかしげていた彼女に頼み込んで了承してもらった。
勿論刻印が欲しかったわけじゃない。頻繁にここに来る口実が欲しかっただけだ。
「気に入っていただけるといいんですが」
そう言って俺を見つめる彼女には悪いが、短剣の出来には大して興味はない。
この剣の出来が悪ければここを直してほしいとまた頼むし、出来が良ければ他のワーウルフ達のために作って欲しいと言うだけだ。俺が君に探りを入れるための口実づくりに利用させてもらう。
君がもう少し歳をとっていれば、ただ単に魅力ある少女のもとに通うでよかったんだがな。
「ああ、見せてもらうよ」
受け取った短剣は、柄にグリップ替わりの黒い布が巻き付けられている。重量は、ふむ、そこそこあるな。さてどんな具合……。
「え?」
鞘から抜いて、その刀身に……思わず変な声が出た。
刃渡りは四十センチ越えと結構デカい。短剣、というよりこれは脇差や小太刀の域だ。
全体のシルエットは牛刀、所謂キッチンナイフや包丁に近く、その形のためか鍔はない。刀身は肉厚で刃幅が広くて、鋭さより頑丈さを感じさせる造りだ。
だが、何より目を引くのはその刀身の……。
「な、何だこの剣」
「あっ、あのっ! ……お気に、召しませんか?」
俺のそんな言葉に不安げに答える少女。い、いや、違う。文句を言いたいんじゃない。ただ……言葉を失っていただけで。
「剣に、血でも吸わせたのか?」
吸血鬼の俺にこんな冗談を言わせるとは。
俺の握るこの奇妙な剣は、刀身の大部分が深紅の金属光沢を放っていたのだ。
刃自体は鏡面のように輝く美しい鉄色なのだが、刃に近い部分は何故か真っ黒で、そこからグラデーションがかかり、刃の峰に近づくにつれ赤が濃くなっていく。
それはまるで、峰から滴る血を、しみこませたかのように。
あるいは、まだ剣自体が燃え盛る炉の余熱から、冷めやらぬように。
「……やっぱり、その、ダメでした?」
「え?」
「その……いにしゃる、でしたっけ? 私なりに、頑張ってみたんですが」
ドラーニャは今度は自信なさげに、おずおずとそれを指さす。丁度刀身と柄の境目のあたり、赤色の中に黒く光るKの文字が浮かんでいて……。
いやそっちじゃない!
「ええと、試し斬りしても?」
「あっ!? わ、私ったらうっかりしてました! そうですよね、切れ味を見ませんと」
あははは、とどこか恥ずかしそうにして笑うドラーニャは、背中の大きな鞄に手を回して何やらごそごそ……その鞄脱がなくてもモノがとれるのか。
「はい、どうぞ」
そうして大きな革手袋から手渡されたのは……手のひらをちょっと超えるくらいの石。
「え?」
まさかこれを斬れと?
「あ、石じゃちょっとマズいですかね? 何なら木もあり……あ」
そうして少女は何かを思いついたように、ちょっと顔に企んだような笑みを浮かべ。
「キーアさんなら、石でも余裕ですか?」
唐突に探るような目でそう言ったのだ。い、いや、このタイミングで探りを入れる気か?
「その、石なんて斬って刃が欠けたりしないか?」
「大丈夫ですよ。そんななまくら私も渡しませんし、腕がよければスパパーンといけますよ!」
お、おう、大きく出たな。
「……」
一見すると……ああ、言い方は悪いがおもちゃのようだ。刀剣の類にこういった色がつくのは珍しく、それこそ初めは魔剣なのかと思ったくらいだ。
だが手のひらから伝わる確かな感触。剣の峰の方が何故か異様に軽く、重心は切っ先と刃の方に思いきり偏っている。このため形状は包丁でも、鉈のように自重だけでモノが切れるはずだ。
何かそういった類の魔法か……いや、俺が握っている以上魔法はかき消されてしまうからそれもない。
紛れもなく、剣の意匠そのものが優れている証拠。
「では、やらせてもらう」
いける。どこかでそう、確信して……。
「ふふっ、どうぞ。あ、台はこれを使って」
「はああっ!」
「え」
俺は空に放ったその石を、真っ二つに切り裂いた!
「あっ! さす」
「らああああああああああっ!」
「っ……!?」
続けざまに連撃を叩きこむ! 縦に横に、或いは突きも交えて石をバターのように引き裂いて!
手にしっかりなじむ感触が、石をいともたやすく叩き切っていく。刃の方向と峰を直線にし、衝撃を綺麗に石にだけ伝えて。何度も刃が当たる場所を変えて試すも、それでもどこも一切曲がりなく、峰とどこまでもまっすぐに切り裂いていける。
斬撃を受けた石はスッと切れ目を入れられたように分かたれるも、それ以外には一切余計な分解はしない。それこそまるで石を包丁でみじん切りにしているように、斬撃の形だけが残るのだ。
凄い……凄い!
「あああああああああああああああっ!」
斜め下から、裂ぱくの気合を持って斬り上げた! 反動で俺自身も回転し、地面にズザザと後を残すほど。
その一撃のあと巻き起こる烈風で、ここまで形を残していた石偏たちははじけ飛ぶ。まるで柔らかい傷口をえぐられたかのように。形を保つ容器を失った液体のように。
固形を保てなくなり、散り散りに、風の中に帰っていった。
「……え? え?」
凄いぞ、この剣!
今手に握るその赤い刀身を見れば、刃こぼれ一つない! 俺の力にもしっかりと耐えている! 第七悪魔商会に見せてもらった剣も十分いい出来だったが、こっちはそれこそ、次元が違う!
一体何が違うんだ!? 鋭さでいっても日本刀のような触れるものすべて斬るような剣呑さはない! 力の伝わり方が違うというか、構造そのものが違う!? いや、日本刀が分厚い革を紙のように引き裂くカッターとするなら、こっちは硬い岩盤をまるで土畑のように耕せるクワだ!
まさか、突きならともかく斬撃に対する強度は俺の桜銀華よりも上か!?
「今……え? 石が砂に……え?」
「ドラーニャっ!」
「ひゃああっ!?」
ガシッ! とあっけにとられたように虚空を見上げていた少女の肩を掴むと、彼女はまるで肉食獣にでも睨まれているかのように震えあがる。
「ごっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!」
「何故謝る!? すまない! 俺の方こそ侮っていたっ!」
「えっ!?」
まさか、これほどまでの鍛冶師に出会えるとは!
「素晴らしい短剣だ! 本当にこれを君が作ったのか!?」
「ええっ!? は、はいっ、そ、そうですがっ」
「ぜひうちに来てくれ! 俺のお抱え鍛冶師になってくれ!」
「……ええええええええ!?」
興奮冷めやらぬまま、勢いに任せて目を見開く少女を誘う。
「不自由はさせない! 報酬は言い値で用意する! 住まいも保証するから!」
「えええっ!? ちょ、ちょちょっ! キーアさん!? あなた確か今野宿ですよね!? ほ、保証も何もないですよね!?」
「うぐっ!?」
しまった! 今の俺はビーストテイマー見習いの住所不定じゃないか! 人間の国で名を売って一旗揚げようとしているって設定だった!
やばいこの肩書きだと若さと夢しか持ってないぞ俺!?
「べ、ベッドは……いいのがある」
「誘ってるんですかっ!?」
きゃーっ! と今度は顔を真っ赤にして今にもパニック起こしそうになる彼女。い、いやゴメンそういうつもりじゃない!
「お、俺を担保に……ダメか?」
「あっ!? えっ!? そ、そのっ! き、キーアさんは確かに格好いいですけれどもっ!」
「君が、欲しい……」
「あっ! あっ、だ、ダメ……だめで……」
手のひらから伝わるのは、少女特有の柔らかさと、ほんのりと火照る熱。
そうして肩を掴んだまま、顔を真っ赤にした少女に迫って……。
「ダメですううっ!」
「うごっ!?」
と、とうとうその手を胸に当てられ、強引に押しのけられてしまった。
というか、俺が押しのけられた? い、いやそんな力は入れてなかったが。
「そっ、そそそっ! そこに座りなさいっ! キーア君! あ、あなた女性を何だと思ってるんですっ!? 年上をからかうんじゃありませんっ!」
「と、年上?」
明らかに十歳前後の背丈の女の子に何故か説教され始める俺。え、何、何だって?
「ッ! ち、ちがっ! と……年下をからかわないでくださいっ!」
ドラーニャはそれでも真っ赤にした顔で強引に誤魔化してくる。う、うん? お前やっぱりただの人間の少女じゃないな?
「と、ともかくっ! キーア君はちょっと女の子にだらしがなさすぎますっ! 聞いてますよ! ビーストテイマーの彼女さんがいながら、マルエラちゃんにまで手を出してるって!」
「いっ!? いやそれはっ!」
い、言い訳したいが実際の所はもっとだらしがないわけで!
「おっ、おまけにこの間のワーウルフの子もっ!?」
そうして今度は彼女が勢いのまままくし立て……ようとしたところで、またしてもあの家の方から気配を感じ。
「あ……え、えと……そのっ……は、話はまたの機会にっ!」
「えっ!? ちょっ!」
いやまさかそんな強引に話を切られるとは思っていなかったぞ!? やはりドラーニャは家の気配に反応して、すぐにでも俺と別れて家に入ろうとする。
くっ! ここで引き下がらせるかっ!
「俺は君が欲しいっ! 本気だっ!」
「っ!?」
本当に家に向きかけた足を、俺は言葉で引き留める。
「この剣に俺は感動させられた! それを作った君にも! 俺は、君をもっと知りたい!」
彼女の残した短剣を、握りしめて。
「また、ここに来たい。君に会いに」
今の俺の肩書きは、当然ながら嘘のものだ。人間の国に入るため、人間を欺くために用意したまやかしに過ぎない。
そんなものをいくら工夫してこねくり回して言い訳しても……そんな誠意のない真似で、彼女を誘う事は許されない気がした。
だから、今差し出せる俺の『本心』だけで、呼びかける。
「……はあ、もうっ」
彼女は、その足を止めて深くため息をつく。
真っ赤にした顔で振り返りつつも、目線はたっぷり泳がせて。火照った顔をその大きな皮手袋でパタパタと仰いで。
「わ、若い男の子は……こんなまっすぐに……ああ、もうっ!」
もう一度はあとため息をついて、狂っていた調子を強引に戻していく。
「……残念、ですが、その……いいお返事は、できません……けど」
そうして冷静さを取り戻し、彼女は今度こそ視線を、俺へと合わせ。
「はあ……全く。その顔、諦められるって顔じゃ、ないですよね」
そう言ってどこか、彼女の方は諦めたように苦笑いを浮かべて。
「大しておもてなしもできませんけれど……それでもいいのでしたら、また、どうぞ」
最後に一度、その幼い外見に見合わぬ大人びた笑みを向けてから……。
彼女、ドラーニャは今度こそ、駆け足で家の中へと入っていったのだ。
「……そうさせてもらう」
最後に見た彼女のそんな笑みに、俺の心臓も、トクントクンと小気味の良い音を鳴らす。
空を見上げてふうー、と体に残った熱を吐き出しながら、けれどそれ以上の高揚感を胸に、俺もその場を後にした。
そうだな、また来るとも。この剣の代金だって支払っていないし、どうやら……君は人間じゃないらしいしな。
今回の騒動に彼女がどう関わっているのか。それは分からないが、少なくとも俺や村人たちに隠し事をしているのは確からしい。彼女に力強く……人間の力じゃないくらいの勢いでトンと押された胸に手を当てて、彼女が敵にならないで欲しいと、運命の針が悪い方に進まないようにと、静かに祈る。
「……」
鍛冶師が欲しいと思っていたが、まさか最初にこんな大当たりを引けるとは思わなかった。
だが彼女が隠している正体によっては、それがそのまま反対にもなりかねない。
彼女が敵か否か。そんな単純な区分けが、俺達を分かつことになりかねない。
そう考えた時、さっきの、彼女の幼くも理知的で、冷静さの中に生来の明るさや素直さを混ぜたような笑みが浮かんで……。
「と、こんな時にお出ましか」
鍜治場から離れた森の中で、俺は迫ってくる複数の気配を感じる。感傷に浸らせてもくれないらしい。いや、今行き詰っているのだから、歓迎すべきなんだが……。
「ん? オークじゃ、ない? え?」
迫りくる敵意は、オークにしては気配を隠すのが上手いというか、俊敏に動き回っているというか……いやこの動き、ワーウルフ達じゃないか。
「……あっ!?」
「何だ、しらじらしく驚いたりして」
目の前を取り囲む、ワーウルフ達。
だがそう……彼らは、俺のよく知るワーウルフ達じゃない。
「さっさと出ていく……確かにお前たちはそう、言ったよな?」
その牙をむき敵意を露わにした、黒いワーウルフ達が立ちふさがったのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中、村の護衛に
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