見上げた空に映るもの
「ああ、美味かった!」
「こっちの森もなかなかいい獲物がいるんだな」
「姉御! お肉とスープ美味しかったよ!」
「ふふ、お粗末様です」
夜の帳の下、満足そうに声をあげるワーウルフ達ににっこりと答えるミルキ・ヘーラ。ワーウルフ達が捕まえてきた獲物はなかなかに美味かった。
いや、獲物の美味さだけじゃないな。作業している横でちらちら見ていたが、ミルキ・ヘーラは結構複雑な手順で料理していた。肉の切り分け、火加減の変え方。素人目には何をしているか正確には分からないが、その一つ一つがこうして料理の美味さにつながっているのだろう。
全員分の食器が無いからと、骨付きで手で食べやすくされた肉に、持ってきた葉を皿代わりに巻いて作ったスープ。そういった工夫にミルキ・ヘーラの優しさがよく現れていた。
……ただ火にかければ食えるなんて言っていた自分が恥ずかしい。
「あ、あの……御当主様、どうですか?」
「ん? ああ、とても美味いな」
こんな料理が作れるなんて尊敬するぞ。俺はそう思って彼女を見て……。
「ミルキ・ヘーラ、お前ももっと食べろ」
「え? いえ、私はもう」
いや、聞いているぞ? 俺が寝ている時は結構な量をぺろりと平らげていたらしいな。
巨大化する影響なのか、いやそもそも二メートルの長身の彼女だ、平均して他の者たちよりよく食べるのも納得する。
「ほら、お前が作ったのだから、遠慮するな」
「え、ええと、その……」
ほんわか優し気な様子の彼女は困ったような笑みを浮かべる。ふむ、あまり無理強いするつもりはないが……。
「あ、その、御当主様も流石ですね。まさかその……そんなに本格的なモノを作られるとは」
少し露骨に話題を逸らされ……って、そんなに本格的か?
「大した出来じゃない。正直材料があり合わせなのと、こんな大人数を想定していなかったせいで色々と残念な結果に」
「いや、十分すぎるほど凄いぞ」
クーナも話に加わって、ミルキ・ヘーラやワーウルフ達も全員がそれを見て、うんうんと頷いてくれる。
高さおよそ五十センチ、幅、というより直径は、なんと五メートル。
キングサイズどころか、クイーンベッドを超える野外用巨大ベッドだ。
「まさか素手で岩を砕いて土台作るとは思ってもみなかった」
「おいおい、床板になるボトムをしっかり作るのは常識だろ?」
ちなみに地面から高くしたのはほこりや湿気、虫などから身を守るという理由がある。一応ネズミ返しもつけておいた。
「ボトムは岩と土で作れたが、マットレスは完全にその場しのぎだ。さっきのアルセスの皮を下に通してロープ代わりに周りの木に吊るして反発力をあげたが、コイルスプリングと比べるとやはり弱い。土を下に、岩を握って砕いた砂を敷いて、その上にクモの巣でまとめた羽毛をクッションにしてみたが、まあ気休め程度だったな。柔らかいしちゃんと反発してくれるが、二十人が乗ったら機能しない。シーツを敷いて肌触りはいいのがせめてもの救いで」
「ミルキィ、これ美味いな」
「ありがとー」
くうっ! なんか周りの反応が思ったよりさめてる!
「いや、とんでもなく凄いと思うぞ? さっき試しに寝転がってみてよく分かった」
おお、クーナ! 分かってくれるか!
「お前、こんないいベッドで寝てるから寝坊助になったんだな」
「それとこれとは話が別だ!」
いやまあ、吸血鬼はその弱点が性格や嗜好にかなり影響を与えていると言われているが! 睡眠という欲求は生き物に共通だろ!?
「正直、森の中でこういう贅沢ができるとは思いませんでした。何故か虫も寄ってきませんし」
「俺の血を土台に染み込ませたからな。吸血鬼の血は虫サイズならそのまま毒になる」
気化して漂っている間は虫なんかよりつかない。俺の血を嗅ぎつけて肉食獣がやってきたとしても、これだけ大勢のワーウルフがいれば逆に竦んでしまうだろう。
「柔らかくてすべすべで気持ちよくてカイの匂いがするベッド……なあ、ホントに一晩ここに泊まるだけなんだよな? 勿体ないっていうか、屋根をつければ住めるぞ?」
「言いすぎだ。まあ天蓋は雨が降りそうなら考えたが、屋根をつけるのは無粋だと思ってな」
そう言って夜空を見上げると……ああ、今度は同意が得られたらしい。
「こっちでも、空は向こうと同じなんだな」
そうだな。世界は一つの空で繋がってる。
「たまに外で寝るときは、こんな風に星空を眺めるのが好きです」
ミルキ・ヘーラも嬉しそうに、夜空に映る満点の星を見上げて。
「確かにこの森の中では、贅沢な」
俺も星空に見とれながらそう続けようとして……。
「ッ!? 何だ!?」
「えっ!?」
俺の、吸血鬼の視力が黒い夜空に映るソレをとらえた。
「……遠いな。カイ、こっちに降りてきそうか?」
「いや、そういう感じの動きじゃない。あれは……偵察か?」
はるか上空、遠くに映る翼のシルエット。鳥か何か……いや、それにしては大きい。距離があるので流石に何とは分からないが、俺達の上空をくるくると旋回している。
「誰か、アレが何か分かるか」
「いや、この中で一番目がいいのはカイだろ? カイが分からなきゃ、誰も分からない」
ワーウルフ達自慢の鼻もはるか空の上を飛ばれてしまえば意味がない。そうして俺達の上で旋回を続けていた謎の存在は、どこかへと飛び去って行った。
「……カイとラルフが見つけた危険な何か、か?」
「かもな。どの道警戒は怠れない」
俺達の間に緊迫した空気が流れる。この森は、どうやら安全とは言い難いようだ。
「交代で見張りをするぞ。カイ、それでいいだろ?」
「ああ」
上空を警戒するなら火を焚いているのもマズイな。向こうから明かりが丸見えだ。
「こ、怖いですね。でも、しっかりと見張っていれば大丈夫ですよね! 御当主様」
「ああ、そうだな。ミルキ・ヘーラは安心して寝てくれ」
「……え?」
「見張りは二人組で行う。上空を見張るのと、地上に目を光らせるので」
「あ、あの、御当主様?」
と、俺の説明を遮るのは、座っていても背の高いおっとりとした美女。
「私も見張りに参加しますよ?」
「何を言っている。今日はずっとリムルスに乗って疲れただろう? ゆっくり休め」
「えっ!?」
ミルキ・ヘーラにあまり無理をさせるわけにはいかない。そう思って……。
「ご、御当主様だってずっとリムルスに乗ってたじゃないですか! それに疲れているならクーナさん達だって」
「いや、俺はいい。クーナ達もちゃんと休ませるが、ワーウルフの眠りは不規則で短い。交代で眠るのなら大丈夫だ。ミルキ・ヘーラの分は代わりに俺が起きて」
「ごっ、御当主様っ!」
びくっ、と、俺を含め周りが一瞬時を止めるくらい、突如いつものおっとり優しい声が、鋭く響いて……。
「み、ミルキ」
「私も見張りますっ!」
「い、いやだから」
「私今決めました! 城に帰るまでは、絶対っ!」
いつにもない剣幕で、彼女は決意した目で……。
「御当主様とえっちなことしませんっ!」
「……ええっ!?」
えちょ、ええっ!?
「わ、私っ! 守られるためにここに来たんじゃありませんっ!」
「ッ!?」
あっ……み、ミルキ……。
「見張りますっ!」
青紫のウェーブがかった髪が焚き火の色を映し、それと同様に真っ赤になった顔は……いや、焚き火のせいじゃない。目に涙をためて、顔を真っ赤にして怒った少女は、俺を真っ直ぐに見つめて。
「あ、姉御、怒らないで?」
「元気出して?」
「一緒に見張ろ?」
「あ、み、皆! ありがとう」
怒気に当てられ怯えたように励ますワーウルフ達に、ミルキ・ヘーラは涙目のまま笑顔を向ける。お、おい、いや、お前たち……。
「あ、いや、その」
俺が何か言う前に、キッ、と鋭い目を向けられる。いや、普段おっとりしているせいか、怒ってるんだろうが可愛いさが抜けない目つきなんだが……。
「う、うん、そうしよう」
「くっ! クーナ!? お前までっ」
耳をぺたんと後ろに倒したクーナは俺に目で『逆らうな』と訴えている。あ、いや、うん……それはその、ごもっともなことだが。
「良かったな、リーダー」
「えっ!? ら、ラルフ!?」
そんな中で何故か場違いな事を言われて……。
「リーダーも、怒ってもらえて」
「あ……あー」
俺が思わず返す言葉を失ってうなだれる中。
ラルフは一人この状況で、ニコニコしながらそんな事を言ったのだった。
そうして結局はミルキ・ヘーラも見張りに参加して、全員で交代で寝ることになったのだった。俺も自分の番を済ませてフカフカでワーウルフ達にくるまれる温かなベッドに身を寄せるが……。
「柔らかなはずのベッドが針のむしろか」
背中を向けて眠るミルキ・ヘーラに、自分がしてしまった事をチクチクと後悔して。
「お前も、そういうところはまだまだだな」
クーナに、耳元で皆を起こさないような小声で、そっとささやかれる。
「起きたら謝れよ。私も、ミルキィが機嫌なおすまでは抱かれてやらないぞ」
「……ぐぬぅ」
ふふふ、と、ワーウルフの少女は笑い、やがて安らかな寝息を立て始めた。俺もまどろみに沈んで……しまいたいんだが、どうやら心はそれを許してくれそうにない。
そうして朝を迎えるまで星空の推移を眺めていたのだが……それが遮られたのは明け方、森の中に響き渡る、女性の悲鳴だった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中、森で戦闘のあとを発見、空に何かが?
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