ワーウルフを連れる者
御当主様と、喧嘩した。
「……」
喧嘩、というより、私が一方的に怒鳴り散らしただけ。御当主様はそんな私に怒るでもなくあたふたとしていた。まるで私、かんしゃくを起こした子供だ。
「はあ……」
横を向く姿勢で、ため息。いつもなら外で寝泊まりするときは、空を見上げて沢山の星に包まれて気持ちよく寝れるのに。こんなフカフカで贅沢なベッドの上なのに、今はただただ、寝苦しい。
「……」
御当主様、寝てる……よね?
御当主様の見張り番はそんなに遅い方じゃなかったはずだ。だからきっと、今は寝ている……はず。
ごろん、と、不自然にならないように寝返りを打って、私は御当主様の方を向く。薄目を開けて見てみると、確かに彼は、すう、すうと安らかな寝息を立てている。
「……」
怒って、いるのかな?
それとも、私の言葉なんか気にしてないのかな? 愛想をつかされていたら、どうしよう……御当主様の綺麗な顔を見ながら、頭の中に悪い考えばかりが浮かぶ。
……触りたい。
愛しいあなたに、触れたい。
でも、今それは許されない。自分からああ言った以上、私がそんな風に泣きついてしまったら、私が伝えたい気持ちも嘘になってしまうから。
もっと私を頼って欲しい。
もっと私を信じて欲しい。
そして何より、あなたは、自分の事を……。
「……」
それは、行動で示さなければ。御当主様は強いから、きっと私のことだって、か弱い女の子だと思って守ろうとしてるのだ。それは嬉しい。けれど、私は間違っても、足かせになりに来たんじゃない。
「……うん」
頑張ろう。精いっぱい、ワーウルフの皆と一緒に、この旅を乗り切ろう。きっときっと、御当主様の望みを、叶えてみせる。
そう意気込んで、白み始めた空を、見上げて……。
「きゃああああああああああああっ!」
「ッ!」
突然、森中に響くような悲鳴にびくりとして。
「全員起きろっ!」
「ッ!?」
すぐさま告げられた御当主様の声に、二度びっくりした。
「な、何だっ!?」
「今声が!」
「リーダー! この近くと空には何もいない!」
「よし、全員すぐに戦闘態勢を取れ」
ご、御当主様の反応、寝ている誰よりも素早かった! 見張っていたワーウルフの二人よりも!
ひょ、ひょっとして御当主様、お、起きていた!?
「……」
い、いや、今はそうじゃない。気にするところはそこじゃない。
さっきの悲鳴、女性だ。この森にはワーウルフがいることは分かっているけれど、そうでなければ人間の国に近いこの森……人間の可能性だってある。
沢山の分からない事、潜む危険。それでもきっと、御当主様なら。
「全員で確認に行く! 警戒を怠らず、できるだけ気配を隠して俺についてこい!」
きっと、そうおっしゃると思っていました。優しいあなたなら、きっと。
「ッ!」
ぱんぱんと、私は自分の頬を叩く。今はしっかりと、目を見開いていかなくちゃ!
――
突然響いた女性の悲鳴。
「全員起きろっ!」
俺はそう告げて声のした方の気配を探る。かなり遠い。見張りのワーウルフ達も近くに脅威は感じられないと言うが、全員に戦闘態勢は取らせておく。
どうする? あの声からして誰かに何かあったのは間違いない。この森に潜む脅威、人間の国に近い場所で起こった騒動。不確定要素の多い中で、悩む時間は無い。
「カイ、どう動く?」
「そうだな……考えようによっては、全部をまとめて解決できるチャンスだ」
謎の存在の把握、それと敵対する勢力の確認、悲鳴をあげた女性の救助……これは間に合うかは分からんが。
とにかく今は、動くことで道を切り開く!
「全員で確認に行く! 警戒を怠らず、できるだけ気配を隠して俺についてこい!」
俺達はまとまって、明け方の森を駆けるのだった。
「あそこか……」
気配をなるべく抑えつつ、ミルキ・ヘーラもついてこれるペースで傍までくると、そこに見えたのは……。
「人間の村、だな」
隣のクーナの囁きに俺も同意する。僅かだが漂ってくる血も人間のものだ。
「オークに襲われてるのか? 大した数じゃないぞ」
「そうだな、あの程度ならすぐに蹴散らせる」
目の前は阿鼻叫喚の地獄絵図……というには少し迫力に欠けている。
五人ほどのオークが適当に暴れまわって建物を壊しているだけだ。村自体もそれほど大きくなく、逃げ惑う人々にも、奇妙だがどこか余裕が見える。
最初から戦う事を諦めているのか? 人間達は逃げるだけで抵抗する様子もな……。
「きゃああああああっ!?」
「へへっ、コイツが一番可愛がりがいがありそうだぜ」
「おーし! おめえらさっさと食糧担いで来い! 始めるぞ!」
「他の奴らにもっと声聞かせてやれよ! おらっ!」
「ひいっ!? いやっ!? やぁっ! やめてえええええっ!」
そこは、村のちょうど真ん中の開けた場所。
泣き叫ぶ少女を担いできたオークは、彼女をどさりと地面に放りなげた。
そうしてそのままのしかかると、その太い腕でビリビリと服を破き……。
「カイ」
「ああ。放っておくわけにも、いかないな」
俺は変装用の青いカラーコンタクトを取り出す。赤い瞳は流石に吸血鬼とばれるからな。
「先に行け、お前たち」
「ああっ!」
「おうっ!」
俺の指示に即座に反応し、駆け抜ける、青い毛の狼たち。
「いやああああああっ!」
「おーおー声も可愛いじゃねえか!」
「おい、早くしろ! こっちにも回、せ……」
「なっ!? え、おい!」
「ガアアアアアッ!」
少女を取り囲んでいた大柄なオーク達が、迫りくる牙に震えあがる。
「なんっ!? 何だこいつらっ!?」
「あ、青毛!? こんな奴らこの森にいたのか!?」
「ガルルッ!」
「うぐおあっ!」
五人で固まっていた奴らは、一人、また一人とワーウルフ達の牙に引き裂かれていく。急所を狙って鋭く噛みつき、退くを繰り返す攻撃になすすべなく。
大柄なオークは人間なら致命傷になるような傷でも耐えて反撃してくる。だから奴らと戦う際にはヒット&アウェイを徹底させているのだ。
ワーウルフの機動力なら、こいつらを翻弄するのも造作もない。
「くっ! くそっ! 退くぞ! 食糧は置いてけ! コイツは向こうで」
「誰が逃がすと?」
「なっ!?」
俺は逃げ出そうとしたオークの前にスッと駆け、道を塞ぐ。
「て、てめえなんだっ!? お、俺たちゃもう退くっ! 食糧は返してやる!」
「寝ぼけたことを。肩に担いだ少女とお前の命も置いていけ」
「ふっ、ふざけんじゃっ、えっ!?」
言葉より早く繰り出された拳を、片手で軽く止めてやる。それで目の前のオークは顔色を変え……。
「交渉は決裂か?」
「ばっ!? う、嘘だろっ!? てめえなんっ、ぎゃあああああああっ!」
俺が受け止めている間に背後に回り込んでいたクーナがうなじを掻き切る。それで、コイツの命はあっさりと散り……。
「っと、大丈夫か?」
「あっ」
肩から零れた少女を、受け止める。その瞳に、青い目をした銀髪の男を映した少女を。
「頼む」
「はいっ!」
俺は離れていたミルキ・ヘーラを呼んで、受け止めたボロボロの少女を引き渡す。胸も露わに、スカートも無残に破られてあられもない姿で涙を流していた少女は、けれどどうやら目立った外傷はない。
やってきたミルキ・ヘーラにもう大丈夫と優しく抱き留められ……。
「あ、う、あ、ああああぁっ」
これでひとまずは、決着だな。
「大したことない奴らだったな、リーダー!」
「そうだな」
勇猛果敢に敵を圧倒していたラルフは、そう言って俺の傍による。実際魔王軍のオークと何度も戦ってきたワーウルフ達には、こんなもの文字通り朝飯前だ。
しかし色々と妙な感じだったな。魔王軍の襲撃……にしてもお粗末というか……。
「そっ、そこのお前たちっ!」
と、そんな所でガシャガシャと音を立てて、こちらに駆けてくる二つの足音。
「カイ、あれは多分人間だ。匂いで分かる」
「ああ。お前たちはなるべく静かにしていろ。ここは……」
「なっ、何をしている!? こ、これは! オーク!? お前たちがやったのか!?」
そうして俺達の前に現れたのは、二人の男。その手にはそれぞれ槍を持ち、頭から足まで白い金属製の簡素な鎧を纏った、恐らくは……。
「はい。彼女の悲鳴を聞きつけて、私たちはここへ。あなた方は?」
「俺達は国境守備隊……で……」
国境守備隊、要するに人間の国の兵士と自らを称した男は言葉を途切れさせ、応対した背の高い美女に息をのんでいた。
まあ、初めて彼女を見る男はそうなるよな。
「良かった。彼女に何か、隠せる布を」
「あ、ああ! わ、分かった!」
男は裸に剥かれた少女なんかそっちのけで、ミルキ・ヘーラに釘付けのようだ。明らかに動揺しながら、顔を少し赤らめて元来た方へ駆けていく。まあ、俺としてはあまり面白くはないんだが。
人間への応対では、当然彼らをよく知るミルキ・ヘーラの出番というわけだ。
「それで、兵士さん達も悲鳴を聞いてきたんですか?」
「あ、い、いや! 俺達は村人の通報を聞いてきたんだが」
もう一人、残った男も動揺交じりに語り始める。
「最近……この村は野良オークに狙われていてな。俺達も何度か出動して、少し前までは巡回に常駐もしていたんだが……離れたところを狙われて」
「そうでしたか」
「この状況で村に割ける人員もいなくて、いつかこんなことが起こる日も来るんじゃないかって恐れていたが……」
兵士は、一度俺達を見渡してから一つ息を吐く。まるでここまでの警戒していた態度を緩めるように。
「ありがとう。本当に、助かったよ」
そうして、ミルキ・ヘーラに微笑みかけるのだった。
いい人間なのだろう。俺達を前にしても、動揺や警戒をしつつもそう言える人間というのは。何せ……。
「いえ。頑張ってくれたのは、彼らですから」
「あ、その、この大勢いるワーウルフ達は……味方、なのか?」
男は遠慮がちに、俺達を見渡しながら尋ねた。
今しがた五人のオークを難なく屠った、二十を超えるワーウルフ。本来なら人間にとってはこっちの方が脅威だろうからな。
「ええ。私の可愛いパートナーです」
「ええと、ひょっとして、君は」
「はい、御想像の通りです」
そうしてミルキ・ヘーラは、事前に取り決めていた『ワーウルフ達を連れながら人間の国に入る』ための手を使う。
「皆私の連れているワーウルフ達です。私【ビーストテイマー】ですから」
そう、ビーストテイマー。
文字通り動物を、特に人間と意思疎通のできるモンスターを飼いならす人間の事だ。
彼らは様々な形でモンスターを使役し活躍するという。魔王軍と戦争をする中で、敵対するモンスターをねじ伏せ取り込んだり、或いは魔王軍に抵抗する者と手を組む形で生まれたらしい。
そんな経緯から人間には受け入れられやすくもあり、また同時に差別されがちな職業だ。入り込むうえで説得力はあっても決して楽な方法ではないと、ミルキ・ヘーラは語った。
まあ、それでも俺達にはその方法しかなさそうだしな。人間が世界の陰に潜む者たちや異形を恐れるのは、現実世界でも同じだ。
俺達が堂々と人間の前に出るには、このくらいがちょうどいい。
「私はシルキィ。この国でビーストテイマーとして名を売りたいと思い、やってきました」
「そ、そうか。俺達が苦戦していたオークを倒したみたいだし、その実力ならすぐに認められる……と、言いたいんだけれど」
と、男はバツが悪そうに、歯切れ悪く言葉を切る。何だ? やっぱりビーストテイマーだと差別されるのか?
「普段だったら……いや、今は時期が悪かったよ」
「え?」
しかし彼の口から語られたのは、そういった類のことではなく……。
「今は外部からの者は誰も、この国には入れないんだ」
予想外に、そしてかなり厄介な現状を、突きつけられたのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中、森で戦闘のあとを発見、空に何かが?
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