森の中の爪痕
「さて、今夜はこの森で一泊するわけだが」
人間の国、その手前の森で俺達は一旦体制を整えていく。目的地であるブルーダラク領に繋がる人間の国は、もうすぐそこだ。明日の朝には入国するつもりだが……。
「まず、食糧が足りん」
少々予定外の事が起きているわけで。
「積んできた食糧はリムルスとミルキ・ヘーラの分はある。が、俺達の分はない」
「積み忘れか?」
「おい誰のせいだ」
すっとぼけたようなクーナに思わず突っ込む。まあクーナも分かってて言ったのだろう。
ワーウルフ二十一人、全員引き連れてきた張本人だからな。
「という事は、狩りだな」
「まあそうなるんだが」
「あ、あのー、御当主様ー?」
と、そんな流れの中で、ワーウルフに囲まれた背の高い美女が手をあげる。
「私の分は、御当主様が召し上がってくだされば」
「そういう訳にいくか」
愛しい少女の食べる分を取る男がどこにいるんだ。
「どの道食糧確保は必須だが、それ以外にも必要なことがある。寝床の確保だ」
サバイバル経験のあるミルキ・ヘーラによれば、少なくとも川と隣接するここは都合が悪いらしい。まずは俺達二十人越えの寝床を確保せねば。
「場所探しはミルキ・ヘーラを中心に数名、残りの大半はクーナを中心にして狩りだ」
「ん? カイ、お前は狩りに来ないのか?」
「俺は少し採集だ。そうだな……ラルフ、俺と来てくれ」
「っ! ああ! 分かったリーダー!」
声をかけられたラルフが嬉しそうに返事する。クーナはそんな俺に不思議そうな顔をしたが、すぐに狩りに行くグループとミルキ・ヘーラについていくグループを分け始める。頼れる副リーダーだな。
「集合場所はミルキ・ヘーラがいるところだ。お前たちなら匂いで分かるな」
ワーウルフならこんな知らぬ森の中でも集合可能だ。血を嗅ぎとる力は俺達吸血鬼に及ばないものの、基本的な嗅覚なら当然彼らの方が優れている。離れすぎなければ、俺達は必ず合流できる。
「日も落ちてきている。さあ、すぐに行動に移れ!」
「おう!」
そうして皆に指示を出し、俺も早速袋を手に目当てのものを探しに行くのだった。
「リーダー、まずは何を探すんだ?」
「大きくて硬い石や岩、それと柔らかそうな何か、だ」
「ん? 食べものを探すんじゃないのか?」
狼寄りの見た目をしたラルフは、俺に四本足でついてきながらたずねる。
「木の実などの食べ物があれば確保したいが、あまり期待はできないだろう」
見たところどこまでも針葉樹林が広がっているようだし、それにあれもこれもと手を付けていたら時間が足りない。
「そういえば、お前たち『別行動』はできるんだよな」
こうして俺とラルフ二人っきりで移動するのはいいらしい。
「群れで別れて行動した方がいいって時はそうするだろ?」
「……なら留守番だってしっかりこなしてくれ。もう一度聞くが、どうしてついてきた」
今更とやかく言いたくはないが、今後俺が城を開けるときは毎回ついてくる、というようになったらそれはそれで問題だ。
「クーナが言ったように、群れは何日も離れ離れになっちゃいけないからな。リーダーの言いつけに背いたのは……悪いことだって、反省はしてる」
俺の質問に、ラルフは俺に体をすりつけながらそう答える。
「最初わがままを言い出したのはクーナだった。けど、群れの皆が同じわがままを続けて言い出したら、それはもうわがままじゃなくて群れの意志だ。だから俺達は揃ってリーダーに怒られる道を選んだんだ」
「……お前たちの物言いは、相変わらずどこか哲学的だな」
「ずっと一緒にいたいっていうのは、リーダーにとってはわがままなのか?」
ラルフは率直に、まるで心に直接問いかけるようにそう聞いてきた。ワーウルフのこの素直さは、どこか忘れていた純粋な気持ちを思い出させてくれる。
「そうだな……俺も同じ思いだが、俺には怒ってくれる奴がいない」
木々の間から覗く狭い空を見上げて、俺も少しだけ、本音を吐露する。
「俺はそうそう、わがままを言えない」
「リーダー……」
「っと、こんな話している場合じゃなかったな」
俺は落ち込んでしまいそうになる空気を払って気持ちを切り替える。そうだ、のんびりしている場合じゃない。空や森は、徐々に赤く染まり始めている。
「早く見つけない、と?」
「どうしたリーダー? わぷっ」
俺とラルフが少し開けたところに出ようとした時、俺達はそれぞれ違う理由で声をあげる。
「血の匂い……」
「何だ、クモの巣?」
俺は嗅ぎなれたその匂いに、ラルフは前足と顔にクモの巣を張り付けて。
「ああ、動くな。取ってやる」
「うぷっ、リーダー、その血の匂いならもうずいぶん前のやつだ」
「分かってる。戦闘のあとだな」
俺がラルフにくっついたクモの巣を取りながら開けたそこを見れば、不気味に不自然に、大きくいくつも線を引くように地面がえぐられた跡。
そばの岩には、派手に飛び散った血痕。
「……あったはあったが」
いくつか大きな岩が地面から露出している。その中の俺の背よりも大きな岩は、さっき話した『古い血』がべったりと張り付いたやつだ。
「匂いがしたのは渇くのが遅かった地面からだな。岩のほうの血はもう完全に乾いている。少なくとも戦闘は……数日以上前か?」
「他の匂いもだいぶ薄くなってるぞ。こんなデカい跡……何が戦ってたんだろう」
ラルフの鼻でもあまり多くの情報は得られないようだ。
「この森には何かしら危険な生物がいるのか」
「大丈夫だリーダー! 皆でかかれば怖いモノなんてないぞ!」
「ああ、そうだな」
何やら頼もしいことを言ってくれるラルフの頭を撫でるが、それでも流石にこれは気になる。情報を得るため、俺は岩に張り付いた固まった血を爪で削って……。
「お、おいリーダー、そんな血も食べるのか?」
「ああいや違う。少しでも何か分かればと……ふむ」
削って指についた粉状の血を口に含んで、じっくり、慎重に舌の上で味わう。血も古くなると情報を得るのが困難になるが、これなら……ギリギリいける。
「この血の主は人間の若い女、魔力持ち。出血から五日、いや六日以上経過している」
「分かるのか!? 流石リーダー!」
まあ、このくらい吸血鬼ならな。
「人間の国と近いから、別に人間がいること自体は不思議じゃないが……それと戦っていた相手は少し気になる」
「人間と戦ってたのなら、魔王軍か!?」
「かもな。この森にすむモンスターかもしれないが」
戦闘の爪痕であろう、大きくえぐられた地面を見つめながら呟く。
地面に残された跡はいびつな直線。巨大な剣で斬りつけたような、いや、もっと武骨な何かで叩きつけたような……。
何にせよ魔力持ちの人間が血を流す相手、用心しておいた方がいいな。
「で、リーダーは岩を探してたんだろ? 血がついてるけどどうするんだ?」
「あー、そうだな。この血は……どうせ上書きするから気にしない」
俺は目の前の岩をがりがりと爪で削ってみる。硬さ的にも悪くないな。
「あっ!? リーダー! 柔らかい何かって、こういうのでいいか?」
「お?」
ラルフが急に何かを見つけて駆けていく。俺もそれを追いかけると、彼の視線の先、地面には鳥の羽が無数に散らばっていて。
「ははあ、野鳥が何かに襲われて羽をまき散らしたようだな。上出来だ」
うん、まさに探していた素材だ。俺はさっきより贅沢にわしゃわしゃとラルフの頭を撫でる。
「うおおっ!? リーダー! 顔舐めてもいいか!?」
「えっ、あ……ああ、うん、いい、ぞぉっ!?」
言い終わる前に立ちあがり、俺の顔にベロベロと舌を這わせるワーウルフ。こういう仕草、ホント犬だな、って、おい、その、興奮しすぎだ。
「おぶっ! ラルフっ! これはいいんだがっ、も少し、量が、あればっ!」
「おお! 肉がついてなくてもいいなら沢山あるぞ!」
な、何? たくさん?
「ほら、あっちにも飛び散った羽が、わぷっ!」
興奮したラルフはその勢いのまま再び森の方にかけていくが、中に入ったあたりでまたしてもソレに捕まって。
「あーもう、はしゃぎすぎだ。取ってやる」
「ううう、この森、クモの巣がやたら多いぞ」
ラルフは顔に張り付いたクモの巣に辟易するようにそう言った。確かにさっきも引っかかっていたな。
「……いっそ、これを使ってみるか」
「え? リーダー?」
「ラルフ、鳥の羽とクモの巣、ありったけ集めるぞ」
俺のそんな言葉に目を丸くするラルフを他所に、俺は袋にそれらを詰める準備をするのだった。
<現在の勢力状況>
部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名
従者:ベーオウ
同盟:大魔王ガルーヴェン
従属:なし
備考:第七悪魔商会と契約中、森で戦闘のあとを発見
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