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黒い毛並みと青い毛並み



「あれが、魔王軍の一大拠点ですね」

 リムルスの上から横目でその巨大な街を眺めて、ミルキ・ヘーラは呟く。


「人間達と本格的にせり合っている軍事拠点らしいな。成程大した規模だ」

 遠目で見ているが、とりあえず荒野の地平線を埋めるくらいには巨大な街だ。

 高い城壁、いくつも並ぶ塔、青空をくすませるように立ち昇る白い煙。俺が滅ぼし、ガルーヴェンが乗っ取った砦よりさらに西にある魔王軍の拠点。


「あの煙は……何を燃やしているのだろうな」

「あの白い煙は、恐らくは鉄を溶かしているのだと思います。普通は魔法や小さな炉で溶かして作りますけれど、魔王軍ほどの規模になれば建物一つ使って鉄作りしているんじゃないかと」

 となると、青空に白い線を引く煙は蒸気か。


「製鉄技術があるのは分かるが、鉄は普通魔法で溶かして作るもの、というのは面白いな」

「え、そうですか?」

 確かに火の魔法が使えれば鉄の加工も難しくはないのだろうが、それにしたって工業の基礎となる製鉄に魔法とは。


「大体一つの村に一人は鉄を扱える魔法使いがいます。大きな街ならそれに合わせて工房も建ちますし。国のような規模になれば、それこそ直轄で治める専用工房と熟練の魔法使いたちがいますよ」

「鉄と人間の文明が密接な関係にあるのは同じか」

 ふむふむ。魔法が当たり前に存在する世界でも、やることはそう変わりないわけだ。


 ……あれ? というかその鉄を扱える魔法使いをうちに招致(しょうち)できれば、ひょっとして武器や道具を自分たちで作り出せる?


 俺は城ごとこの世界に来たのですっかり忘れていたが、こういうののお約束として鍛冶職人や大工を自勢力に招いて、道具や家を作ってもらうって定番の流れだ。

 これから行くのは人間の国。ひょっとしたらそんな機会も……。


「その人間の国へも、あと半分ほどの道のりですね」

 ミルキ・ヘーラはそんな俺の思考を遮っていく。そう、魔王軍のこの一大拠点が見えれば、行程はあと半分ほど。

「……日が暮れる前にはつけるか」

 一旦この話は置いておこう。日が暮れると少し面倒だしな。

 俺はリムルスを促してその足を速めるのだった。


 そうして休憩を所々挟みながら荒野を走り続け、俺達は目的である人間の国、その手前の森に入ることができた。


「何とか日暮れ前に間に合ったな」

 日はだいぶ落ちてきているが、空はまだ青い。この分なら今夜の寝床を見つける時間はありそうだ。


「はい。あ、御当主様。森で野宿するのでしたらまず川を見つけて欲しいのですが」

「川、か」

 ここまでくると気候もだいぶ異なる。バンブラーの森と違い、ここは幹が太くどっしりした針葉樹が多い。乾燥した荒野を抜けて水源の豊富な地域に入ったのだ。


「音は……たぶん、あっちか」

 耳を澄まして微かな水の流れをとらえる。まっとうに魔法が使えない俺には感知魔法なんて分かりやすい技は無いからな。人間よりちょっといい程度の耳で探り当てるしかないが……。


「おおー! 流石御当主様!」

 音を辿ればすぐに小川のせせらぎを見つけられた。リムルスをそばに連れてってやると、嬉しそうにくちばしを突っ込んで飲み始める。


「近くを流れていてよかった。ここを拠点にするか?」

「いえ、ここは寝泊まりするにはちょうど良く開けていますが、逆にいえば、この森の中でもよく使われる水場なんだと思います。夜になれば獣が水を飲みにやってきちゃいます。でも気持ちのいい場所ですから、ちょっと休憩していくのは問題ないかと」

 ははあ、成程。というかミルキ・ヘーラ……。


「お前、サバイバルの知識もあったのか」

「さば? ええと、基本的に旅を続けていたので、こういう場所で寝泊まりすることも多くて」

 目の前の背の高い美女は荷を広げ、持ってきたサンドウィッチなどてきぱきと用意していく。うん、さらっと言っているが彼女の境遇を思うと……いや、苦労したんだろうなって思う訳で。


「ミルキ・ヘーラ」

「えっ、御当主様!? 何でいきなり頭を撫でて」

 頼もしい限りだ、本当に。

 甘える、という言葉にまだ縋るわけにはいかないが、しっかり信頼はさせてもらおう。

 心を満たす温かな思いを、そのまま手に込めるように返して……。


「もー……シたくなっちゃったんですか?」

「い、いや何でそうなるっ!?」

 流石にそんなつもりはなかったぞ!?

 日は落ちてきているとはいえこんな明るい中で。針葉樹の葉から落ちる木漏れ日と小川のせせらぎ、小鳥の声が彩るのどかな空気でそんな……あいや、別にそれでも……。


「ミルキ・ヘーラ」

「はい、じゃあ休憩した後に」

「俺から離れるな」

「えっ!?」


 ……くそう、邪魔してくれるじゃないか。

 小川を壁にするように俺達の周りから漂ってくる気配。

 獲物を逃がさないように、出口を塞ぐように迫るそれらに。


「ガアアー!?」

「お前もこっちに来い」

 遅れて気が付いたリムルスはパニックになりかけるが、どうやら俺の傍が一番安全と判断したのだろう。慌ててすり寄ってくる。


「ご、御当主様っ! 獣ですか!?」

「さて……よく知る気配のような」

「俺達に気付いたか」

 森の暗がりから、聞こえてくるのはそんな声。

 向こうも俺達が警戒態勢を取ったのが分かったのだろう。隠れるのをやめ、森の陰から現れ……。


「えっ!? わ、ワーウルフ!?」

「油断するな。クーナ達とは違う」

「俺達ワーウルフを知っているのか? なら話は早い」

 狼の耳と尻尾。

 ぞろぞろと、その毛並みを風に揺らして二十人近くが現れたのだ。クーナ達と同じ……だが、闇に紛れるように真っ黒い毛を持つワーウルフの群れ。


「ここは俺達の縄張りだ。生きて出たいのならそこのリムルスは置いていけ」

 そう言ってリムルスを指さす男……恐らくはこの群れのリーダーだ。ぎらついた目に人間よりのシャープな顔立ち。俺よりは少し高いくらいの背で、かすれ気味の声にはまだ若さが、けれどそれを感じさせないほどの殺気と覚悟も。

 過酷な世界で戦うことに慣れていった少年、といった感じか。


「お前たちの縄張りに勝手に入り込んだことは詫びよう。だが、お前たちにこいつを差し出すわけにもいかない」

「ならそっちの女を差し出すのか? デカいし柔らかそうだし、構わないぞ」

「馬鹿を言え。そうするくらいならお前たちを皆殺しにするさ」

「なッ!?」


 さて、とは言ったものの……。

 俺達の周りを半円状に囲む黒いワーウルフ達。ミルキ・ヘーラとリムルスを抱えている以上、あまり手加減や油断はできない。

 不意を打たれてもマズイ。なら手っ取り早く殺すのが一番いい、のだが……。


「どうやら、お前ら三人まとめて食わせてくれるようだな!」

「引き際も分からんリーダーか。他の奴らは逃げても構わんぞ」

「ふざけるなっ! リーダー! さっさと食い殺しちまおうっ!」

「俺達は一人だって逃げやしないっ!」

「そうだっ! 皆リーダーについていくって決めたんだ!」


 じり、じりとその輪を狭めていくワーウルフ達は……よく見れば、どいつもこいつもまだ若い。当然女もいる。血気にはやるその姿は、囲われている俺達より追い詰められた空気を醸し出す。


 ……気乗りはしないな。彼らは、クーナ達と同じ、ワーウルフだ。


「ミルキ・ヘーラ、少しの間だけ、目をつぶっていろ」

「ッ!? ご、御当主さっ」

「覚悟しっ!?」

 リーダーと思われる少年の言葉は、そこで途切れる。

 唐突に、森に割って入った鋭い……別の殺気に!


「何っ!?」

「なんだっ!?」

「お、俺達が囲まれてるっ!?」

 彼らの動揺、いや、俺も突然の乱入者の気配に思わず目をむく。敵の増援? 違う、彼らの反応からするとそれもない。それにここまで気配を感じさせずに近づくなど……。


「ガアアッ!」

「ぐっ!?」

「な、何ぃっ!?」

「誰だお前らっ!?」

「わ、ワーウルフ?」

 ワーウルフ達が、同じワーウルフ達の奇襲に驚き慌てふためいている。俺達を囲った黒い群れよりずっと機敏に動き回る、青い群れがそのまま俺達を囲って……。


 え?


「大丈夫かっ!」

「助けに来たぞっ!」

「リーダー、姉御、無事かっ!」

「ええええええええええ!?」

 あ、いや、お前たち!?


「何でお前たちがここにっ!?」

「あ、あいつらの仲間だっ! 構うなっ! 全員でかかっ!?」

「遅い」

 ズザザ、と、相手のリーダーの脇をかすめるように駆け抜ける、青い毛並みのワーウルフ。

 マントを翻し、口に刀を咥えた、俺のよく知る少女。


「クーナ!?」

「な、なん……お前」

「今ので、首を掻き切れたぞ」

 俺と黒いワーウルフの男の間に立ちはだかって、クーナは鋭い殺気を放つ。


「カイ、ここは私に任せてくれ」

「え、あ、いや、クーナ、何を」

「お、お前らっ! 仲間を隠していたか!」

 動揺と激昂を混ぜた声で、敵のリーダーは吠える。その声は周りの怯えた様子のワーウルフ達にも活を与えて。


「いいだろうっ! 例え同じワーウルフでも、俺達の縄張りに入った奴らはっ!」

「すまないな。お前たちの縄張りを荒らすつもりはなかったんだ」

「なっ!?」

 任せてくれと言ったクーナは、意外な切り口で話し始めた。


「私たちはこの森を通って人間の国に行きたいだけだ。そんなに長居はしない。通してくれないか?」

「な、何っ!?」

「ふざけるなっ! いきなり押しかけてきて!」

「信じられるかっ!」

 クーナの冷静な言葉に、当然熱の冷めきらない黒いワーウルフ達は騒ぎ立てるが、そんな中でクーナの前に立つリーダー格の男は少し違った。


 クーナに、直に殺気を叩きつけられている男は……。


「お、お前らよそ者だろうが! そんな奴らの事、信用でき」

「できないなら、ここでやりあうしかないな。全員が死ぬまで戦うか?」

「ッ!?」

 クーナの間合いに入っている敵のリーダーは……既に力の差を見せつけられ、命を握られてるにも等しい状況のリーダーは、ここで戦いの火ぶたを切る事ができない。


「くっ! その言葉……忘れるな」

「り、リーダー!?」

「ダメだ、退くぞ」

 周りはそんな単純な状況すら飲み込めず不服そうに……けれどリーダーには従って、それぞれが森の陰に再び掻き消えていく。


 あっという間に、事態は収束したのだった。


「やれやれ、小うるさいのに噛みつかれたな、カイ」

「ああ、いや……その、助かった」

「姉御も大丈夫か!?」

「あ、はいー。大丈夫です」

「良かったよかった! まさか他のワーウルフ達の群れに捕まってるなんて」

「リーダーならきっと勝てただろうけれどな!」

 わいのわいのとはしゃぐワーウルフ達。いや、うん、勝てたは勝てたが実際助かった。違う群れとはいえこの手でワーウルフ達を殺さずに済んで……。


「で、お前たち」

「よしカイ、今日の寝床を探そう! ここは川に近すぎるから、もう少し離れたところに」

「何でここにいるんだ?」

 俺の言葉にクーナはぷいっと目を逸らす。他のワーウルフ達も、それはもう見事に明後日の方向をそれぞれが向いて誤魔化そうと……いやいや。


「誤魔化せるかっ! 何でお前たちがここにいるっ!?」

「そっ、それは……何でだろうな。偶然だ」

「そんなわけがあるか! まさかついてきたのか!?」

 ワーウルフなら俺達の匂いを辿ってくることは可能だろう。休憩を挟んでいたから、一応彼らの足でも追いつけるはずだ。


「何で、よりにもよって黙ってついてきた!」

「何言ってるんだ。こうやって反対されるのを分かってたから黙ってついてきたんだ」

 ああもうそれはその通りだな!


「ってことは、マリエ達も知らないのか!?」

「今頃大騒ぎだな」

「気軽に言うな!」

 俺が強めの口調で怒鳴ると、クーナ達の耳がぺたんと後ろに倒れる。一応悪いことをしたという自覚はあるらしい。ちょっと可愛い……ああいかんいかん。


「はあ……帰りの食糧はこれから確保しよう。全員気をつけて帰るん」

「やだ」

「ヤダじゃない。分かっているだろう? 俺達は人間の国に入るんだ」

 そう、遊びに来たわけじゃない。吸血鬼の街、ブルーダラク領に入るため、俺達は人間の国を通り抜けなければならない。


 ワーウルフのクーナ達じゃ、どう考えてもその入り口でアウトだ。


「それに俺の留守を狙って城が攻められるかもしれない。だからお前たちには城の方を守って欲しくて」

「嫌だっ!」

「ッ! クーナ、お前がここまで分からず屋だとは」

「分かってないのはカイの方だっ! 群れは、離れ離れになっちゃいけないんだっ!」

「っ!?」

 クーナの、心の中まで揺さぶるような強い叫びに、俺は思わず言葉を詰まらせ……。


「カイ、お前がどんなに強くたって独りぼっちになんかさせないぞっ! どんなに辛くたって、苦しくたって、群れは皆でそれを乗り切るんだっ!」

「い、いやだからっ! そういう話をしているんじゃなくて」

「人間の国に入りたいなら、私達を連れてるペットだとでも言えばいい!」

 お、お前な。そんな言い訳通じる訳ないだろう。


「さっきだって困ってたじゃないか! 私たちがいなければ今頃」

「今頃、あいつらを死体に変えていただけだ」

 俺はため息をつきつつ、さっきまでの状況を思い返す。


「俺はあんな奴らには負けない。要らぬ心配だ」

「……そんな嫌そうな顔してか?」

「え?」

「カイ、お前が強いのは知ってるさ。あんな奴らに負けるだなんて思ってない。けどな、お前が、殺しが好きという訳じゃないのも知ってるぞ」


 それは……これまでに俺が言われたことのない言葉で。


「お前に、さっきそんな顔をさせないでよかった。私たちにだって、できることはあるだろう?」

「あ……いや、ちが……ああ、ちょ、ちょっと待て!」

「私たちがついてくることを、許してくれ」

 い、いやいや! そういう訳にいくか! これは現実的な話だ! 俺がどうとかはこの際関係ない! だから……。


「あの、御当主様」

 と、少し混乱しかける頭に降って湧いたような助けとなる声。

 そ、そうだ。ミルキ・ヘーラからも何か言ってやって……。


「クーナさん達を連れて人間の国に入るのは、何とかなるかもしれません」

「……えっ!?」

 ちょ、ちょっと待てミルキ・ヘーラ!? お前まで何を!


「おお! やったぜ!」

「流石姉御だ!」

「姉御大好きっ!」

「あ、あらあらー」

「いやいやいやっ! そ、そんな方法が……ある、のか?」

「はい。ワーウルフはまだ人間と共生できると考えられている種族ですから、恐らくは」

 い、いや、いけるのか? いや……あ、その……。


「カイ、頼む」

「……はあ」

 クーナの言葉にワーウルフ達は揃って俺を見る。まだ怒られた時のように耳を後ろに倒しながら、けれどさっきと違ってもう目は逸らさずに。


「全く、こっちはリーダーのいう事聞かないんだものな」

 飼い犬に手を噛まれるってこういう……いや、違うか。


「……分かった。お前たちも手伝ってくれ。一緒に行こう」

「ッ! カイっ!」

「うおっ!?」

「やったあああっ!」

「流石リーダー!」

「リーダー大好きっ!」

「あぶっ!? だから顔舐めはやめっ! んんっ!?」

 許可した途端にこれだ。


「ふふっ、良かったですね。御当主様」

「良くなっ、んんんっ!? だ、だからそこはっ!? あぶっ!」

「カイっ! 大好きだっ!」

 ああ、俺もだよ。

 俺もだから……頼むから、もう少し顔舐めは加減してくれと思うのは、我儘だろうか。


 こうして予定とは違い随分と大所帯となって、目的地へ向かう事になるのだった。



<現在の勢力状況>

部下:古ゴート族82名、レッサーオーク51名、ギガントオーク67名、ワーウルフ21名、ワーダイル60名

従者:ベーオウ

同盟:大魔王ガルーヴェン

従属:なし

備考:第七悪魔商会と契約中、ワーウルフ達と合流





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