恐れなど捨てろ
ケイワクが殺し損ねたものをシーゼンが射貫いて行く。
戦闘とも言えない蹂躙は終わりを迎えようとしていた。
「どうだ?実戦は初めてだろう?」
「・・・。千里眼で見えていても届かないというのはもどかしいものがありますね」
初めて目に関する技能を付けて創造したのだが、上手く機能しているようだ。もどかしいと言われても俺にはどうしようも無いので慣れてくれ。
シーゼンが俺を呼ぶときは「御館様」と言う。シディと被るのだが、2人が一緒に居る時は殆んど無いと思うので、どちらか分からないという事は無いだろう。
この場には似つかわしくない、白と黒の袴姿の彼女が放つ矢は、生き残った守護者に容赦なく刺さっていく。
錆びた機械が出すような音を立てて弦が引かれ、的に吸い込まれるように矢が飛んでいく。
「結構な数を殺したと思うんだがまだ居るのか?」
『千里眼』を持っているシーゼンに確認を取れば、見える範囲に敵らしき姿は見えないとの事。
デピエミックとモワティエの守護者は見かけるものの、彼等もコチラへ向かってきている様だ。敵も見える範囲は殲滅したんだからやる事が無くなったんだろう。
「見える範囲には居ません。それよりも・・・石畳の割合が増えているような気がしますね」
「相手の戦力が減ったから」
シーゼンの言葉にモワティエが返す。
今回の戦闘で俺達の陣営は多大な戦果を得た。陸地は相手側のダンジョンマスターにも居るのでこれと言った違いは分からないけど、モワティエの領地も増えているんじゃないか?
MP388,163(+3,811) → 391,974
MP回収もしょっぱい。レヴィアタン2体分と少しだ。
あんな奴らならレヴィアタンは到底抜けはしない。『物理無効』を突破しようと思ったら魔法で殺すしか無いのだが、『魔法抵抗』を抜ける魔法使いが居るとも思えない。
「皆の今のMPはどのくらいなんだ?」
「私は大体150だよ」
「7,573」
2人とも少ないのな。よくそんな数字で戦えたものだ。
「425,592でしょうか」
「「え?」」
レイが言った数字に、この場の空気が凍る。正確には、モワティエとデピエミックがだ。
俺はそんなものかなと感じているし、別段驚くような数字でもない。
「俺は39万と少しだな」
「「え?」」
だからなぜ驚くのか。こんな数字は1か月何もしなければ直ぐに出せるだろうに。
・・・もしかしてMPを貯める方法を知らないのか?それならあんなに少ないMPなのも納得できるが。それにしても少なくないかだろうか。
そんな時、ファインの群れが帰って来た。こちらの損害は無し。相手側はそれなりの数を失ったようだな。南無。
MPが全て奪われてしまえば気絶してしまい地面に落ちてしまう。そのまま骨を折って死んでしまう者が殆んどだったらしい。
MP391,974(+6,325)→398,299
MPうまぁ・・・。
□
戦闘は終わったので、今はモワティエのダンジョンへと帰還している。
ファインとケイワクはシュヴァルツヴァルトの方に戻り、俺の陣営でこの場に居るのはレイとレヴィアタンの2名だ。
レヴィアタンの方はそのままでは大きすぎるので、『変幻自在』で人っぽくなっている。『人化』では無いので、人の形をしている何かという不気味な姿だ。ダンジョンに戻してないのは、彼女が居られるような水場がウチに無いからである。海の階層を創らなければ。
レイはモワティエのダンジョンが楽しいのか、忙しく周囲に視線を配っている。楽しそうで何よりだ。
「俺達はこれで帰ろうと思うんだが大丈夫か?」
「大丈夫。エバノのお陰でだいぶ盛り返した」
「そうか、それは良かった」
夜の樹をくぐり、太陽の樹に沈み込む。その道中で、俺達が帰る事を告げた。
ここでの俺達の役目は全て終えたからだ。神の意思に合っているかは分からないものの、コレで彼女等が負けることはあり得ないだろう。不死者のダンジョンに関しては未知数な部分があるが、デピエミックが戦った事があるのだから最低限の情報は持っている筈だ。
「少し時間を貰う。話しをしたい」
「構わないぞ。俺も聞きたい事がある」
箱舟にレイとデピエミックを残し、俺達は更にダンジョンの深部に潜った。
建物の中にあった方陣に乗ってやって来たのは、ただの大きく開けた空間。そこにはいくつもの守護者と思わしき物が氷漬けになっていた。
「ここは?」
「祖先の守護者達。マスターが凍ると同時に彼等もこうなった」
兵馬俑を生で見ているような感覚だ。
守護者達は目を瞑り、静かに復活の時を待っている様に感じる。
「どうしてココに連れて来たんだ?」
「・・・」
俺の問いに彼女は答えない。
何か言いたくない理由があるのか。それなら俺を連れてきた意味が無い。
彼女は俺に何か言いたくてココに来たに違いない筈なのだ。
少しすると、彼女はポツポツと話し始めた。
「エバノの様に戦う人を見たことがある。無尽蔵のMP。強力な守護者。彼等の様に私もなろうとした」
俺はそんなに大したものじゃないさ。
「彼等の守護者もココに居る。でも私は到底追い付けそうにない」
種が分かれば誰でもこれぐらいは出来るようになる。
そう声を掛けたいのに、話しかけられないような何かが彼女にはあった。
「モワティエの守護者だって強そうじゃないか」
俺の口から出たのは、そんな慰めにも似た、情けない言葉だった。
「そう見えるだけ。守護者にも舐められている私じゃ彼等を本当に使えているとは言えない」
「君は十分に戦えてる」
「・・・・・・。私はダンジョンマスターについて詳しく知らない」
話しの流れが変わった。何か繋がりがあるのか?
守護者に舐められていると、感覚的に分かる筈だ。他のダンジョンマスターがどうこうと言う話しにはならない。
「話しを逸らすな。今他のダンジョンマスターは関係ない」
「他のダンジョンマスターはどうなのかと思っただけ。本当は、戦いたくない私を守護者が良く思っていないという事」
戦いたくないダンジョンマスターと言うのも珍しい物だ。
ダンジョンマスターの役割上、戦闘はどうしても避けられない。
「私がダンジョンマスターになってから結構たった。神に言われて獣人の国を滅ぼした。塔を護った」
「それが仕事だ」
「嫌だった。したくなかった。子供の泣き声。舞い散る火の粉。その全てが私を責める」
彼女の親が何時凍ったのか俺は知らない。でも、彼女の様子を見る感じでは、幼い内に親と離れたのだろう。
頼りになる筈の守護者は親と共に氷漬け。誰も彼女にダンジョンマスターの事を教えてやれる人間は居ない。彼女を助けてくれる人間も居ない。
「泣いていた子供が自分に重なった。戦う度に思い出す。もう耐えられない」
「そうか」
俺は体内から掌にアイリードを出し、彼女に突き付けた。
彼女が耐えられないというのなら、ココ俺が命を絶ってやる。それが彼女の為だ。無理に戦う必要は無い。
ダンジョンマスターの器では無い彼女にはここが限界だろう。
「死にたいのなら殺してやるぞ」
「戦いが終わったらそうして。もう疲れた。バベルは壊す事にする」
バベルが無くなった所でDMOは止まらないだろう。でも、彼女がそう思っているのならそう言う事にしておこう。
モワティエが死んだあとで俺が竜と箱舟を護ればいい。
「神は私を助けてはくれなかった。今更来たって遅いよ」
そう言って首を傾げる彼女は、ゴーグルの中に涙を溜めていたのかもしれない。
確かに、神は直接的には助けてくれない。それでもチャンスは何度かあったんじゃないだろうか。
例えば。例えばだ、俺の知らない何処かの誰かが悩んでいたとしよう。困っていて、どうしようも無くて、死にたいと思っていた時。
「行動しなくちゃ誰も見てくれない。動かなければ誰も気づいてはくれない。・・・モワティエは今どうしたい?何か言っておきたい事は無いのか?」
エバノが姿を隠し、鴎が顔を出した気がした。
もう完全に切り替わったと俺自身も思っていたのに・・・。
ホームに落ちた子供とモワティエが被って見えたのかもしれない。
どうしてか、俺の周りには保護欲を刺激するような人間が多い。
「少しの間だったけど楽しかったよ・・・・・・」
そう言ってゴーグルを外し、マントの留め具を引きちぎる。
初めて本来の姿を見せた彼女は綺麗だった。
両親の影響だろうか、金と翡翠のオッドアイ。
白と灰がまばらに入り乱れた、作り物の様な皮膚。
これがモワティエが隠していたもの。親の情報が見ただけでわかる、自分自身の身体。
「綺麗じゃないか」
「親を思い出す。あんまり見たくない」
彼女はゴーグルをつけ直し、続けて言った。
「ここからは私の仕事。先祖の誰1人にも笑わせはしない」
神を恐れる少女は、文字通り「一世一代」の大仕事の締めを始めようとしていた。
俺から彼女にしてあげられること。それは、シュヴァルツヴァントの座標が載っている、『転移』の方陣が描かれたマントを渡してあげる事ぐらいかもしれない。
「モワティエの好きにやればいい。それでダメなら笑って俺に任せればいい。モワティエが負けることは絶対に無い・・・神にでも何でも誓ってやるよ」
それじゃあ帰ろうか。
俺は主天使。この戦闘、戦場、戦う者全てを『支配』してみせよう。
結果は勝利。それだけがあればいい。
戦おう。1人の、死のうとしている少女の為に。
聞こうと思っていた質問を忘れていた事に気付くことも無く、そう固く誓う。