警告
微子の憂鬱 第7話 呂望という唯一無二の理解者を得て、さらに寵姫・妲己をも動かした微子の謀略は、ついに最悪の結末を迎えた。伯邑考を羹にして父親に喰らわせるという、凄惨極まる復讐。 憎き姫昌の心をへし折ることに成功した微子は、これまでにない万能感に浸り、妲己と共に勝ち誇り、上機嫌な日々を過ごしていた。 そんな折、二人に帝辛からの直々の呼び出しがかかる。「ふふ、大王(帝辛)も私たちの手腕をお褒めくださるのだな」 鼻高々で謁見の間へと足を踏み入れた微子だったが、室内の重苦しい空気に一瞬で笑顔が凍りついた。 そこには、弟である帝辛だけでなく、二人の叔父――箕子と比干が、並々ならぬ気配を纏って立ち塞がっていたからだ。「微子! 妲己! 貴様らは一体どれほどの愚行を犯せば気が済むのだ!」 沈黙を破ったのは、比干の割れんばかりの怒号だった。激昂のあまり顔を真っ赤にし、青筋を立てて二人を指差す。「無実の有力諸侯の長子を、あろうことか惨殺して父親に喰らわせるなど、人の道に非ず! 商王朝の品格を泥に塗る、天人共につなぎの暴挙であるぞ!」 隣に立つ箕子もまた、苦虫を十噛み潰したかのような険しい表情で、冷徹な苦言を呈した。「……微子よ、お前が西方を憂う気持ちは分からぬでもない。だが、このやり方はあまりに幼稚で凄惨だ。天下の諸侯がこれを知れば、商への不信感は決定的なものとなるぞ」 二人の最高権力者からの激しい追及。先ほどまでの万能感は消え失せ、微子は冷や汗を流して立ち尽くす。 だが、その様子を玉座から見下ろしていた帝辛が、表情一つ変えずに、低く淡々とした声で割って入った。「比干、箕子。……其方たちの言い分は、もっともである。寸分の狂いもない正論だ」 一転して、帝辛の無表情な双眸が微子と妲己へ向けられる。「――だが。私は、この二人を称賛しよう」「大王!?」 驚愕する比干を片手で制し、帝辛は唇の端をわずかに吊り上げた。「何故か? 今回の素晴らしい『喜劇』で、この私を大いに笑わせてくれたからな。退屈な宮廷にあって、これほどの見せ物はそうそうない。ゆえに、約束通り褒美を渡そう。――おい、例の物を、二人に」 帝辛の合図とともに、数人の官士たちが恭しく大きな盆を運んできた。 その上には、まばゆいばかりの黄金や財宝が山積みにされている。……しかし、微子と妲己の目が釘付けになったのは、その財宝の「隙間」に転がっている、どす黒い物体だった。 盆の上に、生々しく並べられた、いくつかの『生首』。 それは、今回の計画で伝令に使った妲己の女官であり、伯邑考を拉致して殺害した兵士たちであり、死体を切り刻んでスープに仕立てた料理人たちの生首であった。まだ血の滴る首が、虚ろな目を見開いて二人を睨みつけている。「きゃああえあああああああっ!?」 妲己が短い悲鳴をあげて床にへたり込む。 微子もまた、心臓を冷たい手で鷲掴みにされたかのような衝撃に襲われ、ガタガタと歯の根が合わないほどの震えが止まらなくなった。「ああ、安心せよ。その者たちはな……」 帝辛は、無表情のまま冷たく言った。「この私が直々に、伯邑考へ朝歌での滞在と面会の許可を出したというのに、それを無視して今回の蛮行に協力した不届き者たちだ。私の王命を軽んじた罪で、先ほど全員の首を刎ねさせておいた」 静まり返る謁見の間に、帝辛の冷徹な圧迫感が満ちていく。「先ほど申した通り、二人に罰は無い。この財宝はすべてお前たちのものだ。大いに受け取るが良い。……が。――我が商において、王命を破ればどうなるか。それだけは、脳髄にしかと刻んでおくことだ」 それは、「次はお前たちの首がここに並ぶ番だ」という、絶対的な死の警告だった。「は……ははっ……! あ、ありがたき、幸せ……に、ございます……!」 微子と妲己は、床に額を擦り付け、涙と冷や汗で顔を濡らしながら、震える声でお礼を捧げた。 命からがら謁見の間を退出した二人の背中には、もう先ほどまでの傲慢さは微塵も残されていなかった。(第7話 終)




