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微子の憂鬱  作者: 日和見


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管叔鮮

微子の憂鬱 第39話――間違ってなどいない。 私は、都で独裁を強行する四男の弟・周公旦しゅうこうたんの横暴をいさめるため、そして前線の民を守るために、断腸の思いで兵を挙げたのだ。 しょうの正統なる後継者である武庚ぶこう殿を、涙ながらに説得して反乱軍の盟主になってもらい、始まった「三監の乱」。 最初の九ヶ月から一年は、すべてが順調に進んでいた。現地の民も遺民も我らを支持し、周の防衛線を今にも食い破る勢いだった。 だが、南から召公奭しょうこうせきの大軍が参戦したことで戦線は停滞。 そして何より――都を追放されたはずの我らの偉大な師父・呂望ろぼう先生が周側に就いて攻勢に転じた瞬間、戦流は完全に逆巻いた。あの化け物じみた軍略の前に、我が軍はことごとく撃破され、包囲網は日ごとに狭まってゆく。 内戦を起こして、すでに二年。「……もはや、巻き戻しは不可能か」 朝歌ちょうかの陣営の奥、私は迫り来る終焉しゅうえんを前に、静かに覚悟を決めた。 私は盟主である武庚殿、そして共に挙兵した五男の弟・蔡叔度さいしゅくど、八男の弟・霍叔処かくしゅくしょを前に、深く頭を下げた。「すべては、周公旦の強権を止められなかった私の不徳の致すところ。挙兵の全責任は、言い出しっぺであるこの管叔鮮一人だけで背負う。だから武庚殿、お前たちも、どうかすべての罪を私に着せて生き延びてくれ……」 身を震わせる私に対し、武庚殿は――ただ、朗らかに、不敵に笑ってみせたのだ。「はは、管叔鮮殿。どうかお気になさるな」 その瞳には、敗北者の怯えなど微塵もなかった。かつての大王・帝辛を思わせる、圧倒的な王の威厳がそこにあった。「私は誰に強制されたわけでもない。私自身の意志で、この反乱軍の盟主になったのだ。ならば、一番の責任があるのはこの私だ。それに……今回の挙兵に関して、私は我が商の『祖霊』に恥じることなど何一つ無いのだからな」「武庚殿……。しかし、元々は私達兄弟があなたを説得して、神輿に担ぎ上げたのではないか……!」「違いますよ、鮮殿。私はただ、己の誇りに従ったまでだ」 あまりの器の違いに、私は言葉を失った。 その後、激しい議論の末、五男の蔡叔度だけは、私たちの説得に応じて現領地を捨てて遠方へと逃亡(亡命)することを受け入れてくれた。せめて一人でも、血脈を生き残らせるための苦渋の決断だった。 去りゆく叔度の背中を見送りながら、私はふと、胸に湧き上がる暗い虚しさを吐露した。「歴史はいつだって、生き残った勝者が作るもの。戦に敗れた我々は……後世の人間たちから、なんと酷い悪党としてなすりつけられ、言われようか……」 三監の乱の首謀者。国を傾けた大罪人。勝者の筆によって、私たちの名誉は泥に塗られるだろう。 だが、武庚殿はどこまでも静かに、穏やかに微笑んだ。「ふふ、鮮殿。そんなもの、後世の連中に好きなだけ言わせれば良いではないか」 彼は朝歌の、かつて父が崩御した燃え盛る宮殿の跡地を見つめ、厳かに言い放った。「誰がどう評そうと関係ない。ただ、己の魂と、我が商の祖霊にさえ恥じなければ――それで十分だ」「……っ」 ああ、この男は、最初から死など恐れていなかったのだ。 国を滅ぼした暴君の息子などではない。誰よりも商の誇りを胸に抱いた、気高き最後の王がそこにいた。     ◆ 間もなく、朝歌は陥落した。 武庚殿は商の誇りを抱いたまま堂々と処刑され、私もまた、捕縛されて都へと連行された。 冷たい尋問の間。 目の前に座る摂政であり四男の弟・周公旦を、私は真っ直ぐに見据えた。「旦よ。すべての責任は、兄である私にある。私を八つ裂きにしようと、首を刎ねようと好きにするが良い。――だが、蔡叔度や霍叔処、彼らは私の命令に従ったに過ぎぬ。どうか……弟たちだけは、助命してやってくれ……!」 自らの命を差し出し、必死に食い下がる私の最期の懇願に、旦は複雑な表情のまま、ついに小さく頷いた。「……分かりました、鮮兄上。蔡叔度らは流刑(追放)に留め、命だけは助けましょう」「……そうか。ありがとう、旦……」 弟たちの命が救われたことに安堵し、私は静かに目を閉じた。 私の命はここで尽きる。歴史の闇に、罪人として葬られる。 だが、私の心には、あの朝歌の空の下で武庚殿と交わした「己と祖霊に恥じない」という言葉が、確かな誇りとして、いつまでも気高く輝き続けていた。

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