誤算
微子の憂鬱 第37話――おかしい。 あまりにも、計算と違いすぎる。 天下を真っ二つに割る大内戦「三監の乱」が勃発してから、すでに一年の月日が流れていた。 本来ならば、私の完璧な頭脳が弾き出した方程式通り、反乱軍も周軍も互いに擦り切れ、じり貧になって共倒れしているはずの時期だった。 だが、現実は私の予想を遥かに超えた、とんでもない方向へと暴走していた。「おいおいおい……嘘だろ!? 東方で孤立したはずの斉が、なんでまだピンピンしてやがるんだ!」 建国間もない呂望の国など、周囲を取り囲む旧商王朝派の諸侯たちによって、一瞬で圧殺されると踏んでいたのだ。だが蓋を開けてみれば、攻め込んできた敵対諸侯たちを、あの化け物(呂望)は悉く返り討ちにし、返り血を浴びながらケラケラと笑っているという。「東方の諸国が情けなさすぎるのか!? それとも、やっぱりあの老人が人間の皮を被った化物なのか……!?」 戦慄する私に、追い打ちをかけるような最悪の報せが都(鎬京)へと飛び込んでくる。 盟主となった武庚率いる殷の軍勢と三監の反乱軍が、凄まじい勢いで周の防衛線を食い破り、その勢力をどんどん拡大させているというのだ。「おい! 何をやっているんだ周軍は! 君達、北の燕と都の周軍で敵を挟撃している立場だよ!? なんで挟み撃ちにしている側が、押されて負けかけてるのさ! 何やってるの!!」 私は自室で頭を抱え、ガタガタと震えながら部屋の中を右往左往した。 マズい。致命的にマズいぞこれは。 このまま周軍が負けて、反乱軍が周の都であるここに攻め込んできたらどうなる?「……もし、武庚の奴がこの都に来たら。……いや、あいつ、もしかしたら私のことを少しばかり恨んでいるかもしれないな?」 牧野の戦いの前、全軍の前で商をボロクソに叩いたあの演説。妲己を見捨てて呂望の元へ逃げ込んだあの夜。 脳裏に冷や汗が吹き出す。いや、だが待てよ。落ち着け私。「でも、私は武庚から見たら、血の繋がった『叔父上』な訳だしね? いくら何でも、実の叔父上を八つ裂きにするような不孝はしないはず……。いや、でもあいつのあの冷めた目(第24話)を思い出すと、やっぱり少しだけ……いや、めちゃくちゃ不安だな!!」 叔父上だからセーフ、というあまりにも苦しい言い訳を脳内でこねくり回すが、生存本能が「周が負けたら100%死ぬ」と告げていた。 生き残るために始めた工作なのに、これでは本末転倒だ。すべては、都を護るあの男の不手際のせいである。「それにしても、情けないぞ周公旦! 摂政だ何だと偉そうにしておきながら、せっかくの私からの心配り(大功を立てるチャンス)を台無しにしやがって!」 私は必死で己の脳内を都合よく変換し、怒りの矛先を周公旦へと向けた。 こうなったら、優秀な私が直々に軌道修正をしてやるしかない。「あのご真面目な堅物め、一人で抱え込んでパンクしかけているな。良し、少しばかり私が、あの男のケツを叩いて(アドバイスして)やるとしよう!」 私はガタガタ震える膝を必死に抑え、聖人のような心配顔を作り作ると、周公旦の執務室へと全力で駆け出すのだった




