独裁
微子の憂鬱 第33話 月日は流れ、私と周公旦の関係は、誰もが羨むほどに深く打ち解けたものとなっていた。 張り詰めた国政の裏で孤独に苛まれる彼の悩みを聞き、寄り添い、最もらしい助言を伝える。いまや私は、孤高の摂政にとって唯一の本音をこぼせる「親友」の座に収まっていた。「周公旦殿。亡き武王(姫発)殿の忘れ形見である、幼き姫誦(成王)様を守れるのは、この天下であなた一人だけなのです」 王宮の密室、私は四男でありながら摂政として疲れ切った旦の肩にそっと手を置き、どこまでも慈悲深い聖人のような声で囁きかける。「他を頼ってはなりません。たとえ周囲の大臣たちにどれほど嫌われようと、非難されようと、それが何だというのです? 貴方は国を背負う『摂政』なのだという自覚を、強くお持ちなされ」「微子殿……。やはり、私を理解してくれるのは貴方だけだ。周囲は私の厳格なやり方を『独裁』だと責め立てるが、私はただ、兄上の遺志を……周の基盤を確かなものにしたいだけなのだ……」「ええ、分かっておりますとも。ですから、弱気になってはなりません。王を守るための正しき政策なら、強硬に突き進めるべきです」 大丈夫、逆らう愚者どもなど叩き潰してしまえば良い――。 そうやって、私は優しく、甘く、彼の頑なな正義感を後ろから全力で後押ししてやった。本当に、優しいな私は。 お陰で、効果は劇的に現れた。 周公旦が「王のため、国のため」と義務感に駆られて頑張れば頑張るほど、朝廷内に強引な派閥が生まれ、他の重臣たちとの仲が急激に悪化していく。 商の旧領にいる三男の兄・管叔鮮や、五男の弟・蔡叔度、八男の弟・霍叔処ら兄弟たちはもちろん、最近では、あの実直を絵に描いたような重臣・召公奭との間でさえ、顔を合わせれば激しい口論になるほどギクシャクし始めていた。(あは♪ いいぞ周公旦、その調子だ。もっと孤立しろ、もっと頑なになれ……!) 都の空気が修復不可能なほどに冷え切ったのを見届け、私は再び商隊を率いて前線へと向かった。 そして、旦への不信感を募らせている五男の弟・蔡叔度の元へと赴き、困惑と恐怖に満ちた表情を完璧に作って見せた。「蔡叔度殿……大変なことになりました。都の周公旦殿が、ただご自身と意見が異なると云うだけの理由で、古参の大臣を罷免されました」「何だと!? 意見が違うだけで罷免だと!? 兄の鮮殿ならいざ知らず、年下の兄である旦の奴が、ついに本性を現したか……!」 叔度が激昂し、顔を真っ赤にして立ち上がる。 私は一切の嘘をついていない。四男の旦が独裁に近い強権を発動し、大臣をクビにしたのは紛れもない「事実」だ。だが、その裏にある旦の「王を守るための焦り」という動機を意図的に隠し、単なる『独裁者の暴挙』としての角度だけを強調して伝える。「このままでは、遠方にいる兄の鮮殿や、ご兄弟の皆様の身も危ういのではないかと、私はひどく懸念しております……」「……あの傲慢な兄め、やはり幼き成王を廃して、自ら天子に就くつもりだな!」 恐怖と不信の毒が、蔡叔度の脳裏に完璧に回りきった。 前線では「都の旦が牙を剥くぞ」と煽り、都に帰れば「前線の兄弟たちが不穏な動きをしています」とチクる。 私がただ100%の事実を運ぶだけで、巨大な周王朝の歯車が、狂ったように自滅の破滅へと噛み合っていく。(――ああ。これが、あの呂望が見ていた景色か) かつて商の宮廷で、私を手のひらの上で転がしていたあの化け物の万能感を、私は今、全身で味わっていた。 引き裂かれていく周の兄弟たちの哀れな絆を見下ろしながら、私はお腹の底から湧き上がる極上の愉悦に、静かに肩を震わせるのだった。




