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微子の憂鬱  作者: 日和見


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32/40

疑義

微子の憂鬱 第32話 呂望ろぼうから盗み取った人心掌握の技術。 それを実践する最初の舞台として、私はしょうの旧領を取り囲む三つの国――かんさいかくの地を選んだ。「管叔鮮かんしゅくせん殿、お久しぶりです。この度、商の旧領と周の都・鎬京こうけいの間を行き来する商隊を組み、商いをさせていただくことになりました、微子啓びしけいです」 私は元商のまとめ役である管叔鮮の前に立ち、どこまでも実直な態度で、深く頭を下げた。「実を言いますと、都の周公旦しゅうこうたん殿からは『現地の些細なことでも都へ伝えるように』と言い含められて、この商いの許可をいただきました。つまるところ、私は旦殿の目と耳です。ですが、もし鮮殿から都への伝言や、ご兄弟へのお手紙などがございましたら、いつでもお気軽にお申し付けください。喜んでお運びいたします」 ――ここを間違えてはいけない。 下手に隠して後から露見すれば、一瞬でスパイとして首をねられる。最初から「私は旦殿の偵察要員ですよ」と堂々と正直に伝えるからこそ、相手は私に警戒を解き、逆に信頼を寄せるのだ。 私は同じように蔡叔度さいしゅくど霍叔処かくしゅくしょの元にも律儀に挨拶へと赴いた。 三人の国々の間を行き来し、彼ら兄弟たちの連絡係すらも買って出ることで、私は着実に彼らの「不可欠な身内」としての信用を積み上げていった。 当然、都に帰れば周公旦への報告を欠かさない。 もたらす情報はすべて紛れもない事実。だが、ほんのわずかに、職人技のような精密さで「角度」を付けて旦に伝える。「鮮殿たちは、都(豊京)の特産品を大変求めておいででした。旦殿、ご兄弟のために昔馴染みの品々を贈られては如何かな? きっと喜ばれますよ」 どこまでも基本は「親切な善人」の演技を貫く。旦は私の細やかな心遣いに深く感謝し、私への信頼をさらに強めていく。 そうして数ヶ月が経った頃、管叔鮮がふと私に政治の悩みを漏らした。 商の東方遠征から帰還したものの、行き場を失い、現地であふれかえっている大量の兵士たちの処遇に困り果てている、というのだ。 私は、待ってましたとばかりに、極上の優しい笑みを浮かべて助言を与えた。「なるほど、それは大変ですな。ですが鮮殿、解決は簡単では有りませんか。貴方はこの管の国の君主なのですからね。商の時代のような高給は約束できないと事前に伝えた上で、彼らをあなたの兵として雇い入れれば良いのです。……私もそうですが、人はただの施しで飢えを凌ぐより、誇りある仕事をして生活する方を選びますよ」「おお……! 民を飢えさせぬための、見事な知恵だ。感謝する、微子殿!」 鮮は私の言葉に酷く感動し、早速復員兵たちの大量雇用へと動き出した。 私は感謝されながら穏やかに退出し、その足で、すぐさま鎬京の周公旦の元へと向かった。 王宮の密室。私は少しだけ声を潜め、困惑したような表情を作って旦に告げる。「――周公旦殿。管叔鮮殿が、商の時代の生き残りの兵士たちを、今、大量に雇い入れて囲い込んでおります」 旦の顔が、一瞬で強張るのが分かった。私は、あくまで「ただの事実の報告」というていを崩さずに、最悪の『角度』を付けて言葉を添えた。「戦も終わったというのに、元敵国の正規兵をこれほどの規模で集めるなど……一体、どのような理由・・・があるのでしょうか。現地の民たちも、何やら不穏な気配を感じて怯えているようでして、念のためご報告を……」「兄上が、商の兵を、大量に……?」 旦の瞳の奥に、くら猜疑さいぎの火が灯る。 嘘だけは、何があっても絶対に吐かない。 もたらすのは100%の真実。だからこそ、私の言葉に間違いはないと、誰もが信じ込む。(うふふ、本当にはかない兄弟仲だな、お前たちは) 都へ、前線へ、私が運ぶ「角度のついた真実」という名の毒によって、周の兄弟たちの間に、決して消えない決定的な亀裂が少しずつ、確実に積み重なっていく。 その破滅の秒読みを、私は宮廷の陰から、うっとりと見つめるのだった。

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