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微子の憂鬱  作者: 日和見


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周公旦

微子の憂鬱 兄上が、死んだ。 偉大なる武王・姫発きはつが世を去り、私は幼き新王を支える「摂政せっしょう」の座に就いた。 なって早々、私は大仕事を一つ片付けた。 あまりにも功績が大きすぎ、いずれ周の朝廷を脅かすであろう邪魔者――姜子牙を、東方の敵地へと追放することに成功したのだ。 すべては周の未来のため、幼き成王のため。 張り詰めた緊張感の中で国政を執り行う日々。そんなある日、宮廷の官吏から「しょうの元王族である微子びし殿が、お命じになりたい儀があり面会を求めておられます」との報告が入った。 私は少し考え、時間を作って彼と会うことにした。(微子殿か……) 彼はかつて、帝辛ていしんの悪政から商の民を救うべく、国を捨てて我ら周に協力してくれた恩人だ。 だが、兄上や呂望は、牧野ぼやの戦いが終わるやいなや彼を徹底的に冷遇し、使い捨てにした。私はその仕打ちに、ずっと疑問を抱いていたのだ。 確かに商の遺民から見れば裏切り者だろう。だが、決戦前に我ら周の陣営と密かに打ち合わせ、命懸けの工作を引き受けてくれた結果ではないか。功臣をあのように扱うのは、人の道に外れている。「お久しぶりです、周公旦殿。今日はお時間をいただき、感謝いたします」 現れた微子殿は、かつての華美な装いはなく、身の丈に合った衣服をまとい、深く頭を下げた。「自分の立場はわきまえているつもりですが……無位無官の身でありながら、千戸の大禄たいろくを頂き続けるのは、あまりにも申し訳なくて。何か周のために働かせていただけないかと、相談に参りました。私はどうやら、亡き姫発殿や呂望殿に嫌われていたようでして、頼れるのはあなたしかおらず、今回思い切ってやって来たのです」 寂しげに、自嘲気味に微笑む彼の姿を見て、私は胸が締め付けられるような思いがした。(ああ……やはり、あの二人に酷い扱いを受けて、傷ついておられたのだな。その気持ちは、よく分かる) 無位無官なのにタダで報酬を貰うのは申し訳ない、などと周の生え抜きの家臣ですら中々言えぬ言葉だ。なんと実直で、謙虚な人なのだろうか。 私は少し考え、彼にぴったりの役目を取り決めて提案した。「微子殿。ならば、商の旧領とこの都を行き来する『商人』になっていただくのはどうでしょう。商売の傍ら、現地の様子を見て、些細なことで構いませんので都へ報らせていただきたいのです」 これなら彼を孤立させず、僅かながら正当な給与も出すことができる。 私の提案を聞いた微子殿は、まるで救われたかのように、何度も何度も深く感謝の言葉を述べた。あまりにも実直な態度に、私の方こそ恐縮してしまうほどだった。「ただ……残念ながら、商の都であった朝歌ちょうかにだけは、立ち入ることができません。現在の君主である武庚ぶこうには、裏切り者としてひどく恨まれているでしょうから」 少し悲しそうに目を伏せる彼に、私は優しく微笑みかけた。「それで十分ですよ、微子殿。無理のない範囲で、どうかよろしく頼みます」 その日はそれで別れた。 だが、それ以来、彼は月に一度ほどの頻度で、商の旧領の確かな情報を都へと持ち帰ってくれるようになった。 元王族なだけあり、集めてくる情報の質は想像以上に高く、何より彼自身による戦況や民心の「分析」が、驚くほど的確で私の政務の助けになった。 誰も信じられぬ摂政の日々。 報告を終えた後、彼と二人で交わす他愛のない雑談の時間は、いつしか私の凍りついた心を温める、唯一の穏やかな時間となっていった。(ふっ、兄上たちには分からなくとも、私には分かる。彼のような人間こそ、大切にせねばならん。……良い友人が、一人増えたな) 宮廷の窓から夕日を眺めながら、私は密かな喜びに口元をほころばせるのだった。 自分の背後に忍び寄る、甘く優しい「言葉の毒」の存在など、微塵も気づかぬままに。

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