警戒
微子の憂鬱、第27話 論功行賞 それは、新たな覇者となった周が最初に行うべき、最大の大仕事であった。 同時にそれは、功臣を天国へ引き上げ、あるいは地獄へ突き落とす、冷酷な政治の場でもある。 先ほど、商を裏切って大功を立てたはずの微子啓が、用済みとして惨めに引きずり出されていったばかりだった。 天幕に残された諸侯や重鎮たちの間に、張り詰めた沈黙が走る。 勝者となったとはいえ、未だに「商」の潜在的な力は巨大すぎるのだ。 周王・姫発が下した次なる沙汰は、商の領土を四分割にするという奇策であった。 商の首都・朝歌を含む中心一帯は、亡き帝辛の息子である武庚に統治させる。 そして、それを取り囲むように分割されたその他の地域には、姫発の兄弟たちを配置し、包囲網を敷くことにしたのだ。「周は勝った。しかし、あれは奇襲に過ぎぬ」 それは姫発だけでなく、周軍の誰もが、そして周囲の諸侯さえもが理解している冷厳な事実だった。 商の主力が東方遠征で不在だったという、千載一遇の好機を突いたからこその勝利。実力で完全に圧倒したわけではない。もし遺民たちが一斉に蜂起すれば、一瞬でひっくり返る。 それゆえに、商の監視には絶対的な信頼のおける存在が必要だった。 姫発の補佐である二人の大物――管叔鮮か、あるいは周公旦か。そのどちらかを最前線に封じ、睨みを利かせるほかない。 さらに、商の北方に対する備えも急務であった。 商の旧領にほど近いその地には、同盟者である召公奭の息子が、勢力の半数を率いて封じられることとなった。 ◆「師父よ。何とか、形には出来ましたな」 激動の論功行賞を終え、政務の合間に姫発は深く息を吐きながら、傍らに控える老軍師に声をかけた。 斉の始祖たる、姜子牙である。「はい、姫発殿。……しかし、まだまだ油断は出来ませぬ」 姜子牙の声音には、一切の弛みがなかった。「商の旧領に我が周軍の半数を配置したとはいえ、彼ら商の遺民から見れば、我ら周はただの『侵略者』。それも、異民族による征服ではなく、元々は臣下であった諸侯が反乱を起こし、天子の座を占拠したようなもの。彼らの反発を侮れば、たちまち足元をすくわれますぞ。細心の運営が求められます……ここより十年も経てば、ようやく落ち着きましょが」「ああ、間違いない。鮮には苦労をかけるな……」 姫発は小さく頷いた。 今回、前線へ赴く「まとめ役」として、周公旦ではなく管叔鮮が選ばれたのには、明確な理由があった。 鮮もまた、姫発と同じく姜子牙に師事した門下生であった。 分割された商の遺領に封じられた姫発の弟三人――その統率力と知識、そして何より姜子牙の教えを最も忠実に体現できる者として、彼の「まとめ役」としての手腕に期待が集まったのだ。 だが、頼れる身内を危険な前線に出す不安を、姫発は微塵も表には出さない。王として力強く前を向く。「だが、師父がこの周の都に居てくださるならば、商の遺民も諸侯も、容易には動けますまい。頼りにしておりますぞ」「ははっ。この老骨、果てるまで周の礎となりましょう」 姫発はその言葉に満足そうに頷くと、引き続き、周軍の統率全般を姜子牙に一任することを伝えるのだった。 ――しかし。 主従が固い絆を確かめ合うその部屋の片隅、あるいは遠く離れた天幕の陰で。 冷徹に微子を使い捨てた姜子牙へ、激しい猜疑の炎を燃やす周公旦の、昏い視線があることを。 この時の二人は、まだ思い知りもしなかった。




