密談
微子の憂鬱 第22話 王都・朝歌を揺るがす大不祥事の末に逃亡した私は、呂望――姜子牙の手引きにより、人目を忍んでとある密室へと連れられていた。そこは、反商連合の最高幹部たちが集う、歴史の運命を決める談合の場であった。 室内に集まったのは、わずか七人。 私、微子啓。周の新たなる主・姫発、その弟である鮮と旦。南の大国・召の君主である姫奭。そして、西北の勇猛なる姜族を束ねる指導者・申豹。最後に、彼らを裏で繋ぐ呂望。「皆様、ご紹介いたします。こちらのお方が商の王兄、微子様でございます。大王(帝辛)の暴政から商の国と民を護るため、遂に大いなる覚悟を決めてくださいました」 呂望のその言葉とともに、並み居る英雄たちの視線が一斉に私へと注がれた。 私は内心、激しい驚きと困惑を隠せずにいた。周と召は確か、西方の覇権を巡って小競り合いを繰り返す宿敵同士だったはずだ。そればかりか、商の不倶戴天の敵であるはずの騎馬民族・姜族の申豹までが、なぜこうも平然と手を結んでいるのか。(……呂望。お前は一体、どれほどの怪物を裏で操っていたのだ……) 背筋に冷たい汗が流れるのを自覚しながらも、私は王族としてのプライドを必死に保ち、顔には出さずに挨拶を返した。卑屈にならず、されど傲慢にも見えぬよう、細線の注意を払って声を紡ぐ。「ご紹介に預かりました、微子啓であります。よろしくお願いいたす」会議は極めて事務的に、かつ冷徹に進められた。朝歌の手前の荒野で決戦になるならば、両軍が対峙するその中で、私が商の非と周の正義を訴える演説を行うこと。もし商軍が朝歌に籠城するならば、城門の前で兵たちの戦意を挫くための演説を行うこと。私の「役割」がカチッと決められ、密談は静かに解散となった。 私が「これで私は国を救う英雄になれる」と胸を撫でおろし、室外へ退出した後。 ――薄暗い密室には、姜子牙と姫発の二人だけが残されていた。「……師父。本当に、あの男を信じて良いのですか?」 発が地図を見つめたまま、低く鋭い声で尋ねる。姜子牙はその瞳に、いつもの穏やかな微笑みを完全に消し去り、悪魔のような冷酷な光を宿して語り始めた。「発殿。此処から先は、私とお前、二人だけの秘密にございます。……あの微子啓こそが、かつて羑里の幽閉の際、お前の最愛の兄・伯邑考殿を拉致して惨殺し、羹に変えて父親に喰らわせた、あの凄惨な陰謀の張本人です」「……何、だと……ッ!?」 ドガァン! と発が机を叩いて立ち上がった。その顔は怒りと憎悪で激しく歪み、凄まじい殺気が天幕を震わせる。「あの男が、兄上を……! ならば何故、何故あのような奴を味方として迎え入れたのだ! 今すぐここで、我が手で首を刎ねてやるッ!」「落ち着きなさい、発殿」 姜子牙の声は、どこまでも冷たく、静かだった。「奴の浅はかな承認欲求と保身の嘘が、比干を死に追いやり、箕子を幽閉させ、商の宮廷を完膚なきまでに混乱させた。すべては我が計画の通り。臨戦の際、王兄である微子の『商の非を叫ぶ演説』は、商軍の残り少ない戦意を完全にへし折り、我が周軍の士気を天下の正義として爆発させる、決定的な武功(大義名分)となるのです」 姜子牙は発の肩に手を置き、その耳元で冷徹な政治のリアリズムを注ぎ込む。「兄上の復讐は必ず果たさせます。奴の演説という功績をもって、命だけは助けてやりますが……戦の後、奴を天下の諸侯(領主)に据えることなど、私が断じてさせはしません。一寸の土地も、一分の権力も与えず、ただの哀れな操り人形として使い潰し、歴史の泥底へ放り捨てるのです。――それでよろしいですね、周の武王(発)よ」「……っ、……ああ。分かった、師父」 発は拳を血がにじむほどに強く握りしめ、激しい憎悪を噛み殺して頷いた。自分が「国を救う正義の英雄」として扱われていると信じ込み、己の裏切りに陶酔している微子。 しかし、その実態は、最愛の兄を殺された若き覇王と、すべてを盤面の上で弄ぶ怪物の手によって、命を救われる代償に一生這い回ることを義務付けられた、ただの哀れな「捨て駒」にすぎなかった。(第22話 終)




