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微子の憂鬱  作者: 日和見


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姬昌の最後

微子の憂鬱 第14話 しょうが全力を挙げた東方遠征の号砲を鳴らし、首都の防衛を空っぽにして東へと突き進んでいた頃。 ――西方のしゅうの朝廷は、深い悲しみと静寂に包まれていた。 周の民から神のごとく敬愛された君主・姫昌きしょうが病に倒れ、もはや死の淵にあることは、誰の目にも明らかだった。薄暗い寝所の枕元には、息を切らす父の言葉を一言も聞き漏らすまいと、息子たちや重臣たちが沈痛な面持ちで控えていた。 姫昌はかすむ視線で若き獅子たちを見据え、静かに、しかし威厳を湛えた声で後の事を語り始めた。「……私の命は、ここまでのようだ。皆、よく聞きなさい」 寝室の空気が張り詰める。姫昌は深く息を吸い、周の未来を決める絶対の命を下した。「――我が周の後継者は、次男の『はつ』とする。そして三男のせん、四男のたんよ。お前たちは全力で発を補佐せよ。……今この時より、お前たちは『兄弟』であるが、同時に絶対の『主従関係』にある。そのことを、片時も忘れず脳髄に肝に銘じるように」 それは、身内としての甘えを許さない、一国の主としての冷徹な遺言だった。 発は父の突きつけた重圧を真っ直ぐに受け止め、涙を堪えて力強く頷いた。「……必ずや父上の意志を引き継ぎ、この周をより大きく、豊かにしてみせます!」「拝命いたしました。今日この時より発様に仕え、我が身を賭して周の平穏に尽くします」 鮮と担もまた、深く頭を下げて忠誠を誓った。四男の旦(周公旦)の胸には、父への敬意とともに、国を守るための冷徹な覚悟がより一層深く刻み込まれていく。 息子たちの頼もしい姿にゆっくりと頷いた姫昌は、最後に、静かに傍らに佇む我が師の元へと視線を向けた。残された最後の力を振り絞るようにして、その痩せ細った手を伸ばし、姜子牙きょうしがの手を強く握りしめる。「嗚呼……師父しふ様。私は、どうやらここまで、のようです。どうか……どうか、残された発を、そして我が周の行く末を、これまで通りよろしくお願いいたします……」 血を吐くような聖人の懇願。 その手を握り返した姜子牙の冷徹な瞳から、大粒の涙が静かに流れ落ちた。「嗚呼、姫昌殿……。お任せください。あなたの築いたこの国も、発殿のことも、私が変わらずこの命に代えてもお守りいたしましょう」 その言葉を聞いた姫昌の顔に、ふっと、憑き物が落ちたような安らかな笑みが浮かんだ。「……ああ、そうか。これで、安心して逝ける……」 握られていた手の力が、穏やかに抜けていく。 西伯・姫昌。激動の時代を生き抜き、商王朝崩壊の種を巻き終えた偉大な聖人は、静かにその目を閉じ、息を引き取った。 室内を、せきを切ったような悲鳴と啜り泣きが満たしていく。 だが、並み居る老臣や家臣たちは、偉大なる主君をただ見っともなく泣いて送ることを潔しとしなかった。彼らは一様に顔を上へと向け、涙が落ちるのを拒むように、嗚咽を必死に噛み殺して天を仰いでいた。 聖人の崩御。 それは、優しき文の時代が終わり、商王朝を武力で討ち滅ぼす「の時代」が幕を開けたことを意味していた。(第14話 終)

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