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微子の憂鬱  作者: 日和見


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同盟

微子の憂鬱 第11話 しゅうの朝廷。その厳かなる政庁は、かつてないほどの不穏な熱気に包まれていた。 主君・姫昌きしょうが自ら車を引き、宮廷へと招き入れた謎の若者。その素性を明かすべく、並み居る重臣たちの視線が一堂に集まる中、姫昌が玉座の傍らから、誇らしげに声を響かせた。「皆に紹介しよう。我が周の未来を導く、我が師父しふである」 その言葉に応じて、一歩前に出た若者が、傲慢さのない至って穏やかな微笑みを浮かべて一礼した。「皆様、初めまして。ただいま紹介に預かりました、姜子牙きょうしがと申します。以後、よろしくお願いいたします」 その瞬間、一部の事前に事情を知る重鎮を除いた、大半の家臣たちが蜂の巣をつついたような騒ぎを起こした。「姜子牙だと……!? 『姜』ということは、まさか奴は姜族きょうぞくの者か!」「馬鹿な! 姜族といえば、我が国の西方や北方で略奪を繰り返す、あの忌々しい騎馬民族ではないか! 奴らは土地を食い荒らすいなごのような蛮族だぞ!」「聖人たる姫昌様は、一体何を考えておられるのだ! あのような野蛮人を宮廷に上げるなど正気ではない!」 剥き出しの差別と偏見、そして困惑の怒号が飛び交う。だが、その雑音を切り裂くように、雷鳴のごとき一喝が響き渡った。「黙らっしゃい、貴様らッ!!」 声を荒らげたのは、他ならぬ姫昌であった。その高潔な顔は怒りに震え、鋭い眼光が家臣たちを威圧する。「我が命を救い、この周に新たなる天命をもたらす師父を、これ以上侮辱することは断じて許さん! 次に見下す発言をした者は、この場で容赦なく処分するぞ!」 主君のあまりの激昂に、一瞬で政庁へ水を打ったような静寂が訪れた。家臣たちが恐怖で身をすくめる中、当の姜子牙は、困ったように少し苦笑しながら、そっと姫昌の前に出た。「皆様、お話しさせていただきますね。……姫昌殿、私をそこまで持ち上げてくださるのは大変嬉しく思いますが、これでは皆様が萎縮してしまい、自由な意見が出せず議論になりません」「お、おお……。師父様がそう仰るならば」 姜子牙の穏やかな、しかし芯の通った一言に、あの姫昌が素直に気圧されて一歩退く。その力関係を目の当たりにした家臣たちは、息を呑んだ。「――では、皆様。私から一つ、具体的な提案がございます」 姜子牙は、市井の商人をしていた頃の鋭い経済の眼差しへと切り替えた。「以前より、私は姜族の指導者たちと極秘裏に話し合いを重ね、周との『同盟』の承諾を取り付けております。皆様が、我が同胞を『略奪を働く蝗』と嫌う懸念は、実によく分かります。しかし、我々姜族も好き好んで略奪をしているわけではございません。生きるための物資が足りないからこそ、命を懸けて奪うのです」 姜子牙は、居並ぶ家臣たちの顔を一人一人見据える。「ならば、奪い合うのをやめ、お互いに助け合えば良い。同盟が成った暁には、国境沿いに巨大な『交易所』を建設いたします。周の豊かな農産物と、姜族の優秀な馬や毛皮を、正当な価格で取引するのです。これにより、略奪の危険は消え失せ、双方の国力は劇的に肥え太るでしょう」 その具体的かつ合理的な経済戦略に、家臣一同はざわざわと色めき立った。 蛮族を武力で抑え込むのではなく、経済で飼い慣らし、むしろ味方の騎馬兵力として組み込むという驚天動地の策。君主である姫昌への忖度も手伝い、議論の末に「姜族との同盟」は満場一致で可決された。 だが、怪物の手腕はこれだけでは終わらない。 同盟が成立するや否や、姜子牙は矢継ぎ早に、周の農業改革、兵制の近代化、物流網の拡大といった発展策を幾つも提示してみせた。そして最後に、天下の勢力図を指し示す。「……さらに。周の強化と並行し、私はこれより、我が国の南方にある有力な大国『しょう』の元へと動き、同盟への参加を呼びかけます。しょうという巨大な壁を穿つには、全方位の囲い込みが必要でございますゆえ」 その淀みのない知略の応酬に、家臣たちの不信感は、いつしか深い畏怖へと変わっていた。 この日、異民族との歴史的な同盟の締結とともに、姜子牙は周の事実上の最高軍師(大公望)の座へと就任した。 商王朝を完膚なきまでに叩き潰すための「外堀」が、この怪物の手によって着々と埋められようとしていた。(第11話 終)

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