呪い
森の中。彷徨い続け、二人は、国境の町「サルビア」を目指し歩いてきた。が、マリエラは少し疲弊していた。ここに来るまで、レオは見かける魔物全てを追いかけ回し殲滅していた。その数は百をゆうに超えていた。今も目の前で小鬼のような魔獣「ゴブリン」を数匹、仕留めた所だ。
「レオさんは何故魔物をそこまで嫌うのですか?」
マリエラは疑問をぶつけた。魔物を片っ端から排除する。その異質さの背景には何があったか、少し興味が湧いたのだ。しかしレオの返答は意外なものであった。
「別に嫌ってなんかないさ」
「え、こんなに魔物をこ、コホン…!」
お姫様ゆえか殺すという言葉に抵抗があったようだ。誤魔化すように小さく咳払いをし、言い直した。
「見かける魔物を全て倒してきたのは嫌いだからではないのですか?」
レオはいつもの冷静な顔でほんとに何も思ってないように言った。
「俺が魔物を殺すのは憎しみからじゃない。ただ当たり前の事だからしてるだけだ。」
「当たり前の事?」
マリエラの疑問にレオは即答した。
「俺は死神。魔物を殺すそれが俺の存在理由だ。これは確か前にも言ったはずだ」
「確かに…前にも言ってましたが……これはあまりにも」
後ろを振り返りその無数の屍を見てマリエラは少し畏怖の感情を抱くざるを得なかった。
「俺の目的はあくまで魔物を殺すことだ。それについていけないならあんたとの契約はここまでだ。」
「ついていけないとは言ってません!ただ…」
「ただ?」
マリエラは少しモジモジしていた。彼女が発言する前に彼女の体から音が鳴った。お腹の音だ。その後彼女は顔を赤らめ消え入りそうな声で言った。
「お腹がすいたんです……歩きっぱなしで……少し休憩して頂けないですか?」
その様子にレオはいつものように呆れながら言った。
「分かった少し休憩しよう。まだサルビアまで三日はかかるしな。食料を調達するか。」
世界には魔物や魔獣が溢れているが汚染されてない地域には獣や魚が存在しそれらは食料となる。
「俺は魚と野菜を取ってくる。あんたは肉、頼んだぜ。」
「ちょ、ちょっと待ってください!狩りは王族の嗜みでしたことはありますが……今は弓もありませんし…」
「作ればいいだろ」
当たり前のようにレオは言った。
「創造の力を持つ。あんたなら弓ぐらい作れるだろ。もし無理だとしてもそんな物も作れないなら…あんたこの先すぐしぬぞ。」
「それは…そうですが…」
「まあやってみな。もし魔物にあったら大きな声出して逃げろ。そのうち助けてやるよ」
「そ、そのうちってなんですか!?すぐ来てくださいよ!」
マリエラの叫び声を無視しレオは森の中消えていった。一人残されたマリエラは不貞腐れながら作業に取り掛かった。
あれから数時間経過した。太陽はすっかりのぼり、獣達も顔を出し始め、狩りには絶好の状態だった。だが、まだ肝心の武器が出来てない。あれからマリエラは何度もイメージしては失敗し、変形した弓のような物を何度も造り続けてしまった。
「はぁ……」
深いため息。果てしない創造の末出来上がった、出来損ないの弓を見てマリエラは肩を落とした。その後ろで物音がし、マリエラは驚き、慌てて落ちていた出来損ないの弓を構えた。そこには魚を捕まえてきたレオが居た。
「あんた……何してんだ?」
「うぅ……」
あまりの恥ずかしさに湯気が出そうなほど顔が赤くなった。
夜になり。結局マリエラは野菜にも詳しくはなく何も手に入らずレオの釣った魚を焚き火で焼き、焼き魚にして食べさせてもらっていた。その美味しさに思わず、涙を流していた。お城の食事に比べれば余りにも貧相ではあるが、久々の食事で幸福度が上がっていた為である。
「なあ…あんたは何が創れるんだ?」
「はひぃ?」
魚を貪っていたため急な問いかけに驚き声が裏返った。
「確認だ。あんたがどれだけ使えるのか確認しとかなきゃ困るだろ。弓が作れないなら何なら創れるんだ?」
その問いかけにマリエラは少し悩み答えた。
「そうですね…レガトゥスの力「創造」は私がイメージしたものなら創り出すことができます。でもそれには私が対象を理解し完璧に想像する事が条件です。幼い頃にこの力に目覚めたのは私は大切にしていた手鏡を壊した時です。ですから私が長年使ってきたものや大切なものは創り出す事が可能だと思います…」
「思います?」
その曖昧な表現が彼女の自信のなさを表していた。
「はい…この力に目覚めた時からお父様に力を使う事は止められていたので何かを創ったことがないのです…」
「なるほどな」
そういうとレオは自分の影から木製の弓と矢を取り出した。
「あんたはまずひとつずつ造ることだ。」
マリエラは首を傾げた。子供に言うようにレオはゆっくり言う。
「弓幹、弦、矢、これらが弓を構築する要素だ。まずは一つずつ理解し、それら全てを組み合わせて創造するんだ。」
レオの言うことを復唱しながら頷くマリエラ。それなら自分でもできそうだと思ったが、次のレオの発言に驚きを隠せなかった。
「とりあえず一日千個ずつ、三セットで三千造れ。」
「!!!!!さん!ぜん!???」
「それができるようになったらそれらを組み合わせ弓を造れ、己の武器をイメージ出来るまで叩き込め。」
「そんな…………」
落胆するマリエラに追い打ちをかけるようにレオは言った。
「できなきゃ今後メシ抜きだ。」
「はい……」
それから二日マリエラは歩いてる時も、レオが魔物を殺してる間も、狩りをしてる間も、食事の時も寝る間を惜しんで造り続けた。弓など造ったこともなかったが流石にここ迄造りこめば形になってきた。三日目の夕方には弓と矢を十秒ほどで造れる用になった。
「それにしてもお前の魔力は底なしだな。」
「そうですか?」
「ああ、ものにもよるだろうが一日にこれだけ造っても魔力切れを起こさないとはな。腐ってもレガトゥス。使者様って所か」
その言葉には少し皮肉があったが彼もまた人外のもの彼もまた力を一日に何度も使い数多の数の屍を築いてきた。それ故マリエラはあまり気にならなかった。
「あなたも大概です……」
「だがまあこれで戦えるな。」
「はい!」
マリエラは小さくガッツポーズをした。
「今日はこのまま休まず進むぞ。朝方には街に着くはずだ。」
そう言ったはずのレオだったが数刻していきなり立ち止まった。咄嗟の事で気づかずマリエラはレオにぶつかった。
「きゃっ!レオさん……どうしたんですか?」
「見ろ」
そう言ったレオの視線の先には兵士と行者とゴブリンの群れが居た。きっと行者がゴブリンに襲われてる所を兵士達が迎え撃っているのだろう。
「大変!助けないと…」
マリエラは立ちあがろうとしたがレオはその動きを止め、冷酷に告げた。
「必要はない。戦えてない訳じゃないしな。それに…」
一人兵士の中に動きが違うものが居た。彼は普通の人間だが明らかに戦い慣れしている。
「少なくとも今はまだ動く時じゃない。ゴブリンは群れで動く。少なくとも頭がいるはずだ。そしてそいつはここには居ない。そいつが出てくるまでは待つべきだ。」
「でも…」
レオの言うことは正しいと分かっていてもマリエラには見ているだけはできなかった。レオもそれを察しため息をつきながら言った。
「なら命令しろ」
「え?」
「あんたは俺のマスターだろ。命令とあれば……何だ?」
マリエラはレオの言葉を遮り手を掴み膨れっ面を見せた、その対応にレオは怪訝な顔をした。
「私達はお互いに主。つまりは対等な関係です!なので…」
少し深呼吸してマリエラは言った。
「共に戦って下さい。」
その顔は覚悟を決めた戦士というより、恐怖心を抑え、身体を微かに震わせながらも戦おうとする。「勇者」の様だった。
「フッ…なら行くぞ。あんたは弓で援護しな。」
「はい!」
マリエラは大きく深呼吸した後、弓を創り出し狙いを定め、弓を放った。
「誰だ!?」
一人動きの違う兵士が茂みからでた矢に反応した。
「通りすがりの者です!弓で援護します!」
マリエラはゴブリン目掛け弓を放つ。その精度は低いものの牽制にはなる。そこを兵士達が仕留める。初めての戦闘にしてはいい方だろう。
「助かる!」
ゴブリンの数は残り十匹。兵士の数は五人。だが問題なく片付くだろう。数の差はあれど戦力差は圧倒的に兵士のが上だ。そしてレオもいる。勝負はあっという間につくだろう。しかし最後の一匹になり、レオは違和感を覚えた。ゴブリンは群れて行動する。そして群れの中には必ず頭がいる。だが周囲の屍の中にそれらしきものは見当たらない。
そして兵士の中の一人が遂に最後の一匹に斬りかかった。
「これでとどめだ!」
その時何故かマリエラはかつてのレオの言葉が脳裏に浮かんだ。
「知ってるか?人間が一番油断する瞬間は勝利した時ではなく、勝利を確信した時だ。」
よく見ると最後のゴブリンは他とは違い腹に何か石を装着していた。それは魔石。火の力が込められた物。衝撃により爆発を起こす。マリエラにはそれが何かは分からなかったが経験を積んだ兵士には分かった。だが気づくのが遅かった。
響く轟音。幸い石の規模は小さくそこまで被害はなかった。しかし敵の狙いは爆撃による被害ではなく、混乱にあった。煙と衝撃で怯んでる隙に隠れいていたこの群れの「頭」それはゴブリンではなく知性が高い鬼の魔物「オーク」が群れをなして現れた。彼らはまずマリエラを狙った。兵士達は既に負傷した兵士を囲みながら陣形を組んでいた。一番この状況に対処できていなかった彼女目掛け棍棒を振り下ろした。
マリエラは突然の事に声さえ出なかった。目を瞑り死を覚悟した。だがこの事態にいち早く対応するべくレオは備えていた。マリエラの影に潜みマリエラへの一撃を剣で受け止めた。
「レオさん!!」
いくら人間より優れた身体能力を持っていようとまともに一撃を受けた。ゼノであってもただでは済まなかった。が、レオはすぐさま新たに剣を取り出しオークの首を切り落とした。しかし思ったより殴られた衝撃が強く頭から血が出ていた。一瞬、レオはよろめいた。その隙にゴブリンが槍でレオの脇腹を貫いた。
「レオさん!!」
レオは影から刀を取り出し、即座にゴブリンの首を刎ねたが傷はかなり深かった。
「すぐ手当します!」
マリエラは癒しの力を持つ精霊石を取り出し治療をしようとしたがレオはそれを止めた。
「それよりここから離れろ。」
「でもその傷じゃあ…貴方がいくらゼノで人間より身体能力が高くても死んでしまいます!逃げましょう!」
オークは数体だがゴブリンがいつの間にか周囲を囲んでいた。幸いレオがいた所は先に始末していたため逃げ出せるスペースがあった。
「逃げるだと?冗談だろ。」
自分の身を貫いた槍を抜き、小さくレオは笑った。
「俺は死神。魔物を殺す事が俺の使命だ。隠れる事はあっても逃げる事はないさ。」
血を垂らしながらも彼はオークやゴブリンを薙ぎ払う。幾ら自分が傷ついてもその手を止める事はない。彼は魔物を殺す事は使命と言ったがそんな崇高な物ではなくそれは彼の身体蝕む「呪い」のようだった。
太陽が沈み夕日に紛れた血も暗くなり、無数の屍の中、死神が一人そこに居た。




