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Grim Reaper  作者: Y A


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死神

第一話 死神


 漆黒の森を、少女は走っていた。


 激しい雨が木々を打ち、ぬかるんだ地面が白い靴を汚していく。


 息が苦しい。


 喉が焼けるように痛い。


 それでも少女は止まらなかった。


 背後から、兵士達の怒号が聞こえる。


「探せ! まだ遠くへは行っていない!」


「ーーを逃がすな!」


 少女は唇を噛み締めた。


「死神……」


 震える声で呟く。


「彼を見つけなくては……」


 この国の未来の為に。


 少女は暗闇の中を駆け続けた。


 ヴァンディッシュ帝国南部。


 辺境の村に存在する酒場――『ステラの酒場』。


 この辺境では、魔物討伐の依頼が絶えない。


 その為、酒場には多くのハンター達が集まっていた。


「はぁ……嫌になるねぇ」


 壁一面に貼られた依頼書を眺めながら、男は大きくため息を吐く。


「これも、これも。全部魔物。最近はどこもかしこも化け物だらけだな」


 長槍を背負ったその男――ホーク・ヴァレンタインは、剥がした依頼書を片手に酒場のマスターへ視線を向けた。


「まぁ、最近は少しマシになった方だがな」


 グラスを磨きながら、マスターが言う。


「この辺りには“死神”が出るらしい」


「死神?」


 ホークは眉をひそめた。


「なんだそりゃ。新種の魔物か?」


「さぁな。正体は不明だ」


 マスターは肩をすくめる。


「だが、魔物を殺して回ってる奴がいるらしい。どこからともなく現れて、いつの間にか姿を消す。まるで死神のようにな。」


「……それで死神か…」


「ああ。しかも妙な術を使うって話だ」


 その言葉に、ホークの表情が変わった。


「妙な術?」


「精霊術じゃない。“魔法”らしい」


 酒場の空気が僅かに変わる。


 魔法。


 人間は魔法を使えない。


 精霊の力を魔石へ封じ、簡易的な術を扱うだけだ。


 だが魔物は違う。


 体内に“核”を持ち、人智を超えた力――魔法を扱う。


 そして稀に。


 その核を宿して生まれる人間がいた。


 人々は彼らを、“ゼノ”と呼ぶ。


「魔法、ねぇ……」


 ホークは小さく呟く。


「なら、その死神って奴はゼノかもな」


「だとしても妙な話だ」


 マスターは低い声で言った。


「ゼノは人間を嫌ってる。わざわざ魔物を狩る理由がない」


 十五年前。


 ゼノ達が暮らしていた国“コーネリア”は滅んだ。


 人間によって。


 恐れられた末の、虐殺だった。


「まぁ、どのみち関わりたくはないね」


 ホークが肩を竦めた、その時だった。


 バンッ――!!


 酒場の扉が勢いよく開いた。


 冷たい風と雨音が吹き込む。


 そこに立っていたのは、一人の少女だった。


 濡れた桃色の髪。


 マントを羽織っているが、隙間に見える。泥に汚れたドレス。


 肩で荒く息をしている。


 少女は震える声で言った。


「し、死神さんは……こちらにいますか……?」


 一瞬、酒場が静まり返る。


 だが次の瞬間。


 爆笑が響いた。


「はははっ! 死神だってよ!」


「そんなもんいる訳ねぇだろ嬢ちゃん!」


「仮にいたとしても、こんな酒場に来るかよ!」


 飛び交う笑い声。


 少女は顔を真っ赤にして俯いた。


「やれやれ……」


 見かねたホークが立ち上がる。


「ほら、こっち来な」


 少女を席へ座らせ、マスターへ声をかけた。


「温かいミルク頼む」


 木のカップを受け取った少女は、小さく頭を下げた。


「あ、ありがとうございます……」


「で?」


 ホークは椅子へ座り直す。


「なんで死神なんて探してるんだ?」


 少女はカップを握りしめた。


「噂を聞いたんです……」


「どんな魔物も一瞬で倒してしまう人がいるって」


「その人なら……私の願いを叶えてくれるかもしれないから」


「願い?」


「それは……」


 少女は俯き、口を閉ざす。


 ホークは困ったように頭を掻いた。


「まぁいいさ」


 そう言って笑う。


「なら俺が一緒に探してやるよ。死神って奴を」


「……え?」


「俺もちょっと興味あるしな」


 少女の顔がぱっと明るくなった。


「ほ、本当ですか!?」


「ああ」


「ありがとうございます!」


「おいホーク、正気か?」


 マスターが呆れたように言う。


「死神なんてロクなもんじゃねぇぞ」


「だから面白そうなんだろ」


 ホークはニヤリと笑った。


「最近、死神が目撃された場所は?」


「なら“黒鳴きの森”だな」


 マスターは地図を指差す。


「ヘルドックスの縄張りだ。最近その辺で、魔物が異様に減ってるらしい。」


「分かった。」


 ホークは銀色のタグを鳴らしながら立ち上がった。


「行くぞ、嬢ちゃん」


「あ、はい!」


 二人は酒場を後にした。


 雨は止んでいた。


 森の中には、二人が濡れた土を踏む音だけが響いている。


 しばらく歩いた後。


 沈黙に耐えきれなくなったホークが口を開いた。


「そういや名前聞いてなかったな」


「へっ!? あ、えっと……」


 少女は目を泳がせる。


「……マリエラ、です」


 僅かな間。


 ホークはその名前が偽名だと察した。


 だが、あえて何も言わない。


「マリエラか。いい名前だな」


 すると少女は勢いよく顔を上げた。


「ですよね!? 私も大好きなんですその名前!」


「お、おう……」


 あまりの食い気味な反応にホークは少し引いた。


 まるで、自分の名前ではないみたいだ。


「俺はホーク・ヴァレンタイン。ハンターだ」


 首から下げた銀色のタグを軽く揺らす。


「まぁそこそこ強いぜ?」


「そうなんですか?」


「反応薄いなぁ……」


 ホークが苦笑した、その瞬間。


 森の奥から気配がした。


 ガサリ。


 低いうなり声。


 ホークの表情が変わる。


「下がれ」


 槍を構える。


 闇の中から現れたのは、四体の獣。


 血走った眼。


 黒く変色した牙。


 魔獣ヘルドックス


「グルルルル……!」


 次の瞬間。


 一斉に飛びかかってきた。


「ッ!」


 ホークは槍を振るう。


 鋭い突きが喉を貫き、一体が地面へ崩れ落ちた。


 続けて二体目。


 三体目。


 残る一体が横から襲いかかる。


「甘い!」


 槍の石突きで顎を砕き、そのまま首を貫いた。


 数秒後。


 四体の死体だけが残った。


「ふぅ……」


 ホークは槍についた血を払う。


「大丈夫か?」


「は、はい……!」


 マリエラは呆然としていた。


「すごいんですね……ホークさん」


「まぁ、昔。騎士もやってたしな、それなりにはな…」


 そう言って笑う。


 だが。


 その笑みは、すぐに消えた。


 風に混じって。


 濃い血の臭いが流れてきたからだ。


「……これは」


 ホークの顔が険しくなる。


 その先には。


 兵士達の死体が転がっていた。


 肉は裂かれ、辺りには大量の血が飛び散っている。


「そんな……」


 マリエラの顔が青ざめる。


「この人達……私を追っていた兵士です……」


 ホークはしゃがみ込み、死体を確認する。


 噛み跡。


 鋭い爪痕。


 そして――。


「まずいな……」


「え?」


「これはヘルドックスの仕業じゃない」


 直後だった。


ヘルドックスは群れで行動する。そしてその頭目の名は。


「まずい!離れろ!」


目の前には五メートルほどのヘルドックスがいた。それは魔法を使った。影が2つに分かれ犬の頭が現れた。それはまさに三つ首の犬。地獄の番犬「ケルベロス」であった。


ケルベロスが低く唸る。


 三つの赤い瞳が、マリエラを捉えていた。


 ホークの背筋を冷たい汗が伝う。


 勝てない。


 一瞬で理解した。


 シルバーランクとはいえ、上位の魔物。

 しかも“魔法”を扱う個体。


 一人なら逃げられる。


 だが――。


 ホークは背後の少女を見た。


 怯えきった瞳。


 震える身体。


 その姿が、一瞬だけ過去と重なる。


 ――守れなかった。


 血塗れの屋敷。


 崩れ落ちる騎士達。


 伸ばした手。


 届かなかった。


 あの日の少女。


「……っ」


 ホークは奥歯を噛み締める。


 もう二度と。


 もう二度と、同じものか。


 槍を強く握る。


 ケルベロスが動いた。


 地面の影が盛り上がり、巨大な牙となって襲いかかる。


「チッ!」


 ホークは槍で受け流す。


 だが止まらない。


 右。


 左。


 背後。


 三つの頭が同時に襲いかかる。


「ぐっ……!」


 肩が裂けた。


 血が舞う。


 それでもホークは退かない。


「ホークさん!」


「来るな!!」


 叫ぶ。


 その瞬間、ケルベロスがマリエラへ飛びかかった。


 速い。


 間に合わない。


 ――また守れない。


 その考えが脳裏をよぎった瞬間。


 ホークは反射的に飛び出していた。


「させるかァァァァ!!」


 マリエラを突き飛ばす。


 代わりに、自身の身体が影に呑まれた。


 牙が肩へ食い込む。


 骨が砕ける。


 激痛。


 それでもホークは槍を離さなかった。


「まだ……だ……!」


 雄叫びを上げ、槍を突き出す。


 一つ目の頭を貫く。


 黒い血が噴き出した。


 だが。


 次の瞬間。


 残る二つの牙が、ホークの胴体へ深く食い込んだ。


「がぁぁぁぁぁッ!!」


 肉が裂ける。


 視界が赤く染まる。


 それでも。


 それでもホークは笑った。


「……へっ」


 震える声で。


「今度は……守れた、か……」


 その身体が崩れ落ちる。


「ホークさんッ!!」


 マリエラの悲鳴が、森へ響いた。


 ケルベロスはゆっくりと彼女へ近づいた。


 黒い影が広がる。


 巨大な牙が、目前まで迫る。


「あ……あぁ……」


 動けない。


 怖い。


 死にたくない。


 牙が振り下ろされる。


 ――その瞬間。


 斬撃が闇を裂いた。


 黒い血が舞う。


 ケルベロスの首が宙を飛んだ。


「……え?」


 影の中に、一人の少年が立っていた。


 灰色の髪。


 黒い上着。


 そして――赤く光る瞳。


 その瞳はまるで魔物だった。


 少年は血を払うように剣を振るう。


 足音は、聞こえなかった。


「し……死神」


 マリエラは、呆然と呟く。


目の前に居るのは、己が探し続けた存在だと確信した。

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