遅れて重なる 第75話
第75話
「滅びの座標」
『共に外宇宙へ来るか』
『あるいは、この宇宙と共に滅ぶか』
差し出された手。
その指先は、 人間と変わらないように見えた。
だが、そこに触れれば、 もう元の世界には戻れない。
ギアは黙って来訪者を見る。
「……質問」
来訪者が視線を向ける。
「お前らは、何なんだ」
「助けに来たようには見えねぇ」
沈黙。
やがて来訪者は答えた。
『我々は、“逃げ延びた文明”です』
『敗北した生存者』
その声には、 微かな疲労があった。
『かつて我々も、観測檻を破壊した』
『自由を得た』
『だが同時に、“上位観測者”へ認識された』
空が暗くなる。
雲ではない。
空間そのものが、 僅かに軋んでいた。
来訪者は続ける。
『上位観測者は、宇宙を捕食します』
『文明ではなく、“可能性”を』
カレンが息を呑む。
「可能性……?」
『進化可能性』
『未来分岐』
『観測不能領域』
『自由意思』
その単語に、 ギアの表情が変わる。
来訪者の青い瞳が、 静かに細められた。
『貴文明は、危険です』
『本来閉じたまま消えるはずだった』
『しかし、あなたは檻を壊した』
『結果、この宇宙は“未知”になった』
イリスが小さく呟く。
「だから……狙われる」
来訪者は頷く。
『未知は増殖する』
『予測不能は感染する』
『上位観測者は、それを許容しない』
沈黙。
街は静まり返っていた。
遠くでは、 避難警報が鳴り始めている。
世界規模で異常が観測されているのだろう。
その時。
空に亀裂が走った。
誰も触れていない。
なのに、 空間そのものが裂ける。
裂け目の奥。
“黒”
光すら吸い込む暗闇。
来訪者が初めて緊張を露わにした。
『来る』
次の瞬間。
世界中の電子機器が同時に停止した。
街灯。
通信。
人工衛星。
全停止。
そして人々の頭の中へ、 直接“声”が流れ込む。
《観測開始》
ギアの全身に悪寒が走る。
以前のオブザーバーとは、 比較にならない。
あれは “巨大” だった。
認識しただけで、 脳が拒絶反応を起こす。
カレンが膝をつく。
「……っ……!」
イリスが彼女を支える。
来訪者が低く呟く。
『既に座標固定された』
『早すぎる……』
ギアは空を睨む。
裂け目が広がる。
そこから。
“指” が現れた。
星系サイズの巨大構造。
生物でも機械でもない。
宇宙法則そのものが、 形を持ったような存在。
指先が、 ゆっくり地球へ向く。
《観測外変異文明》
《排除対象へ指定》
世界中の空が赤く染まる。
海が逆流し、 重力が乱れ始める。
来訪者が叫ぶ。
『今すぐ離脱を!!』
『この宇宙はもう——』
その時。
ギアが前へ出た。
カレンが顔を上げる。
「ギア!?」
ギアは静かだった。
恐怖はある。
だが逃げる気は、 最初からなかった。
「……なぁ」
ギアは空へ向かって言う。
「お前らさ」
巨大な “指” が止まる。
「さっきから勝手に決めてるけど」
ギアの身体から、 再び同期光が溢れ始める。
《SYNC RATE:測定不能》
来訪者の瞳が揺れる。
「まだ、“俺たち”の答え聞いてねぇだろ」
その瞬間。
ギアの背後で。
イリスが。
カレンが。
そして世界中の人々が。
同時に光り始めた。
自由接続型ネットワーク。
人類全体が、 一つの巨大同期体として繋がっていく。
来訪者が絶句する。
『まさか……文明単位で……!?』
ギアは笑う。
空の怪物を見上げながら。
「一人じゃ無理でも」
その手を、 前へ伸ばす。
「全員なら、話は別だ」




