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遅れて重なる 第74話

第74話


「来訪者」



黒い船は、空に静止していた。

音はない。

推進炎も。 衝撃波も。 重力異常すらない。

ただ、 “そこに存在している”。

その異様さに、 街中の人々が空を見上げていた。

車が止まり、 通信網は混乱し、 世界中の監視衛星が同時に沈黙する。

それでも。

船は攻撃してこなかった。

ギア達のいる部屋でも、 緊張だけが静かに張り詰めている。

カレンが端末を睨む。


「……エネルギー反応、安定」

「兵装展開なし」

「でも内部構造が意味不明すぎる……」


ギアは窓際へ立つ。

黒い船を見上げる。


「降りてくるな」


その直後。

船体中央が開いた。

空間そのものが折り畳まれるように、 漆黒のゲートが形成される。

そして。

“それ” は現れた。

人型。

サイズは人間と変わらない。

黒い外套のような装甲。

白銀の髪。

そして、右目だけが、 宇宙のように深い青をしていた。

ゆっくりと空中を降下し、 街へ着地する。

誰も動けない。

存在感が違いすぎた。

まるで、 一人だけ別の法則で生きているようだ。

カレンが息を呑む。


「……生体反応あり」

「でも……」

「人間じゃない」


来訪者は周囲を見渡した。

その視線が、 一瞬だけ空を測定するように動く。


『重力正常』

『時間流動率正常』

『低位宇宙環境、維持確認』


感情の薄い声。

だが、 以前のオブザーバーとは違う。

機械ではない。

確かな意思がある。

その青い瞳が、 まっすぐギアを見る。


『識別完了』

『観測外変異個体』

『ギア=ゼロ』


ギアが眉をひそめる。


「またその名前か」


来訪者は僅かに首を傾げた。


『自己認識と記録名称に誤差あり』

『興味深い』


カレンが小声で言う。


「……分析されている」


イリスは静かに前へ出た。

来訪者の視線が、 今度は彼女へ向く。

その瞬間。

初めて、 来訪者の表情が変化した。

驚愕。

ほんの僅かだが、 確かに。


『同期核……生存?』


イリスが目を細める。


「あなた達、“同期世界”を知ってるの?」


沈黙。

来訪者はゆっくり答えた。


『知っている』

『かつて我々も、同じ失敗をした』


空気が止まる。

ギアが低く言う。


「……何?」

来訪者は空を見上げた。

巨大な黒船。

その向こうに広がる外宇宙。


『観測文明群』

『通称——“アーカイブ”』

『我々は、生き残った側だ』


その言葉に、 カレンの背筋が凍る。


「生き残った……側?」


来訪者は頷く。


『観測檻を破壊した文明の九割は、自壊する』

『一割だけが、“外側”へ到達する』

『貴文明は、その兆候を示した』


ギアは腕を組む。


「で?」

「わざわざ何しに来た」


来訪者は迷わず答えた。


『警告』


風が吹く。

その青い瞳が、 初めて僅かな緊張を帯びる。


『貴文明の観測遮断反応を確認後』

『“上位観測者”が覚醒した』


イリスの顔色が変わる。

カレンが呟く。


「……まだ上がいるの?」


来訪者は静かに言った。


『オブザーバーは端末に過ぎない』

『本体は、宇宙そのものに寄生している』


沈黙。

そして来訪者は、ギアへ手を差し出す。


『選択してください』

『共に外宇宙へ来るか』

『あるいは、この宇宙と共に滅ぶか』



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