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遅れて重なる 第66話

第66話


「観測者の外側」



少女の唇が動く。


『……来て』


その瞬間。

ギアは走った。

考えるより先に身体が動いていた。

白い情報空間を蹴る。

崩壊する演算層。 砕け散る同期リング。 警告音のようなノイズ。

全てを振り切り、ギアは少女へ向かう。


「ギア!!」


背後でカレンが叫ぶ。

最初のギアが低く呟いた。


『やめろ……!』


だがギアは止まらない。

少女——イリスへ手を伸ばす。

その刹那。

世界が“反応”した。

空間全体に巨大な亀裂が走る。

赤い警告文字。


《観測固定率・低下》

《同期世界維持不能》

《上位観測層 接続開始》


カレンが凍り付く。


「上位……観測層……?」


最初のギアの顔から、完全に余裕が消えた。


『まさか……早すぎる……!』


轟音。

いや。


“音ではない”。


宇宙そのものが軋む感覚。

ギアの視界の上空。

遥か彼方。

情報世界の天井が、ゆっくり開いていく。

そこにあったのは——

“眼” だった。

巨大。

恒星より巨大。

銀河の渦そのもののような瞳。

感情はない。

ただ、見ている。

観測している。

その視線が向けられた瞬間、ギアの全身に激痛が走った。


「ぐ……ぁああッ!!」


膝をつく。

脳が焼ける。

存在そのものを解析される感覚。

カレンが叫ぶ。


「見ちゃダメ!!」


イリスがギアを抱き寄せた。

彼女の身体が淡く発光する。

その光だけが、“眼” の圧力を僅かに遮断していた。

最初のギアが苦しげに言う。


『あれが……オブザーバー……』

『世界の外側にいる、“観測者”だ』


ギアは震える視界で空を見た。

理解不能だった。

あれは生命なのか。

機械なのか。

神なのか。

概念なのか。

何も分からない。

ただ一つ。


“人類など、塵ほども気にしていない”


それだけは、本能で分かった。


《誤差確認》


空間へ声が響く。

機械音声に近い。

だが冷たすぎた。

《観測値逸脱》

《同期固定点 変動》

《イレギュラー識別》


その瞬間。

“眼” がギアを見た。

完全に。

直視した。

世界が停止する。

鼓動すら止まる。


《識別完了》

《個体名——》


ノイズ。

空間が激しく乱れる。

最初のギアが叫んだ。


『やめろ!!』


だが遅い。


《ギア=ゼロ》


沈黙。

カレンが目を見開く。

イリスの呼吸が止まる。

ギア自身だけが、意味を理解できなかった。


「……ゼロ……?」


最初のギアが苦しげに笑った。


『そうだ……』

『お前は、“最初”なんだ』

『全ての始点』

『全ての失敗の原型』

『そして——』


彼の身体が崩壊を始める。

粒子化しながら、それでも言葉を続けた。


『唯一、“観測の外”へ出られる可能性』


イリスが叫ぶ。


「ダメ!!」


同時に。

“眼”が開く。

さらに。

さらに深く。

宇宙そのものが裂ける。

その奥に見えた。

無数の世界。

無数の文明。

無数の滅亡。

そして。

その全てを見下ろす、無限の“観測者達”。

ギアの意識が凍る。

あまりに巨大だった。

人類の戦争も。 苦しみも。 希望も。

その存在達にとっては、 砂粒より軽い。


《最終観測を開始》


“眼”が告げる。


《世界番号/AE-01》

《終了処理へ移行》



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