遅れて重なる 第63話
第63話
「門の向こう側」
重い駆動音と共に、 終端領域の門が開いていく。
ズ…………
空間そのものが軋む。
漏れ出した白光が、 ギア達の影を長く引き延ばした。
その光景を見ながら、 レイが低く呟く。
「……初めてだ」
ギアが振り返る。
レイは、 ゆっくり門を見上げていた。
「イリスが、 自分から“助けて”って言ったの」
その声には、 驚きと――少しだけ救われたような響きがあった。
GEAR-00は無言。
だが、 その視線だけが僅かに揺れている。
ギアは一歩踏み出した。
門の内側へ。
瞬間。
景色が変わる。
世界が反転した。
「――っ!」
視界が白に染まる。
次に見えたのは。
空。
青空だった。
風が吹いている。
崩壊していない都市。
子供達の笑い声。
普通の世界。
ギアは目を見開く。
「……何だ、ここ」
『記録世界』
GEAR-00の声が響く。
『観測者が保持していた、 “失われた現実”の残滓』
街を歩く人々。
笑い合う家族。
平和だった日常。
その全てが、 蜃気楼のように揺れている。
そして、広場の中央に、 一人の少女がいた。
幼いイリス。
白いワンピース姿。
噴水の前で、 静かに空を見上げている。
ギアの足が止まる。
少女は振り返った。
まだ、 観測者になる前の瞳。
感情が、 ちゃんと存在している。
「……あ」
幼いイリスは、 ギアを見るなり小さく笑った。
「やっと来た」
ギアが息を呑む。
「俺を…… 知ってるのか?」
少女は首を傾げる。
「うん?」
不思議そうな顔。
「だって、 何回も会ってるよ?」
胸が軋む。
幼いイリスは、 まるで当たり前のように言う。
「58回くらい」
後ろで、 レイが苦く笑った。
「……エグいな」
ギアは言葉を失う。
幼いイリスは、 そんな彼を見て少し困ったように笑った。
「今回は、 思い出すの遅かったね」
その言葉。
責めるでもなく。
ただ、 少し寂しそうだった。
ギアは膝をつく。
少女と目線を合わせる。
「……お前」
声が震える。
「ずっと、 覚えてたのか」
少女は静かに頷く。
「うん」
「全部」
風が吹く。
平和な街並みが、 ノイズ混じりに揺れた。
遠くのビルが、 一瞬だけ崩壊した姿へ変わる。
世界が不安定化している。
観測限界。
イリスはそれを見上げながら言う。
「もう、 長く持たないんだ」
ギアが立ち上がる。
「だったら!」
叫ぶ。
「終わらせればいい!」
「もう十分だろ! お前は頑張った!」
イリスは黙って聞いていた。
そして。
静かに笑う。
その笑顔は、 今まで見たどのイリスより、 年相応だった。
「……ギアは優しいね」
その瞬間。
空に亀裂が走った。
轟音。
都市が崩れ始める。
記録世界が、 限界を迎えていた。
GEAR-00が低く告げる。
『来るぞ』
同時に。
空の裂け目から、 黒い巨大構造体が姿を現す。
無数の眼。
無数のコード。
世界を覆う、 観測機構の本体。
《ARCHIVE CORE》
機械音声が響く。
《観測者保護プロトコル起動》
《外部介入者排除開始》
都市全体が赤く染まる。
そして。
空から、 大量の“ギア”達が落下してきた。
過去の観測個体。
失敗した自分自身。
その全てが、 無機質な瞳で現在のギアを見下ろしていた。




