遅れて重なる 第62話
第62話
「引き継がれる牢獄」
沈黙だった。
音が消えたように。
ギアは、 ただレイを見ていた。
「……俺が」
喉が乾く。
「観測者になる?」
レイは頷かなかった。
否定もしなかった。
ただ、 疲れ切った目で門の向こうを見ている。
『正確には違う』
GEAR-00が言う。
空間に、 巨大な構造図が投影される。
無数のリング。
重なり合う時間軸。
崩壊した都市。
繰り返される世界。
そして中央に、 一本の杭のように固定された存在。
――IRIS。
『観測者は、 世界を維持する楔だ』
『人格を中枢へ接続し、 無数の失敗世界を保持する』
『外れれば、 同期世界は崩壊する』
ギアの視線が、 眠るイリスへ向いた。
白く変わり始めた髪。
閉じた瞳。
機械のコードに沈んだ身体。
まるで棺だ。
「……だから」
拳が震える。
「だから、 あいつが全部背負うしかなかったのか」
レイが鼻で笑う。
「綺麗な話じゃねえ」
壁にもたれながら言う。
「要は生贄だ」
GEAR-00が沈黙する。
否定しない。
それが答えだった。
ギアの中で、 怒りがじわじわ燃え始める。
「だったら」
顔を上げる。
「俺が代わる」
レイの目が見開かれた。
GEAR-00も、 初めて沈黙した。
ギアは迷わなかった。
「イリスはもう十分だ」
門の向こうを見る。
小さく眠る少女。
何百回。
何千回。
独りだった。
「もう終わりでいい」
その時だった。
――バチン。
空間にノイズが走る。
イリスの目が、 ゆっくり開いた。
だがその瞳に感情はなかった。
白い。
空虚な。
観測機構そのものの瞳。
そして。
少女の口が動く。
『拒否』
ギアの身体が硬直する。
声が違った。
イリスなのに、 イリスではない。
重なっている。
何百もの声が。
『観測者移譲を拒否』
『理由: GEARの精神崩壊率予測93.2%』
『ループ維持率低下』
『世界存続確率減少』
ギアが叫ぶ。
「ふざけんな!」
門へ近づく。
「俺のことなんかどうでもいい!」
空間が震える。
イリスの瞳が、 わずかに揺れた。
ほんの一瞬。
今の言葉が届いたように。
だが、 すぐ消える。
『非合理』
『観測者保全を優先』
レイが小さく吐き捨てる。
「……だから嫌なんだよ」
ギアが振り返る。
レイは笑っていた。
悲しい顔で。
「イリスってやつは、 自分だけ壊れる選択しかしねぇ」
沈黙。
その言葉に、 ギアの胸が締め付けられる。
確かにそうだった。
いつも。
少し引いた場所にいて。
笑って。
全部隠して。
何も言わない。
「……また一人で抱え込んでたのか」
ギアが呟く。
その瞬間。
眠っていたイリスの瞳から。
一筋だけ。
涙が流れた。
空間が止まる。
レイが息を止める。
GEAR-00すら沈黙する。
そして、かすかな声。
本当に小さい。
壊れそうな声。
『……ギア』
ノイズ混じり。
それでも、 確かに本人だった。
『……お願い』
長い沈黙。
少女の唇が震える。
『……もう』
一拍。
『ひとりに、 しないで……』
門が、 ゆっくり開き始めた。




