遅れて重なる 第61話
第61話
「失敗した観測者」
空気が凍った。
ギアは、 現れた男から目を離せない。
”レイ”
その名前を聞いた瞬間、 頭の奥でノイズが爆ぜる。
断片的な記憶。
笑い声。
背中合わせで戦う感覚。
誰かが叫ぶ声。
(――逃げろ、ギア!!)
「っ……!」
ギアが頭を押さえる。
レイはそれを見て、 楽しそうに笑った。
「おーおー。 残滓は残ってんだな」
その瞳は赤黒く濁っている。
だが完全に狂っているわけではない。
むしろ、 壊れたまま理性だけ残ったような危うさ。
GEAR-00が前へ出る。
『レイ。 お前は廃棄されたはずだ』
「廃棄ぃ?」
レイは吹き出した。
「ひでえ言い方すんなァ」
肩を竦める。
「ま、一回死んだのは事実だけどな」
ギアが睨む。
「お前…… 何者なんだ」
レイは数秒黙った。
それから、 軽く頭を掻く。
「元・観測補助人格」
「お前の“相棒役”だった男だよ」
沈黙。
ギアの思考が止まる。
相棒。
その言葉に、 胸の奥がざわついた。
レイは続ける。
「観測個体ってのは、 単独だと精神崩壊しやすい」
「だから昔は、 ペア制だったんだよ」
「ギア系列と、 補助観測者」
GEAR-00が低く言う。
『だがレイは暴走した』
レイの笑みが消える。
静寂。
空間の温度が下がった。
「……ああ」
短い返事。
「俺は、 イリスを終わらせようとした」
ギアの瞳が揺れる。
レイは、 門の向こうにいるイリスを見る。
「見てられなかったんだよ」
その声は、 ひどく静かだった。
「何百回も泣いて」
「何千回も一人で残って」
「壊れても、 また笑おうとして」
「……なのに誰も、 終わらせてやれない」
レイの拳が震えていた。
「だから俺は、 観測機関を破壊しようとした」
GEAR-00が言う。
『結果、 同期暴走が発生』
『世界は七日で崩壊した』
レイは笑った。
乾いた笑い。
「大失敗だったよ」
「イリスも半分壊れた」
「カレンは俺を撃った」
その瞬間。
ギアの脳裏に、 一つの映像が走る。
雨。
崩壊する塔。
泣きながら銃を向けるカレン。
そして。
笑いながら血を吐くレイ。
『……悪ぃな』
記憶が途切れる。
ギアは息を荒げた。
「……何だ、今の」
レイが目を細める。
「思い出し始めてるな」
GEAR-00が割って入る。
『時間がない』
門の向こう。
イリスを囲むリングが、 高速回転を始めていた。
《同期率:99.4%》
《人格分解進行》
イリスの髪が、 ゆっくり白く変色していく。
レイの顔から笑みが消える。
「……くそ」
彼は門を見る。
その視線だけで、 どれだけ長く苦しんできたか分かった。
「もう限界かよ……」
ギアが問う。
「助ける方法はあるのか」
沈黙。
GEAR-00は答えない。
レイも黙る。
その反応だけで、 十分だった。
ギアの声が低くなる。
「……あるんだな」
レイが目を閉じた。
「ある」
だが次の瞬間。
「ただし」
赤い瞳が、 ギアを真っ直ぐ見る。
「お前は、 “観測者”を引き継ぐことになる」
空間が静止した。
ギアの呼吸が止まる。
レイは静かに続ける。
「イリスを解放する代わりに、 次はお前が残る」
「永遠のループの中に」
門の向こうで。
眠っていたイリスの指先が、 微かに動いた。
まるで。
聞こえているかのように。




