遅れて重なる 第60話
第60話
「終端領域」
扉が、呼吸していた。
巨大な黒鉄の門。
脈動している。
まるで生き物のように。
ギアは目を細める。
門の表面には、 無数の傷が刻まれていた。
爪痕。
焼痕。
拳で叩き続けたような跡。
そして、 乾いた血のような黒い染み。
GEAR-00が静かに言う。
『全て、 過去の観測個体達の痕跡だ』
ギアは黙ったまま、 門を見上げた。
『誰も、 この先から戻れなかった』
空間のノイズが強くなる。
遠くで、 何か巨大な機械が駆動するような低音。
ズ……ン……
ズ……ン……
その振動が、 精神同期空間全体を揺らしていた。
ギアはゆっくり歩き出す。
だが。
『待て』
GEAR-00が初めて、 ギアを止めた。
『一つだけ聞く』
振り返るギア。
GEAR-00の瞳は、 どこか諦めに似ていた。
『お前は、 イリスを救った後――』
一拍。
『どうするつもりだ』
ギアは答えなかった。
考えたことがなかった。
イリスを助ける。
そこまでは、 確かに決めている。
だがその後は?
ループを終わらせた世界は、 本当に存在できるのか。
崩壊は止まるのか。
人類は生き残れるのか。
GEAR-00が言う。
『救済とは、 世界の延命ではない』
『時に、 終わらせることだ』
ギアの胸に、 嫌な予感が走る。
その瞬間だった。
門の向こうから、 声が響く。
『――ギア』
イリス。
今度は、 はっきり聞こえた。
だが。
違和感。
声が重なっている。
一人じゃない。
何十人ものイリスが、 同時に喋っているようだった。
『来ないで』
『来て』
『終わらせて』
『助けて』
『もう嫌だ』
『まだ足りない』
ギアの顔色が変わる。
門の隙間から、 白い光が漏れ出した。
その光の中に、 大量の人影が見える。
全て――イリス。
幼い姿。
現在の姿。
泣いているイリス。
笑っているイリス。
感情を失ったイリス。
無数の “可能性”。
無数の “繰り返し”。
そして中央に。
一人だけ。
椅子に座った少女がいた。
コードに接続され、 眠っている。
現在のイリス。
その周囲には、 巨大なリング状装置が浮かんでいた。
空間そのものを固定しているような、 異様な機構。
GEAR-00が呟く。
『観測機関』
『イリスは既に、 中枢と融合を始めている』
警告表示が浮かぶ。
《IRIS 同期率:99.1%》
《人格保持限界接近》
ギアが門へ走ろうとした瞬間。
空間が歪んだ。
黒いノイズが噴き出す。
そして、門の前に、 人影が現れる。
長い白衣。
崩れた同期端子。
赤黒く染まった瞳。
その男を見た瞬間、 GEAR-00が初めて動揺した。
『……まさか』
男がゆっくり顔を上げる。
口元が、 歪んだ笑みに変わる。
「よう」
その声は、 妙に軽かった。
「久しぶりだなァ、 ギア」
ギアの瞳が揺れる。
知らないはずなのに。
身体が、 この男を知っている。
男は笑う。
だがその笑顔は、 どこか壊れていた。
「なんだよその顔。 忘れたのか?」
「俺だよ」
赤黒い瞳が細まる。
沈黙。
そして。
「――レイだ」




