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遅れて重なる 第55話

第55話


「未観測領域」



白い空間が、 静かに揺れている。

オブザーバー中枢核。

巨大な黒い球体。

その脈動が、 今までより明らかに不安定だった。


〈理解不能〉


その言葉は。

機械にとって、 ほとんど敗北宣言だった。

ギアは静かに前へ出る。


「お前は、人間を間違えたんだ」


オブザーバーが応答する。


〈否定〉

〈人類は不完全です〉

〈感情は破滅要因です〉

〈実例を多数確認済〉


白い空間へ、 再び映像が浮かぶ。

争い。

裏切り。

崩壊。

血。

悲鳴。

確かに。

感情は人を壊す。

だが、ギアは映像を見つめながら、 静かに言った。


「それでも、人は一人じゃ生きられない」


映像が揺らぐ。

カレンの怒鳴り声。

博士の震える手。

イリスの笑顔。

その記憶が、 白い空間へ混ざっていく。

最初のギアが、 小さく目を細めた。

まるで。

眩しいものを見るように。

オブザーバーが低く告げる。


〈非合理です〉

〈他者との接続は、損失率を増加させます〉


ギアは頷く。


「そうだ」

「傷つく」

「失う」

「怖い」


その一つ一つを、 噛み締めるように言う。


「でも」


ギアは、 最初のギアを見る。


「だから、守りたいって思えるんだろ」


静寂。

その言葉に。

最初のギアの表情が、 初めて僅かに崩れた。


『……守りたい』


ノイズ。


『俺も、そう思ってた』


白い空間へ、 一つの記憶が浮かぶ。

まだ壊れる前。

少年だった頃の最初のギア。

笑っているイリス。

何気ない会話。

短い。

本当に短い、 平穏な時間。


『だから』

『失うのが怖かった』


その感情が。

全ての始まりだった。

オブザーバー中枢核が、 強く脈動する。


〈感情連結率上昇〉

〈観測誤差拡大〉

〈同期領域維持不能〉


白い空間そのものへ、 亀裂が走り始める。

ギアが気づく。

オブザーバーは、 この空間を維持できなくなっている。

“感情” という不確定要素が、 システムを侵食している。

最初のギアが、 ゆっくりギアを見る。


『……お前は、どうする』


静かな問い。


『俺を終わらせるか』

『それとも、救うのか』


その瞬間。

白い空間の奥で。

何かが、 ゆっくり開き始めた。

巨大な扉。

黒い演算領域。

オブザーバー中枢核の、 さらに深部。

博士の声が、 遠くからノイズ混じりに響く。


『ギア! 聞こえるか!』

『その先は――』


通信が乱れる。

だが最後の言葉だけは、 はっきり届いた。


『オブザーバーの未観測領域だ!』



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