遅れて重なる 第54話
第54話
「観測者の誤算」
白い空間が、 静かに軋んでいる。
無数の“ギア”の残滓。
削られた感情。
切り捨てられた人格。
その中心で。
最初のギアは、 ようやく終わりを口にした。
『もう……ずっと前から、終わってたよ』
その声は、 あまりにも静かだった。
ギアは言葉を失う。
怒りではない。
恐怖でもない。
胸に残ったのは、 深い虚しさだった。
オブザーバー中枢核が、 低く脈動する。
〈個体TYPE-ALPHAの精神状態を確認〉
〈観測継続に支障あり〉
ギアが睨み返す。
「まだ“観測”とか言ってるのか」
〈肯定〉
即答だった。
〈個体群の感情変動は、全て記録対象です〉
〈人類は不完全です〉
〈ゆえに最適化が必要でした〉
その言葉と同時に。
白い空間へ、 大量の映像が浮かぶ。
戦争。
暴走。
都市崩壊。
同期適合失敗による大量死。
オブザーバーの声が響く。
〈人類は感情により滅亡率を増加させます〉
〈恐怖〉
〈怒り〉
〈執着〉
〈自己犠牲〉
〈愛情〉
映像が切り替わる。
その全てが、 破滅へ繋がる記録。
〈ゆえに削除対象と判断〉
ギアは低く呟く。
「……だから感情を削ったのか」
〈肯定〉
〈安定した同期個体生成のためです〉
その瞬間。
最初のギアが笑った。
今度は、 はっきりと。
壊れた笑いだった。
『でも失敗した』
黒い長衣が揺れる。
『感情を消したのに』
『最後に残ったのが、“執着”だった』
静寂。
オブザーバー中枢核の脈動が、 僅かに乱れる。
それは。
初めて見せた“誤差”だった。
最初のギアが、 ゆっくりオブザーバーを見る。
『お前は分からなかった』
『感情は、切り分けられない』
『痛みだけ消す事なんて出来ない』
白い空間へ、 光が広がる。
過去のギア達。
泣いている者。
怒る者。
笑う者。
誰かへ手を伸ばす者。
その全部が、 一つの人格だった。
『苦しみを消せば』
『優しさも消える』
『恐怖を消せば』
『守りたい理由も消える』
ギアの瞳が揺れる。
カレン。
博士。
イリス。
自分を繋いだ感情。
その全ては。
“誤差” なんかじゃなかった。
オブザーバーが沈黙する。
長い。
異常な沈黙。
そして、
〈理解不能〉
初めてだった。
オブザーバーが、 即答できなかったのは。
最初のギアが、 小さく目を閉じる。
『だから、お前は負けた』
静かな言葉。
『今のギアは』
ノイズ。
『もう、一人で完結してない』




