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遅れて重なる 第51話

第51話


「最初の記憶」



静寂だった。

音も、光も、温度すら存在しない。

ただ“白”だけが広がっている。

ギアはゆっくりと目を開いた。


「……また、ここか」


精神同期空間。

だが前回とは違う。

空間そのものが脈打っていた。

巨大な神経網の内部に立っているような感覚。

無数の光線が遥か彼方へ伸び、脈動し、収束し、また分岐している。

まるで銀河規模の神経細胞。

そしてその中心に――

黒い球体が浮かんでいた。

否。

“黒く見えているだけ” だった。

あまりにも膨大な情報密度が、光を呑み込んでいる。

ギアの喉が無意識に鳴る。


「……オブザーバー中枢核」


声にした瞬間。

球体が反応した。

空間全体が低く震える。

次の瞬間。

ギアの視界へ、膨大な映像が流れ込んだ。

都市。

炎。

崩壊。

空。

黒い群体。

そして――

少女。

白いワンピース姿の幼いイリス。

泣いていた。


『いや……』


映像の中のイリスが、誰かへ手を伸ばしている。


『行かないで……』


その先にいた人物。

ギアは息を止めた。

“自分” だった。

だが違う。

今より若い。

まだ未完成だった頃のギア。

身体の各部には試験用フレームが露出している。

胸部には、まだ“心核”が存在していない。

そのギアが、イリスへ微笑む。


『大丈夫』


声が優しい。

今のギアよりもずっと、人間らしい。


『必ず戻る』


イリスが泣きながら首を振る。


『やだ……また消える……』


――また?

ギアの意識がそこで止まる。

今、イリスは「また」と言った。

映像が乱れる。

次々と別の場面が流れ込む。

同じ都市。

同じ崩壊。

同じ戦い。

だが微妙に違う。

誰かが死ぬ順番。

崩壊時刻。

イリスの表情。

カレンの判断。

博士の行動。

そのすべてが少しずつ違う。

だが結末だけは同じだった。

世界の停止。

文明の断絶。

そして――

リセット。

ギアの瞳が震える。


「……何だ、これ……」


返答は、直接脳内へ響いた。


《観測記録》

低い声。

機械でもなく、人でもない。

空間そのものが喋っている。


《第七三一二周回記録》


ギアの思考が停止する。


「……周回?」


《文明崩壊回避実験》

《観測継続中》

《誤差修正中》

《最適解探索中》


ギアの背筋に冷たいものが走る。

理解したくない理解が、形を成し始める。


「……待て」


声が掠れる。


「繰り返してるのか……?」

沈黙。

だがそれは肯定的だった。

次の瞬間。

空間全域へ、無数の“ギア”が現れた。

壊れたギア。

片腕を失ったギア。

暴走したギア。

停止したギア。

黒化したギア。

そして――

イリスを守れなかったギア。

数え切れない。

何百、何千。

いや。

何万。

その全てが、“失敗した自分”だった。

ギアが一歩後退する。


「……なんだよ、これ……」


《観測対象コード:GEAR》

《適応率最高値》

《感情変異係数、既定値超過》

《同期可能性、確認》

《――最終到達候補》


空間が振動する。

中枢核から、一本の光が伸びた。

ギアの胸部へ接続される。

その瞬間。

“全部” 流れ込んだ。

最初の記憶。

最初の世界。

最初の敗北。

最初にイリスを失った瞬間。

最初に自分が壊れた瞬間。

そして、最初に、自分自身が願った言葉。


『もう一度だけ』


ギアの瞳が大きく開く。


『次こそ、イリスを――』


映像が砕け散る。

同期空間全体が暴走するように明滅した。

警告音。

赤い文字列。

無数のエラー。


《観測誤差拡大》

《自己認識臨界突破》

《因果固定率低下》

《警告》

《警告》

《観測対象が“周回構造”を認識》

《世界線安定度、急減少》


ギアが頭を押さえる。

記憶が止まらない。

死。

崩壊。

孤独。

再起動。

繰り返し。

繰り返し。

繰り返し。

その中で、たった一つだけ変わり続けていたもの。

イリスだった。

毎回違う。

少しずつ。

確実に。

“今のイリス” は、過去のどの周回とも違っていた。

そしてギアは気付く。


「……だからか」


震える声で呟く。


「お前は……ずっと俺を探してたのか……」


遠くで、少女の声が聞こえた気がした。


『やっと……見つけた』


その瞬間。

中枢核の中心に、“眼” が開いた。



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