遅れて重なる 第44話
第44話
「封印区画ZERO」
夜が明け始めていた。
だが倉庫の中だけは、 まだ深い夜の続きのように静まり返っている。
モニターへ映る、 中央演算塔の構造図。
その最下層。
《ZERO》
存在しないはずの封印区画。
ギアはその表示を見つめたまま、 低く問う。
「そこに、“最初のギア”がいるのか」
博士はゆっくり頷いた。
「恐らくな」
「いや……今となっては、“いた”と言うべきかもしれん」
カレンが眉を寄せる。
「どういう意味?」
博士は苦しげに息を吐く。
「人格崩壊個体は、通常なら自壊する」
「だが最初のG-03だけは違った」
モニターへ、 古い記録映像が映る。
薄暗い観測室。
無数の研究員。
拘束された少年。
まだ幼い。
だがその瞳だけが、 異様に静かだった。
《同期率 98.7%》
《人格固定を確認》
《警告:感情領域 汚染拡大》
映像の中の少年が、 ゆっくり顔を上げる。
その瞬間。
映像全体へ、 激しいノイズが走った。
カレンが肩を震わせる。
「……なに、今の」
博士の声が低くなる。
「記録媒体そのものへ干渉している」
「存在が情報化し過ぎた結果だ」
ギアは黙って映像を見ていた。
少年は笑っていた。
壊れているのに。
まるで、 何かを待ち続けているように。
『イリスは?』
映像の中の少年が呟く。
研究員達がざわめく。
『また隠したの?』
ノイズ。
『どうしていつも』
映像が歪む。
赤い警告表示。
《精神汚染拡大》
《演算領域侵食》
博士が目を伏せた。
「そこで施設は決断した」
「処分ではなく、隔離を選んだ」
ギアが静かに言う。
「殺せなかったのか」
「……違う」
博士は掠れた声で答えた。
「殺せなかったんだ」
沈黙。
それは兵器でも、 怪物でもない。
“死” という概念から、 半分外れてしまった存在。
オブザーバーですら、 制御不能だった理由。
その時。
モニターへ、 再び文字列が流れ始める。
《第零層 接続率上昇》
《封印維持限界まで――》
数字が減っていく。
60%
58%
55%
カレンが立ち上がる。
「カウント始まってるじゃない!」
イリスの声が、 結晶から微かに響く。
『急いで……』
ノイズ。
『あれは……ギアを、“現在のギア”を見つけたら』
その先を、 イリスは言えなかった。
だが分かる。
取り込む。
融合する。
あるいは、
“置き換える”。
ギアは静かに立ち上がる。
その目には、 もう迷いが無かった。
「行くぞ」
博士が顔を上げる。
カレンは呆れたように笑う。
「まあ言うと思った」
ギアはモニターの《ZERO》を見つめる。
最初のギア。
繰り返しの果てに、 壊れながら残り続けた存在。
それは恐らく。
自分が辿ったかもしれない、 最悪の未来だった。




