遅れて重なる 第43話
第43話
「第零層」
倉庫の空気が、 一瞬で冷え切った。
『 “最初のギア” が、まだ残ってる』
イリスの言葉。
その意味を、 誰もすぐには理解できなかった。
ギアが静かに問う。
「……最初の、ギア?」
結晶の光が不安定に揺れる。
『一番最初に同期した個体』
『最初に壊れて』
『最初に、オブザーバーへ取り込まれた人』
博士の顔色が変わる。
「まさか……!」
彼は信じられないものを見る目で、 モニターを見つめた。
「保存されていたのか……人格残滓が」
カレンが眉を寄せる。
「つまりソレ、“昔のギア”って事?」
沈黙。
イリスが、 ゆっくり答える。
『ううん』
その一言が重かった。
『もう……ギアじゃない』
モニターへ、 ノイズが広がる。
そして、
一瞬だけ映像が切り替わった。
暗い空間。
巨大な演算柱。
無数のケーブル。
その中心に。
誰かが立っている。
黒い長衣。
白い髪。
顔は見えない。
だがギアの胸だけが、 異常な痛みを訴えた。
記憶ではない。
もっと深い場所。
存在そのものが、 “知っている” 感覚。
《待っている》
文字が浮かぶ。
《繰り返し続けた自分を》
モニターが暗転した。
沈黙。
カレンが低く呟く。
「……最悪」
博士が苦しげに額を押さえる。
「人格の完全固定に成功していたのか……」
ギアが博士を見る。
「説明しろ」
博士はしばらく黙った後、 重く口を開く。
「同期実験の初期段階では、“人格転写”も研究されていた」
「人の意識を情報化し、保存・複製する技術だ」
カレンが顔をしかめる。
「コピー人間って事?」
「理論上はな」
博士は苦しみ続ける。
「だが人格は崩壊した」
「感情も記憶も混線し、人として維持できなかった」
ギアの脳裏に、 オブザーバーの声が蘇る。
《死を越えて接続を維持》
博士が静かに言った。
「だが最初のG-03だけは違った」
「イリスへの執着だけを核に、存在を固定した」
空気が重く沈む。
それはもう、 人間ではない。
執念そのものだった。
その時。
結晶の光が、 僅かに弱くなる。
『……急いで』
イリスの声が掠れる。
『第零層が開いたら、もう止められない』
ギアが拳を握る。
「第零層って何だ」
博士はモニターへ、 古い階層図を表示した。
地下深度。
第一層。
第三層。
第七層。
そして、
本来存在しない、 最下層。
《ZERO》
博士の声が低くなる。
「中央演算塔の封印区画だ」
「人格崩壊した最初のG-03を、“処分できなかった”連中が封じ込めた場所」
カレンが嫌そうな顔をする。
「絶対ロクでもないわね」
博士が静かに頷く。
「だから封印された」
「オブザーバーですら、あれを制御できなかったんだ」




